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2016-07-10

私家版加藤泰論への道12 生誕100年を記念した加藤ワールド2

                       緋ざくら大名1 130920            東映時代劇では意欲的な東映城の若殿たちと

7)恋染め浪人(1957年、東映京都)
 『逆襲大蛇丸』まで貧乏プロダクションで仕事をし、まがりなりにも映画監督として時代劇を作り続けていた加藤泰の戦後生まれながらメジャーの東映での初仕事作品。赤字続きの映画会社だった東映がお子様向け中編時代劇の連続ヒットで持ち直し、それに伴って時代劇映画が本格的になり、人手が足りなくなったのか、加藤泰にも勧誘の声がかかり、喜び勇んで駆け付けると助監督からの仕切り直しだったと、のちに加藤泰は語っている。
松竹大船から移籍、当時既に時代劇の大物監督だった佐々木康監督の助手に就くが、ボクが観た限りでは、ほかに並木鏡太郎監督、大友柳太朗主演の『地雷火組』(1956年、東映京都)にもチーフ助監督に就いている。
 記念の東映時代劇第一作はお家騒動をベースにした山手樹一郎原作の作品で、慎重に、東映時代劇の範疇を超えない無難な造りで、雨上がりのシーンで雨露に濡れた木の葉のショットを差し込むなどして「自分らしさ」に苦慮した跡がうかがえる。

8)源氏九郎颯爽記 濡れ髪二刀流(1957年、東映京都)
 松田定次監督の『鳳城の花嫁』(1957年)に始まる東映時代劇映画のワイドスクリーン化を受け、入社早々、モノクロ版のワイド映画の監督に抜擢された加藤泰の初のワイド映画。しかし、スタンダードサイズで撮影し、編集段階で上下をカットして横長画面としたり、撮影機材の関係で画面中央がぼやけたまま出荷したりと、新システムの黎明期にありがちなトラブルも経験している。
 源義経の末裔と称する白装束の若侍(中村錦之助)を主人公とする、柴田錬三郎原作のチャンバラで、ここでも若侍を親の仇と狙う武家娘(田代百合子)が強い意志を持つ女性として登場する(といっても、実にはかなげなんだけどね)。
 『源氏九郎』シリーズは3作品製作され、最終作『源氏九郎颯爽記 秘剣揚羽の蝶』(1962年、東映京都)は師匠の伊藤大輔の出座を仰ぎ、源義経の末裔という出自は影を潜め、錦之助は白の着流しにロン毛の源氏九郎となぜか背中いっぱいに刺青を背負った泥棒やくざの二役(実は同一人物)に扮し、時代劇の大御所らしいチャンバラに仕上がっている。
 閑話休題。この加藤泰のワイド第一作はボクが観た最も古い加藤泰映画なのでは? もちろん、そのころは加藤泰の名前など知る由もないガキンチョだったから、加藤泰の映画だから観たということは当然ない。こういうことは、この後しばらく続く。つまり、気がつけば、あれは加藤泰監督の映画だったということはしばしば起こる。

9)緋ざくら大名(1958年、東映京都)
 加藤泰監督がその後、何本も映画を撮ることになる東映城のもうひとりの若殿、大川橋蔵と初めてタッグを組んだ作品で、当時、東映時代劇では最も多くの原作を提供していた時代物作家の山手樹一郎の小説の劇化だが、元ネタはフランスの古典劇『愛と偶然の戯れ』か。つまり、押しつけられた結婚を嫌って逃げ出した若い男と女が出会うが、それはお互いが押し付け結婚の相手だったというお話。若い男が橋蔵、女は女優デビュー後2年目の大川恵子が扮している。
 この2人を取り巻く乳母の岡村文子や頼りない浪人者の千秋実をはじめ、群像劇っぽいところに後の加藤泰たるべき特徴がチラリホラリ。行方不明になった男を追う家臣2人組の描写には、叔父・山中貞雄の雰囲気も匂わせている。この作品も加藤泰の名前を知る以前のガキンチョの時に観た記憶はあるが、むろん、以上の特色なんて当然ボクにはわかっていない。

