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2006-06-08

55)西鶴風味の「嫌われ松子の一生」

嫌われ松子の一生


 公開中の映画「嫌われ松子の一生」(脚本、監督・中島哲也)、ようやく観てきました。
 3年前、この映画の原作(山田宗樹・著)の単行本が出たのを新聞広告で見て「なんと、すごい題名か!?」と思いつつも、その題名にひかれて一気に読んだけれど、二段組みびっしりな内容は題名に負けず劣らず、すごい一生を送った女の軌跡が描かれていました。
 そして、今回の映画化作品。
 ヒロイン・川尻松子の一生を、バカな女のバカな一生とみるか、「よく頑張ったね。花マル上げましょう」な一生とみるかは映画を観た観客によって異なるでしょう。
 冒頭のタイトルが1950年代あたりの総天然色の西部劇映画風で、ちょっと面くらいます。映画のタイトルは「MEMORIES OF MATSUKO」で、画面下のほうに小さく日本語で「嫌われ松子の一生」と出ています。続いて「STARRING MIKI NAKATANI」とやらかしてくれます。「何やねん、これ!」ですが、遊んでますな、この映画の監督さん。

 松子が中学の教師をしていた1971(昭和46年)当時、松子は23歳。ということは、今、再び世間を賑わせている団塊の世代の生まれということになります。
 修学旅行で受け持ちの生徒が絡んだ窃盗事件がきっかけで教職を追われて衝動的に家出し、そこから松子の「波乱」だけの一生が始まります。
 太宰治を信奉する作家志望の男との同棲と男の暴力に耐える日々、男の自殺からソープ嬢へ、やがて死んだ男の友人の愛人に。女房気取りでいた矢先、これが男の妻にばれて「お前を愛してなんかいない。あいつからお前を盗りたかっただけ」と一方的な破局宣言を受け、やくざな男と知り合って再び風俗の世界に入り、おもしろおかしい生活に浸ったあげく、ヒモになった男に搾り取られるだけの明け暮れ。金銭で喧嘩となって男を殺して雄琴から東京へ逃走。
 逃走途中で理髪店の男と1年の同居生活で「散髪屋のおかみさん」に馴染んだ果て、逮捕されて8年間の懲役となり、出所後、理髪店に戻ると男には妻も子もおり、そっとその様子を見て立ち去ると塀の中で習得した美容師免許を生かして美容師として自活したものの、教師時代の窃盗事件に絡んだ教え子で、やくざになっていた男との出会いと同棲を経て男に言われるままに「極道の女」になり、やがて、男は殺人事件を起して塀の中へ。
 男の出所をひたすら待って出所を出迎えに行ったものの、「お前といるとこわ~い」とまたもや一方的な破局宣言で、もう人生や~めた! 以後、ひたすら食う、飲むだけの生活でゴミの山の中で醜く太った53歳の松子の心に「再生」が芽吹いたのも束の間、夜間徘徊の中学生に突然、生を断ち切られてしまう・・・。
 ね、波乱でしょ? 悲惨でしょ? アホみたいでしょ? でも、松子はひたすら「健気」なんです。


 映画「嫌われ松子の一生」を観ながら、ボクは西鶴の「好色一代女」を思い出していました。溝口健二監督の「西鶴一代女」(1952年)ではありません。原作のほう、井原西鶴の小説(江戸時代には、こんな言葉はなかったけれど)です。
 似ているんですね、映画の語り口が。
 西鶴の「好色一代女」も一人の女の生と性を描いた作品で、松子同様、ヒロインは変遷に変遷を重ねる生涯を送っていますが、西鶴は決してヒロインを悲惨なだけの女としては描いていません。悲運な女の一生といえば湿りがちになるところを、西鶴はむしろカラッと諧謔的にすらストーリーを運んでいます。結果、ヒロインは悲運に泣いているだけの女にはなっていません。
 松子にも同じことがいえます。

 もちろん、松子はひたむきに生きようとした女ではありません。ひたむきどころか、男たちとの出会いも松子に起こる出来事もすべて、その反対の衝動的な性格が災いしている女ですね。行き当たりばったりといったほうがいいでしょう。
 ファザコン気味濃厚な松子は、ひたすら「愛される」ことを望んでいます。といっても松子は男に父親のイメージを求めているわけではありません。行動が行き当たりばったりとはいえ、愛されたいから、ひたすら相手に誠意を尽くす女です。
 ところが、出会ったそれぞれの男に張った勝負札が、すべて裏目に出てしまいます。勝負運がないんですね。学習能力にも欠けています。おまけに物事の計算もできません。そういう意味で、ひたすらアホですね。
 こんな負け犬になるような条件を見事なほど兼ね備えた女の一生を、真正面から正攻法に描いたなら、ただ、ひたすら重苦しく、涙、涙で押し捲られそうな作品になってしまうでしょう。
 
