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2006-08-30

夏の男のファッションは「王將」

王将


 夏の話題を供しようと思っていたのに、季節はすっかり秋なんですね。
 まだ8月のうちですが、さすがに朝夕は涼しくなっているし、残暑といっても日中の太陽の輝きも真夏のそれとは異なり、秋色めいています。
 気がつけば秋・・・なんて、つまり、諸般の事情があったとはいえ、それほど今月はブログ更新をなおざりにしていたということですね^^ 諸般の事情といっても決して夏バテで困憊していたわけではありません。それほどヤワな肉体でないことでは親に感謝、感謝なのであります。

 ということで、本当は真夏に述べておきたかった映画は1948年度の大映京都作品で、夏のシーンから始まる「王將」です。
 北條秀司原作の戯曲を、時代劇映画の神様といわれている伊藤大輔が脚色・監督を担当し、剣戟の大スター・阪東妻三郎が主演した、今に残る名作であります。
 
 当時の日本は敗戦直後のまだGHQの支配下のころで、忠君愛国教育で生きてきた日本国民に民主主義の素晴らしさを極東支配責任者のマッカーサー司令官以下、アメリカの面々が教え込み、性根を叩き直そうと躍起になっていた時代であります。
 国民の変わり身の早さという点は万国共通のようで、日本人も例外ではなく、ものの見事に性根を叩き直されて50年代半ばには「もはや戦後ではない」などと経済白書に記されたとあります。本当は戦後なんて、まだ終わってはいないんですよね。
 民主主義社会を享楽できたのはいいけれど、敗戦から60年を経て北朝鮮問題や中国・韓国との関係、はたまた靖国参拝に関連して合祀問題や極東軍事裁判への批判など、今を生きるわれわれは前の世代が残していった負の遺産をきっちり受け継いでおりますが、それはさておき・・・。

 民主主義を叩き込んでやろうというアメリカの占領下ですから、映画も忠君愛国につながる時代劇は禁止されました。そこで最も目をつけられたのがバッタバッタと正義の侍が人をなで斬る荒唐無稽なチャンバラであります。
 困ったのは映画会社ばかりでなく、それまでチャンバラスターとして成功してきた時代劇スターたちです。阪東妻三郎こと、バンツマもその一人で、同じ伊藤大輔監督の「素浪人罷通る」という映画ではラスト、刀を持たない、扇子一つだけで並み居る捕り手たちと闘うという苦慮の立ち回りを見せています。
 大河内傳次郎が文芸映画に出たり、片岡千恵蔵が探偵さんになったり、市川右太衛門がガラではない色模様の時代劇でしのいだり、それまでの時代劇スターたちは大チャンバラのある時代劇映画の製作がOKになる「夜明け」の時まで、さまざまに俳優としての活路を見い出しています。
 
 そんな中、バンツマが主演した「王將」や木下恵介監督による「破れ太鼓」(1949年)などは、時代劇スターが現代劇に転職した成功例ではないかと思います。「王將」の時代は明治から大正ですから正確には現代劇といえるかどうかは議論のあるところですが、時代劇スターによるヅラ(鬘)のない映画ですね。
 片岡千恵蔵は生前、テレビで戦後すぐの多羅尾伴内映画は「戦後のいやな時代を思い出すので好きじゃない」と語っておりましたが、さて、早逝したバンツマは、この時代のことをどう思っているでしょうか。
 



 映画「王將」は夏のシーンから始まります。
 立っているだけでも汗が噴き出すような真夏の大阪の街頭、乳飲み子を背中に背負った女が額に汗を流しながらチンドン屋のビラ配りをしています。この人、映画の主人公でバンツマが演じる坂田三吉の女房、小春で、いささか生活にくたびれたような風情をしています。演じているのはルバング島から生還した小野田元中尉の憧れの女優だった水戸光子さんです。
 
 水戸光子、戦前は松竹大船の女優で、吉村公三郎監督の「暖流」(1939年)ではブルジョワの令嬢、高峰三枝子とは対照的な、つつましやかな看護婦(今、この言葉は禁じ手ですが・・・)に扮し、世の男性の心をつかんでおります。
 それが、戦後になると貧乏な素人将棋指しの所帯やつれした女房・・・。変われば変わるものですな。
 こののち、水戸光子は溝口健二監督の「雨月物語」(1953年)では遊女にまで堕ちる焼き物屋の女房になっていますが、小野田元中尉もびっくりでしょう。憧れの女優の転落・・・。でも、これは役のうえでのことで、女優とすれば進化といえますよね。
 32年前、小野田さんが日本に生還した時、インタビューで「好きな女性は?」と訊かれ、「水戸光子さんのような人」と答えたことから、当の水戸光子から花束が贈られたというエピソードが残っています。