10)源氏九郎颯爽記 白狐二刀流(1958年、東映京都)
 源氏九郎シリーズの2作目で、初の総天然色による加藤映画。隠された財宝をめぐり、勤皇派と佐幕派が入り乱れる抗争劇だが、ここにひとりの確とした自分の意思を持っている女性が登場する。主人公のかつての婚約者の公家娘で、扮しているのは大川恵子。多くの時代劇のヒロインが型通りの役柄だった中で、そうしたヒロインを演じていた大川恵子が、ここでは新たな婚約者を尻に敷き、財宝争奪戦に身を投じる中、かつての婚約者の源氏九郎の危機に身を挺して救助する。加藤さん、こんな精神的にも肉体的にもアクティヴな女性が好きなんだから。
 九郎とともに正義に立ち上がる大坂奉行所の下級役人の面々も面白く、『緋さくら大名』に続く群像劇が展開するが、既存の東映時代劇のパターンから外れた設定が「自分らしい映画」を目指した加藤泰の実験作といってもいい。

11)風と女と旅鴉(1958年、東映京都)
 タイトルだけを見ると、気のいい旅のやくざがお気楽に旅を続ける中、訪れた土地の悪漢を退治するような内容を連想させるが、とんでもなく、『監督・加藤泰』の名前をはっきり明記したような、加藤作品の中ではエポックメイキングな作品。そろそろ病高じて、もうガマンができないとばかりに、既存の型通りの東映時代劇映画に背を向け、会社側からすれば「加藤のヤツ、またまたとんでもない映画を作りよった」となった映画。主役級の美男美女俳優にノーメイクで出演させ、音声も撮影と同時録音を強行。この実験に主役の中村錦之助以下、大乗り気になったそうだが、会社側にすれば売り出し中の錦之助はボコボコにされて気絶し、少しもカッコいいところを見せないので、そりゃ商売にならんわ的な異色作。パターン化された時代劇映画に真っ向から加藤泰が斬り込んだ作品として注目される。

浪人八景110323

12)浪人八景(1958年、東映京都)
 東映時代の恩師・佐々木康の病気による降板を受け、加藤泰監督が代打に立ち上がった一作。東映時代劇を片岡千恵蔵とともに支えていた市川右太衛門が主役の映画とあっては、若殿相手の映画のように気ままに「自分らしさ」を貫き通すこともできず、しかし、何かと右太衛門と衝突することも多かったらしく、いかにも右太衛門映画らしく、豪快に、明朗に、勧善懲悪的に撮っていれば東映時代劇をけん引しているサムライ役者の御用監督としての地位は約束されていただろうに、そんなことには興味は示さず、ひたすら「わが道を往く」を押し通し、以後、サムライ役者からのお呼びはかからなかったという逸話を残している。


紅顔の密使 160710

13)紅顔の密使(1959年、東映京都)
 ガキンチョの時代、観た映画の題名も記憶になく、監督名も知らず、ただ何気ない場面だけが脳裏に残っているということがしばしばある。映画が映画小屋だけでなく、テレビに流れるようになり、昔観たことがあるとは知らずにテレビ放映で観ている最中、「あっ、これ観たことある」と記憶が呼び起こされることもしばしば。
 ボクにとって、加藤泰監督のこの冒険活劇も、そんな記憶が呼び起こされた一作だった。
 平安末期、異民族の侵入に脅かされている奥州を死守する皇子の援軍として朝廷に選出された若者が奥州にたどり着くまでの、いわばロードムービーで、若者は途中、奥州にいる父親を訪ねる娘と知り合ったり、盗賊の頭目に命を狙われたり、盗賊の一味の異国情緒な美女を助けたりの紆余曲折の末、奥州にたどり着き、異民族の攻勢に猛然と死闘を繰り広げ、奥州に平和をもたらすというロードムービーから一転、大スペクタルになるという映画。撮影所のある京都に隣接する滋賀県の自衛隊演習地を借りて撮影された戦闘シーンは、日数も人員もはるかに予定を超えたと語り草になっているが、優男の橋蔵が泥土の中で女も子どもも敵の矢砲の犠牲になる戦闘を指揮する武将を演じるなんて、いかにも当時の東映時代劇っぽい。
 1975年の一昼夜、まるごと加藤泰映画の上映で再会できた作品でもある。

