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2016-08-01

私家版加藤泰論への道 生誕100年を記念した加藤ワールド最終章

朝霧街道 160718  
                「朝霧街道」の高田浩吉

 先日、フィルムセンターでの『朝霧街道』の上映中、客席の携帯電話が鳴り、映画の上映中にもかかわらず電話で会話を始めた観客がいたそうな。
 それがどれくらい続き、声の大きさがどんなものだったのかは居合わせていないので分かりませんが、上映終了直後、誰がそんな非常識なことをしたのか分からないまま、怒りの抗議を上げた人がいたというので迷惑だったのは明らか。
 最近、いますよね。携帯電話に限らず、上映中、私語を延々とやっている人たち。もはや劇場と自宅の茶の間の判別もできない人が増えているということでしょうか。
 私語を交わす人がいれば以前はよく注意を促していたのですが、いちいち注意するのもアホらしく、かといって、そんな環境下で映画を観たくないといのも、ボクが映画小屋から遠ざかった一因なのかな?

 さて…………


32)みな殺しの霊歌(1968年、松竹大船)
 『男の顔は履歴書』に続き、再度、加藤泰監督が松竹大船撮影所に乗り込み、野村芳太郎、山田洋次の両監督の協力で実現した加藤泰フィルモグラフィーの中でも異色作。自分の許せない悪いやつらを次々と殺していく男性版「五弁の椿」で、本家の山本周五郎の「五弁の椿」で殺されるのは男たちだが、この作品で殺されていくのは暇を持て余した有閑マダムのおばさまたち。
 殺人犯として逃げていく男が男性版「おしの=「五弁の椿」のヒロイン」だが、おばさまたちはまだあどけなさを残すクリーニング店の少年店員をむりやり溜まり場に引き込み、強姦してしまう。その結果、ショックを受けた少年は自殺してしまうが、少年の死の原因を知った男が残虐な手口でおばさまたちを襲っていく。
 男と少年とを結ぶ接点は何もない。ただ、日常見かける少年の清らかな笑顔が、かつての自分にもあったものとして忘れられず、その清らかさが汚されたことへの怒りが男を突きあげる。一歩間違えば変な誤解を生みそうな殺害の動機だが、全編をモノクロのやるせないほどの暗いトーンに終始し、やりきれないほどの哀しみが全編を覆う。
 かつて1975年の一昼夜まるごと加藤泰映画上映の催しで初めて接した時は、上映時間が悪かった。真夜中の上映で、それまで昼から夜へと加藤泰映画を観続けてきた身には疲労感ドップリ、睡魔が遠慮なく押し寄せ、鑑賞状態としては極めて最悪だった。、その語、再度観る機会を得て、加藤泰映画の中でも最も好きな作品のひとつとなっている。


花札
33)緋牡丹博徒 花札勝負(1969年、東映京都) 
 『みな殺しの霊歌』の翌年、加藤泰監督が本拠地・東映京都に戻り、全盛を誇っていたやくざ映画という会社の路線の中での仕事がしばらく続く。本格的なやくざ映画は『明治侠客伝 三代目襲名」以来で、既にスターの座を確立していた藤純子を映画の主役として得たことで、東映京都の中では常に傍流の観があった加藤監督が本流入りし、同時に当時活発化していた学生運動の学生たちの支援を受け、評価の表舞台に出るようになる。
 加藤監督が少年期を過ごした名古屋を舞台に「ロミオとジュリエット」的なやくざ間の抗争が展開するが、既にシリーズとしてスタートしていた『緋牡丹博徒』3作目の監督として話があった時、山下耕作監督や鈴木則文監督による前2作を観て「なんじゃ、こりゃ~」とびっくりしたという。「お龍さんは幼稚園の先生かい?」と驚き、やくざ世界でまだ実力もない若い女が「教訓を垂れるようなことは片鱗もあってはならん」とし、お龍の造型を一から洗い直したとか。「なんか人にもの教え顔なんだよなぁ」とインタビュー時に語っていた加藤監督の口調を今でも思い出す。でも結局、この作品でも若き女やくざは恋と父親の仇討ちのジレンマに悩む若者を諭してはいるんだけどね。