 日本人って悲劇好きですよね。悲劇をより悲劇的に描くドラマが好まれます。ドラマを作るほうも、主人公を悲劇の渦の中で喘がせ、観ているほうが「まだ、俺のほうがましかな」「あたしのほうがましかしら?」などと思ってカタルシスを覚えてくれたらドラマの送り手も受け手もバンバンザイになるようです。
 この映画は、そこを見事に外しています。お涙頂戴はいやだよと言わんばかりにカラッと、サラッとしています。七転び八起きの松子に湿ったところはありません。男との別れや男を殺した時に「これで私の人生も終わったと思った」と述懐している割には逞しく、しかし、また場当たり的に生きていってます。
 これまでの悲劇のドラマの法則から、この映画が開放されているところが、この映画の一番のみどころではないでしょうか。
暗く陥らないためのお膳立ても用意されています。原色っぽい、意識的な色の使い方、花柄が画面に舞ったり、白い歯キラリの星マークが出たりのアニメチックな装い、ドラマの流れを突然中断するようにテレビのコマーシャル風に松子が歌を歌ったり、踊ったりはフランス映画「8人の女たち」の影響?(そう言えば、この映画の監督はCM畑出身やった)

 
ヒロイン・松子を演じているのは中谷美紀。文字通り、熱演ですが、いかにも熱演というような熱演でないのがいいですね。この女優さんが一面で持っているコケティッシュな部分が、このカラリとした映画で生かされています。
 ほかに、松子の甥を演じる瑛太が印象的です。最初は、いかにも今風で、だらしない、冴えない、恋人にあっさり破局宣告される青年(松子の女友達にも言われていますが、松子そっくり^^)として登場してきますが、自分の生活にいきなり飛び込んできたような伯母の一生の追っかけをしているうちに次第に謎めいた伯母の生涯を見つめる眼差しが柔らかく変化していきます。これは本人の演技プランなのか、それとも演技指導の賜物なのか?
 
 
 
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プリント不良のため上映不可

西宮、広島、高知とめぐる旅から帰ってきました。矢野龍子の地元の映画館で、『徳川一族の崩壊』『続網走番外地』(嵯峨美智子に惚れ直しました)を観ました。つくづく山下耕作という人は大作を作れない監督だということを痛感しました。それでも、雁治郎(先代)をはじめ、山形勲、岸田森、成田三樹夫など、今では死んでしまったいぶし銀の役者が大挙して出演していて、ある意味、感慨深かったです。
翌日、支配人の方にお話を聞くと、最初は『総長賭博』をやりたかったのだそうですが、三角マークに問い合わせたところ、プリント不良のため、上映が不可能ということで、急遽、決まった作品なのだそうです。でも、その『徳川一族の崩壊』も、ラストの数分が欠けたプリントだとか。来週は、『美加マドカ 指を濡らす女』(←これはニュープリントだとか)『縄と蛇』『濡れた荒野を走れ』の三本立て。これは観たかったなぁ。

嫌われ松子の一生

青山さん、おはようございます!
先日はご訪問&書き込みありがとうございましたm(__)m

「8人の女たち」・・・・確かに・・・すっかり忘れていました。
この映画も原色&お花がたぁ~くさんでしたね~♪(もう一度見直してみようかしらん・・)

学習能力が足りない松子さん・・・なぜか不幸を呼び寄せてしまう女性でしたね・・。
健気で一生懸命で・・・。

私はまだ原作を読んでいないのですが、早く映画との違いを楽しみたいと思っています。
うんうん、中谷さん、熱演でしたね。でもおっしゃるとおり熱演を感じさせず「松子さん」にすっかりなりきっていたように思いました。

私も映画が大好きです。

これからもいろいろお話できたらなぁ~と思っております。では。。

恥ずかしいので・・・・・・さんへ

 ようやく渡世修業の旅から戻られたのですね。いずれ、旅の収穫はゆっくりうかがうことにしましょう。
 山下耕作と大作映画って、つなげてみたこともなかった^^ ほとんど観てますが、いずれもプログラムピクチャーばかりで、「徳川一族の崩壊」のころは、もうかなり山下耕作の力量はペースダウンしてたころやったし・・・。
 オッパイ大好きな貴方には次週上映の映画のほうがよかったかも、ですね^^

 以下、余分なことながら・・・・。
 「嵯峨美智子」は「瑳峨三智子」ですぞぉ~。
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青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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