2016-12-17

山中映画のリメイクは『上州鴉』

                         上州鴉161120

 たまたまCS放送で観た大河内傳次郎主演、冬島泰三監督の股旅時代劇『上州鴉』(1951年、大映京都)は、山中貞雄督のトーキー2作目とされる『国定忠治』(1935年、日活京都)のリメイク作品でおました。
 この『国定忠治』は上映フィルムが失われ、もう観ることはできないのでおますが、シナリオだけは残っとります。シナリオでは『国定忠次』となっており、原作が山中貞雄、脚色が三村伸太郎の鳴滝組のおにいさんたち(当時)で、リメイクの『上州鴉』は原作が三村伸太郎、脚色が新藤兼人で、ほぼ忠実に元ネタのシナリオを再現したグランドホテル形式の映画でおます。主演はどちらも大河内傳次郎。

 大河内傳次郎扮する国定忠治が関所破りをした後、役人に追われながらも上州の田舎町に現れ、その町にある旅籠(はたご)を舞台にしたドラマでおますが、なぜか元ネタのシナリオでは国定忠治となっているのに、リメイクの方の大河内傳次郎の役名が星越の瀧蔵となっており、これは役人に追われる忠治の偽名で、最後には歌舞伎でよくあるように「星越の瀧蔵、実は国定忠治」となるんやないかと待っとりましたが、最後まで国定のくの字も出てこない映画でおました。戦後、時代劇が解禁されてからの映画でおますが、なにか国定忠治を名乗るには映画製作上の差し触りがあったんかいな? でおました。なんでやろうね?


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2016-11-05

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ36・メイカ篇

                       チラシ 芹明香161031

 お江戸のお友達から例によって東京の名画座を中心とする映画のチラシが送られてきて、渋谷では先月末から『祝・生誕45周年!芹明香は芹明香である!』と題する特集が上映されているそうでおます。
 日活ロマンポルノ映画が誕生して今年で45年を迎えたそうで、しかし、生誕45周年とはいえ、現実には日活ロマンポルノ映画が消えたのは遥か昔のことになりますな。日本に映画が渡来し、動く写真、つまり活動写真と呼ばれ、映画が商品化された初期のころに誕生した名門・日本活動写真株式会社、つまり日活が1971年、事実上の一般映画製作から撤退し、その後、18R専門の映画会社として再出発、そのころはまだ18Rの裸映画を指す言葉として「ピンク映画」なる語句が生きていた時代で、そのピンク映画の市場を席巻していた幾多の弱小ピンク映画製作の専門プロダクションとは一線を画するため、ロマンポルノなる、ちょっとお洒落な感覚の横文字言葉を考案し、日活の裸映画は出発したわけでおますな。
 弱小プロダクションとは一線を画するとは、さすが名門・日活。腐っても鯛でおましたんやな。

 片桐夕子、山科ゆり、絵沢萌子、白川和子など日活ロマンポルノスタート時からの女優たちに遅れること数年、登場したのが芹明香でおます。遅れること数年といっても、それはわずか1、2年の差程度で、ロマンポルノ初期の女優群のひとりといってもいいのでは? 受け口気味の唇がいつも半開き状態で、投げやりな目つきの気だるそうな表情をした女の子でおました。気だるそうな表情はラリってるの? と思わせるような危なげな感じで、あれは芹明香の本来のキャラクターだったのか、それとも作られた個性だったのか、まだほんのガキだったボクにはよう分かりまへん。

 その後、芹明香は数回の刑事事件に関係し、次第に表舞台から姿を消したのでおますが、芹明香が登場したころ、彼女と同じ出身地である大学の同級生が自分と同じ高校の出身で、下級生だった彼女はそのころから目立つ女子高生だったとよく話をしていたものでおます。
 その芹明香が今回の特集上映のトークショーにゲスト出演するということで、初日だったかに行われたトークショーに駆け付けたお友達が客席から捉えたアングルの現在の芹明香の写真をメールで送ってくれました。
 ボク個人としては、こういうのってあまり好きではないんでおますな。つまり、何年も表舞台から消えていた女優が表舞台に現れるということでおます。時は残酷なもので、どんなに美女であっても、どんなにそうじゃなかった女優であっても、人間には等しく時の残酷さは訪れるものでおます。それは十分分かっていながら、かつては若々しかった女優の「今」を垣間見るなんて、受け取る自分側にとっても残酷なことで、改めて人間は必ず老けていくもので、その法則から逃れた者はひとりもいないということを痛感させられるのでおます。
 で、写真を送ってくれたお友達へのボクの返信は……

 「おちついた、ええ感じのおばはんやね」でおました。

 そのころ、ボクはもう一人の「メイカ」と対面していたのでおます。




 