34)緋牡丹博徒 お竜参上(1970年、東映京都)
 加藤泰監督の作品中、ボクが最も多く、繰り返し繰り返し観た映画。それは加藤泰だからということもさることながら、ご贔屓の藤純子の主演映画だったということも起因している。今でこそしばらく映画小屋では観ていないが、ひところは一年に一度は必ず再会していた映画で、当時、人気絶頂だった藤純子の主演映画を観ることにより加藤泰を学習したと言っても過言ではない。
 「やはり川があるんですよ」と菅原文太の自分の故郷を語るつぶやきで始まる、例のみかんコロコロの雪の今戸橋の名場面に何度も何度も魅了され、よく飽きないでいたものだと自分でも驚く。加藤泰映画には、何度観ても飽きない、いや、観れば観るほど思いを深くするシーンがいくらでもある。映画小屋では聞き取れないが、テレビ放映時に聞いた橋の下を流れる川の瀬音も盛り込み、そのあたり、さすがに芸が細かい。
 この雪の今戸橋のシーンにしたって、あの積もった雪ではみかんはコロコロ転げないよとクレームをつけるのは愚の骨頂というものだ。あえかな女(お龍)と男(青山常次郎)の別れのシーンでみかんは転がっていかなければならない。嘘を承知の虚構の世界こそ純粋に楽しむべきで、言葉少なに別れていくシーンに酔うべきである。酔えない人は虚構への読み込みが足りないのでは?
 「純子は何にも言いません  文太も何にも言えません……
 藤純子の女優引退後に公開されたリバイバル上映時のポスターのキャッチコピーこそ、この雪の今戸橋を語って余りある名コピーではなかったか。

35)緋牡丹博徒 お命戴きます(1971年、東映京都)
 藤純子の女優引退を翌年(72年)に控えたシリーズ7作目。当時、学生層に絶大な支持を集めていた加藤泰監督が映画の主役に人気女優を仰ぐことにより、傍流から本流に流れを変え、前作「緋牡丹博徒 お竜参上」に続いて登板。このシリーズは本来、この7作目で打ち止めにすべきだったが、そうはならなかったのは商業映画の宿命とでもいうべきか。
 この作品は、加藤泰が藤純子の女やくざ映画に決別した作品として記憶される。ラスト、修羅のごとき形相の緋牡丹お龍の現実を無垢な子どもに目撃させることにより、お龍は単なる人殺しでしかないことを明らかにしている。シリーズの前2作のように、もはやお龍には殺人の罪を肩代わりしてくれる男たちは登場しない。この後、加藤泰は再び女やくざの映画を撮ることになるが、そのヒロインは男たちを次々に殺していく殺人鬼でしかない。
 藤純子を映画の主役に得ることで気力を吐いた監督はほかにも山下耕作がいるが、彼も加藤泰に続き、この後、『女渡世人 おたの申します』で藤純子の女やくざ映画に決別している。

36)昭和おんな博徒(1972年、東映京都)
 藤純子の女優引退後、女やくざ映画に未練たっぷりな会社の要請を受け、再度、女やくざ映画に立ち向かった加藤泰監督の最後の東映作品となった映画。この種の映画では藤純子の先輩に当たる江波杏子を主役に迎え、やくざ社会で将来有望な夫を殺されt女がその仇を討つため、自らもやくざ社会に飛び込み、次々と仇を討っていくやくざ映画版『五弁の椿』。このころ、既に大映映画はなくなっていたが、江波杏子は大映時代、同じ原作者(藤原審爾)の題材を『昭和おんな仁義』として主演している。
 藤純子とはキャラクターが異なる江波杏子を使って、藤純子のような女やくざの映画をという会社の意向を痛いほど汲んだ加藤監督、悪戦苦闘した痕跡がありありと分かる一作だが、そのかわり、藤純子主演の映画では絶対できなかった女と男の絡みのシーンも取り入れ、エロサービスも欠かさない。上半身だけの、肝心のところは箱火鉢の陰に隠れてはいるけどね。




 

