2006-07-28

77)忍ぶ恋路は「日本侠客伝 血斗神田祭り」

 憤怒の闘いを終えた男におんなが駆け寄り、無言で男の手を握って頬寄せるラストに、もうメロメロになってしまった「日本侠客伝 血斗神田祭り」はシリーズ4作目、1966年の作品です。
 監督は、それまでと同じくマキノ雅弘ながら、1作目から3作目まで笠原和夫、村尾昭、野上龍雄の共同脚本であったのが、この「血斗神田祭り」は笠原和夫の単独脚本で、想う男とおんなの気持ちをこってり、たっぷり描いています。
 そう、シリーズ4作目のこの映画では、それまでとは異なり、男とおんなの恋物語が縦糸になっています。男を演じるのは、もちろん、高倉健。健さんにとっては忍ぶ恋です。まさに「葉隠れ」精神ですね。
 おんなを演じるのは、わがご贔屓の藤純子です。健さんと純子は、この作品で初めて四つに組んでカレとカノジョに扮しています。もちろん、1作目の「日本侠客伝」でもカレとカノジョになっていますが、あの時はご愛嬌程度のラブストーリー。2作目「浪花篇」では純子は欠席し、3作目「関東篇」では健さんは純子の姉を演じた南田洋子に浮気? しとります^^
 もちろん、この「血斗神田祭り」もマキノ雅弘のご町内映画です。
 冒頭のタイトルバックに本職の鳶の人たちの出初式の映像が出てくることでも分かるように、健さんは東京・神田の火消しの纏持ちです。今では火事の現場で纏が振られるということはありませんが、映画の時代は大正十年。まだ、江戸の名残があったのでしょうか。
 ご町内映画ではありますが、今回は天津敏扮する博徒に土地を乗っ取られそうになる、ご町内の呉服屋を救うため、健さん以下、火消しの面々が悪戦苦闘します。
 火消し職人が、自分たちが防災防火を受け持っている区域の商家の危機を慮る。火消し職人は火事場が活躍の場ですが、では、普段はどうしているのか。この映画の火消し職人たちの悪戦苦闘を通して、当時の町内の住民と火消し職人との普段の関係が見てとれます。

 危機に見舞われた呉服屋の美しき人妻が純子です。その夫で、バクチ狂いが高じて博徒の食い物になる若い当主に扮するのは小林勝彦。大映映画の若手スターだったこの俳優さん、昨年の映画「渋谷物語」(監督・梶間俊一)では戦後の闇市のめしやの主人を演じていましたが、今年、あちらの世界に引っ越しています。
 纏持ちと呉服屋の若主人、その若妻。実は、この三人、奇妙な縁で結ばれています。
 纏持ちと若主人は幼馴染です。若妻は元・芸者です。その芸者時代、纏持ちとは恋仲でした。おんなを挟んで纏持ちと若主人はライバル関係にあったようです。芸者は纏持ちが好きだったようですが、金にあかして若主人が自分の妻にしてしまいます。割り切れぬ気持ちを抱きながらも、纏持ちが一歩退いたことが健さんのセリフから窺うことができます。
 健さんが純子に「新三、泣いてます」とボソッとつぶやくセリフが出てきますが、辛いですな、狭い町内に好きだったおんなが別の男の妻として暮らしていることは。健さん、決して純子に対する想いが吹っ切れているわけではありません。嫁ぎ先の危機で苦労に苦労を重ねる人妻・純子を静かな眼差しで見守っています。
 未練たらしい男だ、と言うなかれ。そこが、この映画の主人公の「忍ぶ恋」たる所以なのですから。健さん、本心を心の奥に仕舞いこんだまま、必死に耐えております。

 こんな二人とは別に、もう一組の男女が出てきます。
 それが鶴田浩二と野際陽子。しかし、この二人の仲も報われそうにありません。野際陽子は大阪の博徒の娘で、鶴田はその博徒の子分です。二人は恋仲になって東京へ駆け落ちしてきています。おまけに野際陽子は胸を患っています。鶴田は大阪へ帰そうとしますが、女は頑として聞き入れず、病身ながら内職で生活費を稼いでいます。健気な嬢(とう)さんです。
 やがて、二人の所在が大阪に知れ、「嬢さんを迎えに上がりました」と鶴田の弟分が現れます。扮しているのは長門裕之です。それまでのシリーズ3作では三の線の役柄でしたが、ここでの長門裕之は話し合いの都合では兄貴分の鶴田を殺す覚悟を決めているニヒルな大阪やくざです。
 渡りに船、でもないでしょうが、鶴田は長門に野際を託し、野際を騙すようにして大阪行きの汽車に乗せて、わが恋に踏ん切りをつけてしまいます。