 さて、額に汗してビラ配りをしている小春に、母親の労働に付き添っていた長女の玉枝(奈加テルコ)が「おかちゃん、あれ、お父っちゃんと違うか」と声をかけます。小春が見ると、その視線の先にはカンカン帽の男が扇子であおぎながら急ぎ足で歩いていく姿が見えます。
 「てんのうじの三やん」の登場です。小春の夫で、のちにプロ将棋の名人位に就く坂田三吉ですね。画面の中を遠めに、やや猫背気味のバンツマがいそいそと歩いていきます。

 この映画を観るたびに、いつも注目するのは、その時のバンツマのファッションです。これが、いつか見たような夏の男のファッションなんですね。
 カンカン帽を頭に乗せ、扇子を持った手首には今でいうところのセカンドバッグ代わりの巾着のような袋をぶら下げ、この時の三やんは将棋大会に参戦するため、黒の羽織を着用していますが、下半身は腹巻に腰巻姿なんですね。
 腹巻は分かるとしても、腰巻姿など、今時、ステテコ姿ですら珍しくなっていますから、もはや見かけることはありません。
 むろん、腰巻といっても女性が着物を着る時につけるような薄手の布切れではありません。昔は「ネル」と言ったフランネルで、ベルベット様の毛織物ですね。その毛織物を腰から膝丈くらいの長さにしてスカートのように腰に巻きつける夏用の着衣です。正式には何というんでしょうね。

 この映画を初めて観たのは20代になったばかりのころですが、映画の巻頭、バンツマの腰巻姿を見た時、ふいに懐かしさに襲われたことがありました。
 はるかな昔、一軒おいた隣りのトシちゃんの家のおじいちゃんが、そういえば、よくあんな格好をしていたなぁーと、記憶の底に眠ったままになっていた光景が浮かび上がってきました。
 ボクの祖父はステテコ派だったので自分の家では大人たちの腰巻姿など見たことはなかったのですが、小さいころ、近所のおじいちゃんに、その姿を見ていたのですね。ちなみに、トシちゃんというのは一歳年下の幼馴染で、仲のよかった女の子です^^

 あの腰巻、生地は厚手ですが、夏になると、そのおじいちゃんがよく巻いていたし、映画の中でも三やんの貧乏暮らしが続く中、バンツマがずっと腰巻姿で出てきているので、案外涼しい着衣だったのかもしれません。

 三やんやおじいちゃんに影響されたわけではありませんが、この夏、風呂上がりでクーラーを除湿にセットした部屋で過ごす時、すぐには服を着ることはできないので、たまたまバスタオルを腰に巻いていると、意外にイケたんですね、これが^^
 ネルの腰巻がバスタオルに代わっただけで、スタイルは完全に「昔見たような夏場の男のファッション」ですね^^
 もちろん、女性の腰巻姿とは違いますからバスタオルの下には下着を着用しています。三やんやおじいちゃんも腰巻の下には越中褌なり、パンツなりを履いていたはずです。
 風呂から出て、ほてった体の熱さが収まってくると、クーラーの冷気が逆に体に毒になってきます。でも、部屋全体を涼しくしておきたい。ズボンを履くには、ちょっと暑い。かといって、下着のままだと脚が冷えてくる。そんな時、クルリと腰にバスタオルを巻きつけておくとバスタオルが風除けとなって脚を冷やさず、適度な快適さで過ごすことができました。
 といって、決して人前にさらせるような姿ではないので、腰巻姿で外を出歩くというような勇気は持ち合わせていませんが、ネルの腰巻→バスタオル巻きから転じて、スカートもきっとこんな感じなのではないかな? と、この夏は不思議な体験をすることになりました。

 映画「王將」の意外なオチです^^
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毎度。一昨年のバンツマの番組で、田村三兄弟がそろって出演していましたが、その時、田村正和が「今の芸能界では家の親父は生きていけない」と言っていました。バンツマは、純粋な人だったんでしょうね。ちなみに、成長した娘役の三條美紀は未だに現役で、30年前の『犬神家の一族』に続いて、年末公開の『犬神家の一族』にも出演していますねぇ。
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