加藤泰の世界 160731 
              一昼夜まるごと加藤泰のチラシ

37)人生劇場(1972年、松竹大船)
 東映所属という縛りを自ら解いた加藤泰監督は、その後、主に松竹を本拠地にした長時間、大作映画の時代に突入していくが、記念すべき、その第一作。
 尾崎士郎の自伝的青春小説『人生劇場』は今や読む人はごくまれだろうし、書店を覗いてみても主人公・青成飄吉の学生時代を語った『青春篇』しか見かけないが、この映画が製作された当時でも読んでいる人はまれだったに違いない。多くは劇化された『人生劇場』のイメージで語られ、演じる俳優や製作会社の都合で、原作から一人歩きしてしまったイメージしかない観客たちを前に、この映画で原作に真っ向から挑んだ加藤監督は、一人歩きしたイメージによるさまざまな意見に対し、「小説を読んでから言え」とばかり、大いに不満の面持ちだった。
 代表的な意見が「田宮二郎の吉良常が若過ぎる」というもので、ここで待ってましたとばかり、加藤監督はその意見に噛みつく。
 それまでの映画で吉良常は月形龍之介や辰巳柳太郎などの老優によって貫録たっぷりに演じられてきたが、それは吉良常がいつもおじいちゃんの年代に設定されていたからで、いくら貫録たっぷりの吉良常でも、のっけからおじいちゃんとして登場していないのは原作を読めば一目瞭然。小説のほうの吉良常はおじいちゃんになっても、なかなか悟りが開けない、若いころのチンピラやくざそのままでトシをとっているから、なおさら始末が悪い。そんな年老いたチンピラやくざを、天下の名優たちが演じるわけにはいかず、いつの間にか演じる俳優の側に引き寄せた吉良常像になってしまった。加藤監督がそのように語ったわけではないが、代弁すれば本意はそう的外れではないだろう。
 もうひとつは、ボクの疑問。『残侠篇』に登場するやくざの飛車角は殺人を犯して刑に服するが、その間に残された愛人のおとよは私娼窟の女になり、そこで飛車角の弟分ともいえる宮川と知り合い、仲良くなってしまう。宮川はおとよが兄貴分の愛人だったことで「やくざは他人の女は盗まない」というやくざ社会の不文律に悩むことになる。
 この作品では、私娼窟で知り合う以前に宮川とおとよは顔見知りだったとしているが、原作ではどうだったかボクの記憶があいまいだった。
 加藤監督のじかの話では、それまでの多くの『人生劇場』では宮川とおとよは私娼窟で初めて出会い、宮川はおとよが兄貴分の女だとは知らずに抱いてしまう設定になっているが、これも演じる俳優の都合で、多くは大スターが演じたキャラクターが知っていて男女の仲になる確信犯より、知らないで男女の仲として設定したほうが演じるスターのイメージも悪くならないからと自信を持って語っていた記憶がある。
 知っていて男と女ができたほうがストーリー的には錯綜して面白いが、この点、原作はどうだったのか自信がない。そこで今回、飛車角がおとよを連れて横浜から東京・砂村へ逃げてくるところから吉良常の終焉までを描いた『残侠篇』をおよそ30年ぶりに読み返してみた。すると……原作でも宮川もおとよも互いに知らなかったと書かれている……。
 では、なぜ加藤監督は宮川とおとよは顔見知りだったと原作とは異なる設定にしたのか。そのほうが波乱に富んで面白そうだが、この改変はなぜだったのか、尋ねようにも、もはや尋ねる相手はこの世にはいないから永遠の謎のままになってしまった。

