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2014-10-27

学徒は出陣する「花の白虎隊」

                       「花の白虎隊」141026

 早世した大映時代劇の市川雷蔵(1969年没、亨年37)の映画初出演作品「花の白虎隊」(1954年、脚本・八尋不二、監督・田坂勝彦、撮影・牧田行正、助監督・田中徳三)は、戊辰戦争を舞台にした時代劇なのに、まるで太平洋戦争時の学徒出陣映画のようでおました。
 明治維新で官軍と戦った会津藩のお話でおます。時の権力態勢が代わり、かつて京都守護職として徳川政権を支えた会津藩は、最後の将軍、徳川慶喜が簡単に白旗を上げたため、振り上げたコブシの下ろしように困った薩摩藩・長州藩などの官軍によって賊軍とされてしまいます。官軍の攻勢は会津藩に迫っとりますが、京都から自藩に戻った藩主、松平容保(原聖四郎)はヘロヘロ状態。壮年の家臣たちは戦争に出払っており、重臣たちの決議で銃後を守る15歳から60歳までの男たちの総力を結集し、迫り来る官軍の攻撃に備えようとします。
 そこで登場したのが、少年義勇兵の白虎隊でおます。雷蔵や勝新太郎など、藩校に通う成人前の前髪立ちの少年がメンバーでおます。雷蔵はともかく、雷蔵とともにこの映画がデビュー作でもある勝新の前髪姿がちょっとみものでおます(笑)。



 
 

 主人公の雷蔵は、藩校に通う少年たちの中でそう目立つ存在ではおません。血気にはやる勝新や外国留学の夢を持つ花柳武始(新派の大御所、花柳章太郎の子息)に比べ、心優しい、しかし、花柳君の妹(小町留美子)をちゃっかり恋人に持つ少年でおます。
 出征中の兄はやがて戦死。家には祖母(毛利菊枝)や母(入江たか子)がおり、兄の妻で生まれたばかりの子どもを持ち、祖母や母の厳しさに耐えている義姉(阿井美千子)をいつも気遣っとります。半面、自藩の非常時をどう受け止めているのか、ちょっとわかりにくいところもおます。
 どうといって取柄のない、といったら言い過ぎかもしれまへんが、映画の主人公とするにはちょっと自己主張がなさすぎるようでおます。この少年が時勢に流されるまま、やがて白虎隊を率いる強力なリーダーシップを発揮するというでもなく、観終わって「あれ、雷蔵が主役やったん?」と思うようなキャラクターの印象でおます。
 いわば凡庸な主人公が脚本の八尋不二の意図したところかどうか。このあたり、太平洋戦争時の多くの兵隊たちを想起させる皮肉となっております。太平洋戦争時の「国」といえば日本国であったのに比べ、戊辰戦争時の「国」は自分が所属する藩である違いこそあれ、時勢に抗えないまま戦地に赴く姿は太平洋戦争の学徒兵まんまでおます。

 少年たちは大人たちと交替し、最前線の飯盛山を死守して自滅していくのでおますが、タイトルが「花の・・・・・・」と詠嘆調になっているのに比し、映画はそう深刻ぶることもなく、悲壮ぶることもなく、淡々とした調子で進み、しかし、霧島昇が歌う白虎隊の歌が突如流れるおかしな映画でおます。やがて自滅して倒れる少年たちを馬上から見降ろした官軍の総大将、桐野利武(黒川弥太郎)が「あたら次の世を背負う若者たちが・・・」と独り、詠嘆調になるおかしな映画でおました。

 この映画の製作時、大映時代劇もようやく世代交代の時を迎えていたのでおますな。この前年、戦中戦後の大映時代劇を支えた阪東妻三郎が鬼籍に入り、当時は長谷川一夫が唯一の主演スターでおました。後に大映時代劇を支える二枚看板の雷蔵と勝新が同じ映画でデビューしているのも縁でおます。以後、勝新はやや人気に出遅れ感がおましたが、同じころ、相前後して映画デビューした東映時代劇の中村錦之助(のちの萬屋錦之介)や東千代之介、大川橋蔵らとともに、時代劇映画界はようやく戦後育ちの若手スターが台頭してくる時代でもおました。
 それから、およそ60年後の現在、この戦後育ちの若手スターだった時代劇俳優たちが全員、鬼籍組に入っているというのも60年という時間の流れでおますな。雷蔵69年没、37歳、橋蔵84年没、55歳、錦之助97年没、64歳、勝新97年没、65歳。
 勝新があちらの世界に旅立った時、この4人を見比べ、「きれいな順に逝ったな」と言ったのはボクの知り合いでおました。その知り合いも翌98年没、58歳。「きれいな順に・・・」の言葉を実践したのも皮肉なことでおました(笑)。





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私も97年に大映の殺陣師に話を聞いた時、戦後のスター俳優の早逝に話題が移りました。折しも錦之助が亡くなった着後で、原因はアルコールやなんやらの不摂生でしょうとの結論でした。当時は市川右太衛門は健在で、自伝を出したばかり。それに引き換えという話になりましたが、件の時代劇俳優ばかりでなく、石原裕次郎、美空ひばりなんかも早く亡くなりましたね。そして、同じように、その殺陣師も、翌年に癌で亡くなりました。話の最中に、「僕、癌なんや」という言葉が今も耳に残っています。
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