14)大江戸の侠児(1960年、東映京都)
 山上伊太郎の原作シナリオの映画化だが、少年が理不尽に命を奪われたことから主人公が裏の世界の人間になるという基本スタイルは、のちの『みな殺しの霊歌』(1968年、松竹大船)にも通じる基本コンセプト。幼馴染の女とはぐれ、女の弟が役人の乗る馬に蹴り殺され、持って行き場のない怒りから若者は盗賊となり、かくて鼠小僧が誕生する。巻頭、鼠小僧になる以前の若者が百たたきの刑に処されるシーンでは季節感の持ち込みはダブーだった東映時代劇のルールに反し、噴き出すような汗で夏の季節感を持ち込み、「加藤さん、やってますなぁ」の観が強い。美人だけど色気に乏しいという点でグレース・ケリーと双壁を成すような香川京子が女郎に売られた幼馴染の女と忍び込んだ大名屋敷の奥女中の二役で出ている。

15)あやめ笠 喧嘩街道(1960年、東映京都)
 日本の映画会社がまだ産業として成立していた時代、次々に商品としての映画が生み出される中にあって「日本の映画の儲けの半分は戴く」と豪語していた当時の東映社長の陣頭指揮で東映の第二系統として発足した第二東映。東映時代劇がいかに興業面でリードしていたかを物語る逸話だが、費用も上映時間も本家の東映作品よりは何割か減少で、ほどなくこの試みは潰えてしまう。
 その第二東映で加藤泰監督が撮った股旅物の時代劇。加藤泰映画の恒例? に漏れず、2人の強い女が登場する。ひとりはやくざの親分だった父親が非業のうちに死に、その親の仇討ちと一家の再興を目指す花園ひろみ。もう一人は同じく父親を殺され、仇の疑いがある婚約者の徳大寺伸を追い求める武家娘の青山京子で、この2人に旅のやくざの品川隆二とスリの渡辺篤が絡み、話は進む。とりわけ青山京子のキャラクターに加藤泰好みの女性像が反映されている。

16)炎の城(1960年、東映京都)
 文芸映画の脚本家として知られる八住利雄のシナリオを得て、東映城の若殿、大川橋蔵を主役に据えた日本版『ハムレット』映画。この作品もガキンチョの時代、ボクは観ており、狂気を装う橋蔵ハムレットや、その狂気を哀しんだオフェーリアの三田佳子が入水するシーンをロングの長回しで捉えた場面はきっちり記憶に残されている。ただし、ハムレットはオフェーリアに「尼寺へ行け」とも言わないし、民衆蜂起の先頭に立つハムレットも死にはしない。
 後年、大阪・新世界の映画小屋で再会したが、おそらく加藤作品だからということで来場したような大学生2人が、映画の後、何とも言えない顔をして言うべき言葉も見当たらないというような表情で出てくるのをロビーで見かけたのが印象的だった。多分、彼らの期待した出来映えではなかったのか、それとも歌舞伎の女形臭の抜けきらない橋蔵の演技に幻滅したのか。ちょっと興味深い光景だった。大作ながら、加藤泰も失敗作だったと認めている。

17)朝霧街道(1961年、東映京都)
 高田浩吉、木暮実千代の熟年コンビによる股旅物の第二東映作品。生まれ故郷に戻ったやくざが網元の横暴に立ち向かう話で、彼に網元の情婦となっている女が絡む。ボクは映画小屋で観たことはなく、テレビのノーカット放映で観た限りだが、網元を退治して最後、女に見送られて自首して出る結末に「意外にまともやん」の印象がある、ワルを退治してそれでよかったよかったで終わらないところが加藤泰らしい所以か。