花と龍 160731

38)花と龍(1973年、松竹大船)
 『人生劇場』のヒットで続いて製作された加藤泰監督の大作時代の第2弾。この年、それまでは寡作派だった加藤監督には例をみないほどの映画三連発で、しかも長時間映画が続く。
 それまでの多くの『花と龍』の映画化作品が満州(現在の中国東北部)行きを夢見る若い男とブラジル渡航が夢の若い女が知り合い、愛し合い、やがて結婚し、男は港湾荷役の一家を構えるというサクセスストーリーだったが、加藤泰の『花と龍』では初めて原作の後半部分も取り入れた作品に仕上がっている。
 つまり、港湾荷役の一家を構えた主人公のストーリーが前半部分で、後半には夫婦の成長した長男が登場し、父と息子の世代間格差が描かれ、加藤泰の比重はむしろ後半部分に重くかかっている。無学で裸一貫で地位を築いてきた父親と大卒で知力にあふれる息子との相克。後半の息子は原作者の火野葦平自身がモデルとされている。遊廓の女と愛し合い、世の中の仕組みにこの恋愛は引き裂かれ、やがて息子は港湾荷役騒動の労働運動の旗手になっていく。そこには加藤泰自身の姿も投影されていよう。
 冒頭、のちに敵対することになるどてら婆さんやヒロインにほのかな愛情を感じることになる栗田銀五と夫婦と幼い息子との汽車を介した出会い、主人公夫婦を助ける老残のやくざとその息子、主人公に刺青を彫る女彫り物師のお京と、主人公の実の娘かもしれないお蝶母子など、多くの人物が劇的に入り乱れ、粘りに粘った加藤監督の演出は息をもつかせない。
 労働争議が終わり、息子は外国に売られた遊廓の女を探しにやってくる。その時、すでに女はこの世にはなく、その墓標の前で見せる息子役の竹脇無我のせつなげなラストショットが忘れ難い。

宮本武蔵 160731
39)宮本武蔵(1973年、松竹大船)
 松竹大船を足がかりに加藤泰監督が長編大作映画に臨んだ最終作といえる作品。
 本来、長い長い吉川英治の小説をわずか2時間半余の映画で劇化するという、ちょっと無謀とも思える企画で、武蔵ストーリーの見せ場を集めて並べたという印象は拭得ない。剣の道を通して悩み多き武蔵に対し、一足先に人間としての幸せをつかむのはともに関ヶ原の戦いに出陣した友達の又八だったという解釈が面白い。その又八に人間としての悟りの引導を渡す沢庵和尚の笠智衆の飄々とした味わいもいい。沢庵は武蔵を指して「あいつはなっとらん」と断罪する。
 その武蔵は剣の修業も道半ば、幼馴染のお通との仲も定まらない中、何もかもが中途半端な状態で宿敵・佐々木小次郎との決闘に赴くことになる。雨の中の巌流島の決闘は、自然大好きの加藤監督ならではのアイデアといえる。

日本侠花伝 160731
40)日本侠花伝(1973年、東宝)
 それまでの3本の長編大作映画は原作のある作品だったが、初めて加藤泰監督のオリジナル脚本で実現した長編作品。もともとは浅丘ルリ子主演の日活映画として企画されていたが、日活が倒産したため、映画化予定のオリジナル脚本は宙に浮き、その後、NHKの朝の連続テレビ小説(『藍より青く』)でヒロインを務めた真木洋子を主役に得て東宝で映画化にこぎつめけたという。
 社会的に無知な女の子が清濁併せ持った世の中にもまれていくうちに成長するというストーリーは、『骨までしゃぶる』のヒロインお絹にも通じる基本コンセプトで、この『日本侠花伝』ではヒロインのミネを社会的に先導していくキャラクターとして魅力的な女性が登場する。
 それが加藤泰映画ではお馴染みの脇役女優・任田順好(旧名・沢淑子)演じる小川つるで、彼女は映画の前半とラストにちょこっとしか姿を見せないが、何者なのかは正体不明。無職の放浪者で、時に左翼思想にかぶれ、左翼運動のビラを配ったり、それがもとで警察につかまってむごいリンチを受けても逞しく生き抜いていく。そんな小川つるの影響を受け、か弱い女でしかなかったミネもたくましさを身につけていくのだが、加藤監督らしい、すごくいい場面がある。
 それはミネとつるがカフェ(洋風居酒屋)の女給(ホステス)として働いていたjくだりで、酔った客たちが酒の席の座興でホステスたちに恥ずかしい格好をさせてチップをはずんでいる姿を見て、つるは猛然と客たちにくってかかる。「お前たち、かあちゃんいるのか。かあちゃんの前でもういっぺん、そんなことしてみろ!」とかみ付き、おかげでカフエ店内はめちゃくちゃになり、つるもミネも職を失ってしまうことになるが、このつるの抗議の姿こそ、加藤泰監督らしいフェミニストぶりを示している。
 酒に酔った男たちが座興でエロに走るのはいいが、品性を堕してはいけないと言っているようで、本筋とはさほど関わりはないが、この映画の中でも白眉と言っていい。

