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2016-04-24

花のお江戸で浪花の映画が・・・

チラシ 160423大阪の映画

 お江戸に住むお友達がメールで『がめつい奴』を観たよと知らせてきました。
 『がめつい奴』といえば、東京・芸術座(現・シアタークリエ)で人気を博した東宝現代劇の舞台でおます。作・演出は菊田一夫、主演・三益愛子の半世紀も以前の、大阪・釜ケ崎のドヤ街(日雇い労働者向けの簡易宿泊所の街)が舞台の作品で、お友達が観たのは、その映画化作品(1960年、東宝、監督・千葉泰樹)でおます。

 メールで「最近は釜ケ崎を舞台にした映画やドラマはとんとお目にかからない」と、お友達は記しておりましたが、旬日して、そのお友達から例の東京の名画座のチラシが送られてきました。
 その中で目に止まったのが、神保町の名画座で公開が始まったばかりの「桂文珍コレクション 大阪と映画」という特集上映でおます。
 大阪を舞台にした映画8本を上映するという特集で、「なんで文珍が選んでるねん?」という疑問はさておき、大阪の芝居といえばヨシモト新喜劇だけやないねんでという映画群でおます。


▽白い巨塔=1966年、大映東京
 大阪の社会派小説の雄といえば、先年亡くなった山崎豊子でおます。船場のいとはんに生まれ、新聞記者を経て自身の身辺小説から作家として出発し、やがて社会悪を暴く小説を次々と発表していったおばさまでおます。その間、盗作疑惑などで物議を醸したこともおましたが、その山崎豊子が最初に映画で大きく注目されるようになったのが、この『白い巨塔』でおます。
 大阪大学医学部を舞台にしているとされ、虚実入り混じって医学界に生きる人間たちの駆け引きを、戦後の左翼映画をけん引した山本薩夫が監督に当たっとります。モノクロ画面に展開する男たちの足の引っ張り合いはみごたえ十分で、ただでさえ医師になろうとすれば頭のよさに加え、経済的にも大変なのに。やっと念願の医師になれたと思えば、ピラミッド型の権威構造が待っており、そこで暗躍する欲と色を飲み込み、頂点を目指さなければ「負ければ、ただの泥」とは、いやはやお医者さんの世界も生きにくいですなぁ。
 「医は仁術」にあらず、一皮むけば汚い人間だったという姿を田宮二郎が好演しとります。

 ▽浪花の恋の物語=1959年、東映京都
 骨太なサムライ映画を得意とした内田吐夢監督には、一方で歌舞伎ネタ、浄瑠璃ネタをベースにした映画も数多くあり、これはその代表的な作品でおます。チャンバラスターの錦ちゃんこと中村錦之助(のちの萬屋錦之介)がチャンバラ映画の域から脱出を試みた映画で、東京生まれの錦ちゃんが上方和事の大坂の男に扮し、難なく大坂弁を駆使しとります。
 東京生まれの役者が、関西世界に住む人間にとって耳に抵抗なく、その関西の方言が入ってくるといえば、錦ちゃんに限らず、早世した八世中村勘三郎も同じで、くしくも、この2人は遠い姻戚関係にあり、遠い昔、姻戚の元を作った中村吉右衛門のDNAが意外なところで生きていたのでおますやろか。
 映画は近松門左衛門の「冥土の飛脚」の映画化で、有名な梅忠のお話でおます。大和の大百姓の息子(中村錦之助)が大坂の両替商の養子になり、肩身の狭い思いをしながら商売に精を出している中、商売仲間の八右衛門(千秋実)に誘われ、初めて足を踏み入れた遊廓で端下女郎の梅川(有馬稲子)と深い仲になり、 どうにもならなくなって自滅していくまでを描いとります。
 この作品が錦ちゃんとネコが結婚する(のちに離婚)きっかけになったことは有名な話で、今は往時の映画界の語り部のようなネコが映画女優として最も輝いていたころの映画でおます。
 当時、チャンバラ映画の単なる相手役だった花園ひろみが、両替商の家付き娘で忠兵衛の婚約者に扮し、たえず婚約者の行動を心配した目で見守るという辛抱役を好演しており、翌年、同じ内田吐夢監督の『酒と女と槍』のヒロインに起用され、この作品でも吐夢自身の姿を投影したような武将(大友柳太朗)に捨てられる妻を演じとります。
 梅川の有馬稲子や花園ひろみに限らず、ほかにも大阪の商家の後家を演じた田中絹代や遊廓の女将の中村芳子、やり手兼女中頭を演じた浪花千栄子が巧みな大坂言葉を駆使し、男が主役の東映時代劇の中でチャンバラ映画ではない中、なぜか女優陣がいい映画でおます。

 ▽「エロ事師たち」より 人類学入門=1966年、日活・今村プロ
 野坂昭如の原作を、アクション映画に彩られていた日活で一貫して愛欲の世界を描き続けた今村昌平が映画化した作品でおます。ズブやんと呼ばれる小沢昭一が、それこそ愛と欲にまみれた大阪の下層社会の中で生きていく姿を追っており。遠い昔、テレビ放映で観たきりでよく覚えておらんというのが難でおます。