 長々と別のカップルのことを説明しましたが、この自分の恋を諦めた鶴田が「忍ぶ恋」の先輩として健さんにのちのち絡んでくるんですね。
 というのも、呉服屋救助に熱心なあまり、健さんはほかの火消しの親方たちから「呉服屋の若い女房とできてるんじゃないのか」という疑惑を持たれ、窮地に立たされてしまいます。秘めたる想いは引きずっているものの、決して健さんと人妻になった純子とは肉体関係にあるわけではありません。
 だから、居並ぶ親方たちを前に健さんは自分にやましい気持ちはないことを明言します。
 と、そんな健さんの前に鶴田が現れ、アドバイスします。鶴田は健さんの気持ちをそれとなく察しています。
 「よろしいんでっか。あんなこと言うてしもうたら、もう添われしまへんで」
 このひと言のために鶴田の役があるみたいです。健さん、鶴田のアドバイスに返す言葉もありません。

 健さんが所属する組の親方の尽力で、呉服屋は一時持ち直します。親方に扮しているのは河津清三郎ですが、任侠映画で、この人が悪役でないのは珍しいですね。多くの場合、最後に主人公に斬られてしまう憎まれ役が多い俳優さんでした。
 呉服屋が持ち直したのも束の間、博徒側の放火で呉服屋は全焼し、若主人は焼死してしまいます。残された純子は健さんたちの前から姿を消します。やがて、純子は病気の舅の世話をしながら再度、芸者になって働いていることが分かります。
 挫けそうになる心を必死に持ちこたえている純子を見て、健さんの博徒に対する怒りは弾けそうになります。が、すぐには弾けません。この作品でも怒りの起爆剤はあるんですね。
 ハイ、それが鶴田浩二。健さんの怒り心頭の殴り込みの前に単身、博徒側に乗り込んで、お約束通り、爆死です。

 このあと、展開する健さんの殴り込みは「凄い!」のひと言です。
 火消し職人の商売道具であるトビ口を手に単身、乗り込みますが、まるで火達磨にでもなったかのように目指す天津敏だけを狙って暴れまくります。いつものようなあっちを睨み、こっちを睨みつつという間はありません。息をもつかせぬ立ち回りとでもいうのか、動きに動き回って、あっという間に天津敏を仕留めてしまいます。
 火達磨のような動きは、それだけ主人公の怒りの大きさを表わしてしますが、同時に、それは愛するおんなへの熱い想いにもオーバーラップしているのですね。

 健さんの単身の闘いが終わった直後、火消し職人たちとともに純子も駆けつけてきます。そして両者、無言のラブシーンが始まります。ここは、もう観ているほうはメロメロになってしまいます^^
 この年、純子は同じマキノ雅弘監督の「日本大侠客」でも、ハートブレイクなつらいおんなを演じています。「血斗神田祭り」ではハートブレイクにはなりませんが、「日本大侠客」のお竜、「血斗神田祭り」の花恵は、この年、純子が演じた「つらいおんな」の双璧ですね(ほかにも山下耕作監督の「大陸流れ者」もありますが・・・)。
 それだけに、純子はきっちりマキノ雅弘から動きの指導を受けている様子が窺われます。二度目に「血斗神田祭り」を観た時、このラストの無言のラブシーンではボクは純子を見ているというより、その純子がマキノ雅弘に見えて仕方なかったです^^
 そういうことって、あるんですねぇ。

 
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富司純子さんの娘の芸者姿はいただけませんね

本日は、富司純子さんの娘と、錦之助の甥が恋人役をやっていた『男たちの大和』をようやく観て来ましたよ。『タイタニック』に勝るともおとらぬスペクタルでしたね。かつてこの映画の事を『女たちの大和』と評していたことが、よく判りました。佐藤純弥監督の演出も、今までにないほど正攻法で、前の作品が『北京原人』だなんて、信じられないぐらいです。しかし、いかんせん。鈴木京香や仲代達矢の出ている現代のシーンは必要だったでしょうかね。これがなければ、もっとシンプルで良い作品になったのではと思い、その点が返す返す残念です。しかし、併映の『燃えるとき』はひどかった。
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