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2016-10-23

私家版加藤泰論への道 これでラストかもしれない生誕記念上映

                         加藤泰パンフ101011

 来月4日から東京・池袋の名画座で、「生誕100年 加藤泰」という上映会がおますな。
 さすがに今年は加藤泰監督の生誕100年を記念した映画会がモテモテでおます。確認できただけでも国立近代美術館フィルムセンターでの特集を皮切りに京都(京都府文化博物館)、神戸(神戸映画資料館)、大阪(シネ・ヌーヴォ)と、あちらの世界に旅立った映画監督が遺した映画群が花咲き、今度の池袋での上映会が生誕記念のラストを飾る催しになるかもしれまへん。

 特筆すべきは、かつて加藤泰監督の映画が上映されると知ったら、どんなこともさておき駆け付けていたボクが、今年の一連の催しには一度も参加していないことでおます。エンジン切れを起こしたんでっしゃろか?
 冒頭に掲げた写真は、およそ30年以前、加藤泰監督がこの世から消えて数カ月後に行われた追悼上映会で、日替わりでトークショーに参加した加藤泰映画ゆかりのゲストメンバーのサインの寄せ書きでおます。
 場所は、同じく池袋の名画座。もっとも今ある名画座はその後、建て替えられたものでおますが、当時のその名画座は昔ながらの映画小屋の趣きを残した劇場でおました。当時、この名画座に関係していた友達が気を利かせてゲストにサインを依頼し、後日、ボクに手渡してくれた、ボクには期待もしていなかった記念品でおます。
 ♪時世時節は変わろとままよ~の歌詞の文句にある通り、自署のサインを遺してくれたこれらの人たちの名前を見ると、既に加藤監督のもとに参集している人も多く、あちらの世界で皆で加藤監督の「よ~い、アイッ!」の掛け声を楽しんでいるのかな?

 今回の来月4日から始まる特集上映に予定されている映画は20本でおます。

文芸坐加藤泰161026


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2016-10-16

毛利菊枝と『ぼんち』

                       ぼんち161019


 映画館へ足を向けることがなくなり、随分な時間が経ってます。今は映画館と表現するより、シネマコンプレックス、通称・シネコンと言ったほうがぴったりの時代でおますな。かつてのような床がコンクリート打ちっぱなしの、快適設備は置いてけ堀のような寒々とした映画小屋は日本からほとんど姿を消し、上映の間の数時間を過ごしても少しも苦にならないような、アメリカ仕込みの映画小屋(小屋と表現するには失礼でおますけど)に映画興行界は変身しとります。
 冬期、体が冷えて映画の途中で尿意を催しても我慢して映画を観ることをむさぼっていた時代ではなくなり、快適空間で映画を楽しめる時代になったというのに、その途端、にわかに映画小屋から足が遠のいてしまった。今こそ快適に映画を観ることをむさぼれる時代になったのに皮肉なものでおます。
 この9月、例の文化庁主催の優秀映画鑑賞推進事業、平たく言えば文化庁の田舎回りの巡回上映会に参加しました。観た作品
は市川崑監督の『ぼんち』(1960年、大映京都)、『おはん』(1984年、東宝映画)、『野火』(1959年、大映東京)の3作品でおました。上映プログラムには、これに加えて1965年の『東京オリンピック』がおましたが、これは諸般の事情からカットしました。
 振り返れば、映画上映設備のある場所で、大きな画面に映し出された映画を観たのは、まるまる2年ぶりのことでおました。その2年前も今回と同じく巡回映画の時で、かつては毎月、数えるのに10本の手指では足りないくらい映画を観ていたころに比べると、何という変わり様でおますことか。
 今の映画に魅力を感じなくなったのか。そうですねん。
 おサイフ事情が許さなくなったのか。そうですねん。

 映画小屋から離れた個人的理由はいろいろとおます。と同時に、およそ40年間、愛読してきた映画雑誌(キネマ旬報)の購読もぷっつりやめてしまいました。購読をやめてみて新作映画の細かい情報を得なくても、わが生活に何の痛痒も感じなくなっている自分をみて、愕然としたこともおますが、今や現代の映画情報から最も遠いところにいるのも事実でおます。
 これから先、映画小屋に足を向けることはあるのか。それは分かりまへん。