41)江戸川乱歩の陰獣(1977年、松竹大船)
 初の単独オリジナル脚本で挑んだ『日本侠花伝」は残念ながらヒットには結びつかず、加藤泰監督は映画監督として4年間の沈黙を強いられることになる。そして長い沈黙の後、加藤監督が再び松竹大船で撮った作品。
 そのころ、角川映画が圧倒的な広告作戦で公開した市川崑監督による横溝正史の推理小説を映画化した一連の金田一耕介映画がヒットしており、推理小説の映画化に色気を示した松竹が「うちは乱歩でいこう」と企画したのかどうか、しかし、宣伝力でははるかに角川映画に及ばず、せっかくの加藤監督の復帰作もささやかに公開されたことに終わる。
 ヒットこそしなかったが、内容的には推理映画としての概容はそっちのけみたいな造りで、加藤泰らしさに満ちあふれた映画となった。推理映画としては誰が犯人なのかすぐに分かるが、加藤監督が常に求めてやまなかった男と女の精神的、肉体的なからみが全編に張り巡らされ、女が男を翻弄していくというのも面白い。ちりばめられているのは男と女のアヤばかりでなく、しれまでの加藤泰映画の常連といってもいい俳優たちが随所に顔を見せ、戦前の二枚目スター中野英治も出演しているというおまけも付いている。
 殊に加藤泰映画のヒロインだった桜町弘子が冒頭から登場し、推理小説家である主人公の男に「女が書けてないわよ。女が書けてないてことは、アンタ、女を知らないんじゃない」と酒に酔ってクダを巻かせているあたり、加藤監督の遊び心が横溢しているばかりでなく、この映画が「女を分かっていない男の物語だよ」とテーマを打ち明けていることにも注目したい。

42)炎のごとく(1981年、大和新社、配給=東宝)
 『江戸川乱歩の陰獣』から、また沈黙すること4年。加藤泰監督の遺作となった劇映画。幕末の京都でガテン系の仕事に携わっていた実在の男がモデルで、この男が現存する反社会的組織が祖と仰ぐ人物だったため、製作時、反社会的組織を礼賛する映画と誤解した京都府警からクレームが入ったといういきさつがある。
 男も女も必死に生きている、でも、そんな必死さはどこかおかしみがあり、好感を持てる。そんな人物にたまらなく共感を寄せる加藤監督らしい作品で、この映画のプロデューサーの思いを受け、映画化が実現。そのプロデュサーとは松本常保で、長く京都の映画界で映画撮影のためにエキストラたちを調達する仕事に従事し、自らもかつては日本電映という製作プロダクションを興した人物で、同じ仕事に携わっていた自分の父祖たちの姿を描きたいという思いを持っていたという。
 必死だけれど、どこかおかしみがあるというのは『車夫遊侠伝 喧嘩辰』でもみる通り、加藤監督の得意分野であり、団子の串刺しのような構成ではあるが、幕末の戊辰戦争の時代、主人公が愛し、いつくしんだ薄幸の女、主人公をどこまでも追いかける女や悲恋に倒れる若い男女、父親の仇を求め、統幕運動に身を投じる女、それに新選組の面々など、京都に生きたさまざまな人間たちが怒号、悲嘆、殺戮などの中で描かれていく。
 冒頭のクレジットタシトル紹介のバック映像で、雪の中、主人公が愛した女が旅行くショットが登場する。その雪景色の中、画面左手に遊女のような、雪女郎のような、あるいは観音菩薩とも受け取れる雰囲気で立っている女性像が出てくる。この作品に初めて接して以来、あれは何なのか気になって仕方がなかった。しかし、加藤監督にそれを質問しようとしているうちに、加藤監督はあの世に旅立ち、質問の機会は永遠に失われてしまった。 
 後年、『炎のごとく』とほぼ同時期に製作された加藤監督のドキュメンタリー映画『ザ・鬼太鼓座』をようやく観ることができた時、そこにも『炎のごとく』で出てきた同じ女性像がイメージショットとして登場している。加藤監督にとって、あの女性の姿は何を意味していたのだろうか。                                                  
 (お・し・ま・い)                                             
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