 ▽悪名=1961年、大映京都
 山中貞雄監督の『河内山宗俊』(1936年)は、市井無頼の徒(河原崎長十郎、中村翫右衛門)が無垢な女の子(原節子)の窮地を救おうとするお話でおますが、この勝新太郎の長くシリーズ化された映画の第一作(監督・田中徳三)を観るたびに山中の『河内山宗俊』を思い出します。
 だって、これも市井無頼に生きる男たち(勝新太郎、田宮二郎)がひとりの哀れな娼婦(水谷良重=現・水谷八重子)を苦界から救おうとする話ですもん。
 今東光の原作を大映時代劇の中堅だった田中徳三が、まるで折り目正しい時代劇のような色調で映画化した作品で、二枚目俳優として時代劇の世界に生きた市川雷蔵に比べ、単なる二枚目路線から外れた勝新太郎が河内生まれの太っ腹の遊び人に扮し、縦板に水のごとく大阪弁をしゃべりまくる相棒の田宮二郎の好演もあって、シリーズ2作目以降、訪れた先でちょっと首を突っ込んだばかりに事件に巻き込まれていくという異口同音のお話が延々と続き、シリーズ映画は最後の『悪名縄張荒し』(1974年、勝プロ、監督・増村保造)まで15本にも及ぶという、『座頭市』シリーズとともに勝新のシリーズ映画としては双壁をなす映画でおます。
 勝新夫人の中村玉緒は今はテレビのお笑いキャラで生きとりますが。、まだ勝新と結婚する以前の作品で、主人公に惚れてしまう、しっかり者の大阪のおねえちゃんを演じているというのも、何やら先を見越したような設定でおます。
 2作目の『続悪名』のことになりますが、相棒のモートルの貞が雨の中、刺殺されるシーンを俯瞰で捉えた場面(撮影・宮川一夫)は見事。異彩をはなっとります。
 
 ▽花のれん=1959年、宝塚映画
 大阪の市井の小説を発表していたころの山崎豊子の原作を、しっかり者の女&ダメ男のドラマを得意とした豊田四郎が映画化した作品で、現在の吉本興行を創設したしっかり者の浪花女(淡島千景)のお話でおます。
 遠い昔、今は消え去って跡形もない新世界の小屋で初めて観たのでおますが、ドラマが始まる、まだクレジットタイトルの段階でバックに流れるメロディーを聴いて、びっくらでおました。なにやら聴き覚えのある音楽と思えば、1964年に放送されたNHK大河ドラマの『赤穂浪士』のタイトル音楽そのまんまやおまへんか! タイトルばかりでなく、ヒロインが神社でお百度参りをするシーンにも使われており、どちらも音楽担当は芥川也寸志。いや、この場合は『花のれん』が先に今れているから、『赤穂浪士』の音楽が『花んれん』の音楽まんまというべきでおますな。同じ作曲家やから、以前使用した音楽を多少のアレンジを加えて流用するということは。伊福部昭の音楽担当の映画など、ままあることでおますから驚くほうがウブというべきか。

 ▽王將=1948年、大映京都
 かつて時代劇の神様といわれ、時代劇一筋の伊藤大輔監督が戦後、長い間のスランプから抜け出たとされる作品で、女房、子どもまで泣かせ、哀しませても将棋一筋に生きた男のお話でおます。
 「てんのうじの三やん」と呼ばれた主人公、坂田三吉を演じた阪東妻三郎も戦前から時代劇の大スターであったのが敗戦後、GHQの思想統制により、時代劇映画が封じられていた時代、時代劇以外でも活路を見いだした映画で、のちに来る木下恵介監督の『破れ太鼓』(1949年、松竹大船)ともども、敗戦直後、戦前からの時代劇スターがどう足跡を残したかが分かる一作。
  三やんの女房に扮した水戸光子が伊藤大輔好みの女性像を演じ、あまりの貧苦に将棋をあきらめ、将棋の駒を七輪に投げいれようとする亭主に対し、「それで気がすみましたかいな・・・やんなはれ」と改めて亭主の夢の後押しをする女房像は、はるか後年に歌われる都はるみの『浪花恋しぐれ』の歌詞まんまで、まさに伊藤大輔の好み。前年、刀を持たないチャンバラが好評だった『素浪人罷通る』(1947年、大映京都』で実の父親である将軍にひと目会いたいと願う少年(片山明彦)をバックアップする浪人(坂東妻三郎)にかしずく妻(平井岐代子)とともに、伊藤映画では忘れられない女性像を残している。「男の身勝手だよ、そりゃ」と女性に言われれば、それまでなんやけどね。

 ▽岸和田少年愚連隊=1996年、松竹、吉本興業
 高校生が喧嘩に明け暮れるというお話は、この時代より先に映画化されている『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズの大阪版のようにも思えるが、いかんせん、わて、観てないので分かりまへんねん。

 ▽じゃりン子チエ=1981年、キティミュージック、東京ムービー新社
 大阪の下町、釜ケ崎を舞台に大人をへこますほど口達者な少女の毎日を描いたアニメ。主人公のチエは、先におお友達が観たという『がめつい奴』で大人ばかりの中で逞しく生きる少女テコを彷彿させ、アニメの声を映画、舞台でテコ役を演じた中山千夏が担当したというのも当然の帰結か。
 このアニメ映画は、加藤泰監督の遺作となった『炎のごとく』(1981年、東宝、大和新社)の併映作品として観たけれど、当初、『炎のごとく』の一本立興行だったのが、あまりの不入りに大阪では急きょ、このアニメ映画が同時上映になったけど、このカップリングがどういういきさつで成立したのか、いまだにようわからんのですわ。『炎のごとく』だけでは単体料金やけど、アニメ映画の同時上映だから、親子で入場すると東宝支社は考え、収入増をもくろんだのですやろか?
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