 『ぼんち』
 新聞記者から小説家に転身した山崎豊子の小説の映画化でおます。初期の山崎作品の特徴である自分が生まれ育った大阪・船場の世界のお話で、何百年と古いしきたりを守ってきた大阪商人の街、船場は戦後のめまぐるしい経済戦争の中で消え去り、船場という名前は今では町の名前でしか残ってまへん。それも30数年前の大阪市の地区名変更で、死語から甦ったような命名で、オフイス街となっているものの、雑多な街になっております。
 映画の舞台は、その船場の最後を見届けた足袋問屋の老主人(市川雷蔵)が、売れない中年の噺家(中村鴈治郎)を相手に、過ぎてきた自分の半生を物語るところから始まります。
 「ぼんち」とは、坊ちゃんという意味の船場特有の呼び名で、ただの坊ちゃんなら単に「ほんぼん」でおますが、遊びでも商売でも一本筋の通った生き方ができへんと「ぼんち」とはよばれまへん。原作でも語られていますが、「女に騙されても男に騙されたらアカン。それに遊んでいても人にものを考えさせるような生き方でないとアカン」と誠に難しいものでおます。
 三代、女系家族が続いた足袋問屋に久しぶりの跡取り息子として生まれたぼんちの雷蔵の女性遍歴のお話で、外に作った愛人たちで苦労するより、本当の敵は女系三代を誇り高いプライドで生きてきた祖母(毛利菊枝)と実母(山田五十鈴)で、直径親族を相手に苦労するという皮肉なお話でおます。
 雷蔵を取り巻く女優陣がすごおます。祖母と母親にいびりだされる妻に中村玉緒、愛人となる女たちにはちゃかり屋の芸者の若尾文子、競馬狂のホステスに越路吹雪、落ち着いた物腰の中居頭に京マチ子、子どもを残して早世する芸者の草笛光子などなど、さながら当時のトップ女優たちの競演でおます。これに原作ではもう一人、一番年若い芸者のタマゴが出てきますが、映画ではカットされとります。適当な女優は見つからなかったのか、多く女が出れば混線気味になるので、あえてカットしてしもうたのか。

 女優の花の競演でおますが、これらの中で最も強烈に印象を残しているのが毛利菊枝のおばあちゃんでおました。関西新劇界のボス的存在。今や新劇という言葉も死語に近うおますが、映画では常に脇役だった女優さんでおます。溝口健二監督の『雨月物語』の京マチ子に付き沿う乳母、萩原遼監督の『紅孔雀』シリーズの魔法使いのおばあさん、加藤泰監督の『明治侠客伝・三代目襲名』の木屋辰二代目の姐さんなど、きらびやかな旬の女優たちの色気とは程遠い存在でおますが、『ぼんち』では船場の女系三代の格式とプライドがある冷酷なまでの非情さを体現しとります。
 この毛利菊枝とニコイチのような存在で登場する娘(つまり、ぼんちの母親)の山田五十鈴も、台所仕事で嫁の玉緒をいびる見せ場があるものの、毛利菊枝の厳然とした存在感に完全に影に隠れた感じでおます。
 この毛利菊枝を見て、もし今、この作品の再映画化があった場合、「お家(え)はん」と呼ばれる老女を演じられる女優はおらんかいなと頭をめぐらせてみたのでおますが、誰もおりまへん。おばあさん役者が払しょくしているのでおますな。年をとっても、皆きれいきれいの女優ばかりで、間隙を縫うように出てきている唯一のおばあさん役者に樹木希林がいてはりますが、もちろん、この役は彼女のニンではおません。最近、老け役の多い泉ピン子ではなおのこと品格が保てまへん。

 この映画はシネマスコープ作品でおますが、残念なことに上映会場のスクリーン設備が完全でなかったためか、つまり、映画の上映サイズに合わせて上下の暗幕が移動しなかったため、シネマスコープサイズなのに、ビスタサイズの映画を観せられているようで、次に上映されたビスタサイズの『おはん』はまるでスタンダードサイズの映画のようで、これらは映画の内容には関係なく、上映する側の主催者の気配りのなさというものでおます。来年の上映時にはどうなっているのか、一応、アンケート用紙にはいらんことを書いておきましたけどぉ……。

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2016-09-30

私家版加藤泰論への道 まだまだ続く生誕100年記念

                       加東泰の仕事シネヌーヴォー版160924

 来月8日から浪花の街でも、加藤泰監督の生誕100年を記念する上映会が始まります。 
 題して『生誕100年 映画監督加藤泰の仕事』。
 花のお江戸でも、この夏、大規模な回顧上映会があったんだから、西の大都でもやらにゃー嘘ですよね。当然、東京の時より上映映画の本数は少なく、現在、上映に耐えうる映画が選ばれ、その数26作品でおます。
 ▽『忍術児雷也』
 ▽『逆襲大蛇丸』
 ▽『源氏九郎颯爽記 白狐二刀流』
 ▽『浪人八景』
 ▽炎の城』
 ▽『怪談お岩の亡霊』
 ▽『瞼の母』
 ▽『真田風雲録』
 ▽『風の武士』
 ▽『車夫遊侠伝 喧嘩辰』
 ▽『幕末残酷物語』
 ▽『明治侠客伝 三代目襲名』
 ▽『沓掛時次郎 遊侠一匹』
 ▽『骨までしゃぶる』
 ▽『男の顔は履歴書』
 ▽『阿片台地 地獄部隊突撃せよ』
 ▽『みな殺しの霊歌』
 ▽『緋牡丹博徒 花札勝負』
 ▽『緋牡丹博徒 お竜参上』
 ▽『緋牡丹博徒 お命戴きます』
 ▽『昭和おんな博徒』
 ▽『花と龍』
 ▽『宮本武蔵』
 ▽『日本侠花伝』
 ▽『江戸川乱歩の陰獣』
 ▽『炎のごとく』