18)怪談お岩の亡霊(1961年、東映京都)
 鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を、ほぼ原作にある通りに映画化した稀有な作品。というのも映画、テレビを通してお岩物は改作、脚色した作品が多いためで、有名な中川信夫監督の『東海道四谷怪談』(1959年、新東宝)ですら適宜な改作がなされており、加藤泰監督は岩波文庫の『東海道四谷怪談』を徹底的にしつこく読みふけり、四捨選択した結果、原作にあるような徳川幕府の家来ととはえ、貧しい御家人の極貧から抜けだそうとした男のあがきが妻殺しとその亡霊に悩まされ、自滅する結末を招いたと解釈、その男のあがきからこの幽霊物語がスタートしている。
 お岩の妹に扮する桜町弘子が加藤映画に初めて登場した作品で、その出会いは加藤泰や桜町弘子自身によって既に何度も語られており、この後、桜町弘子は加藤ワールドには欠かせない女優として成長していく。

19)瞼の母(1962年、東映京都)
 主人公の番場の忠太郎を演じた中村錦之助の映画が延期になり(多分、『源氏九郎颯爽記 秘剣揚羽蝶』か?)、急きょ代替映画として公開が決まっていた期日に合わせるため、わずか二週間で撮り上げた作品。オールセット撮影で、空いていたセットをすべて押さえ、B斑監督の倉田準二監督の応援を得たことはあまりにも有名。時間的に余裕のない中、生き別れの母親を求める男の前に数人の母親を登場させ、男の実母への憧憬をだんだんい膨らませていくあたりの話の進め方は見事。江戸の街中の雪の場景、行き交う市井の人たちの何気ない描写とともに、富くじ抽選の場面のモブシーンなどには目を見張る。
 この作品は、ボクが加藤泰の名前を意識する以前の最後に観た映画になっている。

20)丹下左膳 乾雲坤龍の巻(1962年、東映京都)
 「おめでたいぞよ、丹下左膳」は、伊藤大輔監督の戦前の左膳映画『大岡政談』に出てくる字幕だったか。東映時代劇の中にあって松田定次監督による大友柳太朗主演の『丹下左膳』シリーズは、お気楽な明朗時代劇だったが、この加藤泰版『丹下左膳』は師匠の伊藤大輔時代に戻り、所属する藩の密命を帯びた左膳がなぜ片手、片目の浪人になったかを描いていく。モノクロ映画ながら全編、緊張感が走り、刀探しに翻弄される人物たちを冷徹な眼差しでみつめている。左膳を父親の仇と狙う道場主の娘に扮した桜町弘子の男装姿は、およそ20年後の最後の劇映画『炎のごとく』で再現されている。

21)真田風雲録(1963年、東映京都)
 劇作家・福田善之の戯曲の舞台作品の映画化で、加藤泰監督には珍しいミュージカル仕立ての時代劇。大坂夏の陣、冬の陣の豊臣家の滅亡時を背景に政治活動に集まった若者たち、政権の中枢を担う大人たちの駆け引きなどをパロディ化して観る者を笑わせる。 隕石の落下が原因で人の心のうちが読めるようになった猿飛佐助を中心にした真田十勇士の面々がシラケムードたっぷりで、
大坂城内に集まった大人たちも徳川方との戦争をやる気があるのかないのか、さっぱりわからない。そんな中、千秋実扮する真田幸村に率いられて十勇士の面々は戦争に立ち上がるのだが……。1960年の安保闘争に端を発した政治の季節が、このパロディ映画に描かれてゆく。

22)風の武士(1964年、東映京都)
 司馬遼太郎原作の伝奇小説の映画化作品。加藤ワールドの作品群では、昔ながらの東映時代劇最後の作品といってよく、のちに幕府隠密となる旗本の次男坊と秘境の姫君との悲恋物語が、隠密や忍者、秘境の住人たちが入り乱れる闘争劇の中で描かれる。
 橋蔵が美女に囲まれる昔ながらの時代劇のヒーローを演じており、その橋蔵の兄嫁に扮した野際陽子は、加藤泰の未亡人によれば好きなタイプの女性だったとか。この時期の野際陽子はNHKのアナウンサーから女優に転身して間もないころだったが、のちに『江戸川乱歩の陰獣』(1977年、松竹大船)で再度の加藤ワ^ルドへの登板を果たしている。


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