 現在、上映可能な作品って、結構おますな。『懲役十八年』や『人生劇場』が漏れているのはちょっとさみしい気もするのでおますが、映画監督ご本人があの世に旅立ってからでも今年で31年、その間、ニュープリントで再生された作品も数多くおますが、でも、
まだこれだけの作品にお目にかかれるというものでおます。
 『人生劇場』といえば、この夏、WOWOWでも加藤泰映画が特集放送された折、千葉に住まいする友達が全作品観たそうでおますが、『人生劇場』を「すごい映画やね」と感激し、DVDに録画しておいたそうでおます。
 ボクとしては「『車夫遊侠伝 喧嘩辰』は絶対ええから」と推していて「『喧嘩辰』も採っておいてほしかったわ~」の気持ちでおますけど、これは個人個人の見方、考え方の違いでおますからどうしようもおまへん。
 そして、彼が指摘したもうひとつのポイントがおました。
 「加藤泰の映画って、橋が重要なファクトリーなんやね」
 おぬし、鋭いぞ!
 確かに、確かに、その通りでおます。あっち側とこっち側を結ぶ橋、そして「あっち側には何があるんだろう。興味は尽きない」とかつて加藤泰監督が何かに書いていたか、話していたか、そんなこともおましたが、加藤泰映画をほとんど観たことがなかった友達が一発で特徴を見抜いた鋭い指摘に、ボクは驚き、その慧眼に感激してしまったというのがオチでおます。

 この夏の国立近代美術館フィルムセンターの特集時にも上映されず、今回の浪花での特集にも含まれていない作品がひとつおます。
 それは長く幻の映画となっている『ざ・鬼太鼓座』でおます。
 「やはり、今回も幻なのか……」と思っていたら……。











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2016-09-25

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ35

                        チラシ女流文学映画

 お江戸のお友達からチラシが送られてきて、今回は名画座のチラシは少なかったのでおますが、数少ないうちから、ちょっと取り上げてみました。夏の間、ブログ更新を怠けていたためのウオーミングアップでおます。

▽「吉屋信子と林芙美子 女流作家の時代」
 来月1日から一カ月、神保町の小屋で予定されている特集でおます。吉屋信子、林芙美子、宇野千代、壷井栄、円地文子、平林たい子、原田康子、向田邦子、有吉佐和子、平岩弓枝などなど、昭和の文壇を彩った華麗な? おばさまたちが名を連ねとりますな。
 そのおばさまたちが心血を注いだ小説をもとにした映画群をざっと羅列してみると……

 吉屋信子=「花つみ日記」(1939年、東宝京都、監督・石田民三)
        「安宅家の人々」(1952年、大映東京、監督・久松静児)
        「鬼火」(1956年、東宝、監督・千葉泰樹)
        「花の慕情」(1958年、東宝、監督・鈴木英夫)
        「花の恋人たち」(1968年、日活、監督・斎藤武市)
 林芙美子=「稲妻」(1952年、大映東京、監督・成瀬巳喜男)
        「下町(ダウンタウン)(1957年、東宝、監督・千葉泰樹)
        「泣蟲小僧」(1938年、東京発声、監督・豊田四郎)
        「放浪記」(1962年、宝塚映画、監督・成瀬巳喜男)
 

 平林たい子=「地底の歌」(1956年、日活、監督・野口博志)

 円地文子=「結婚相談」(1965年、日活、監督=中平康)

 宇野千代=「おはん」(1984年、東宝、監督=市川崑)

 壷井栄=「女の暦」(1954年、日活、監督=久松静児)

 原田康子=「白い悪魔」(1958年、日活、監督=斎藤武市)

 向田邦子=「あ・うん」(1989年、東宝、監督=降旗康男)

 有吉佐和子=「恍惚の人」(1973年、芸苑社、監督=豊田四郎)

 平岩弓枝=「惜春」(1967年、松竹大船、監督=中村登)

 上映が予定されている映画は以上の17作品でおます。
 おなごはんも強ぅなりました。男たちとの関わりにおいても欲得抜きの愛情だけでなく、打算も欲得も男と同じで、かつては夫に、恋人に捨てられて泣くのはおなごはんだけだったのに、今は男も泣く時代になってます。 それだけ男女差がなくなったとも言えるし、均等なのは何も雇用問題だけではおまへんなぁ。


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Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
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