2014-03-15

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ25

              チラシ140309 有馬・北原

 花のお江戸に住まいするお友達さんから、またまた名画座のチラシが送られてきました。といっても到着したのは少し前で、しばらく放置状態。その間、名画座のプログラムはどんどん進み、モノによっては既に終了したのもあるかもしれまへんが、とりあえず……。

 最初に取り上げるのは今月17日までと終了間近でおますが、東京・池袋で開催中の「有馬稲子と十八人の監督たち」でおます。
 有馬稲子といえば、かつては「生意気女優」のレッテルを張られていましたが、所属映画会社の敷いたレールに乗っかってスターとなった女優が多かった50~60年代の日本映画界で、それもひっくり返せば自分の意思をはっきり持っていたということでおますやろね。自分の意思を持つということは現在では珍しいことでもおませんが、どこの会社にも属さない一匹狼のフリーの俳優でもない限り、かつては会社の路線に異議を唱えれば、山本富士子のような例もおました。
 映画会社が俳優を抱える専属制が解体し、今や映画会社は自社資本だけでは映画が製作できない時代でおます。かつての映画会社に代わり、俳優がマネージメントを委託している芸能事務所がうるさいようでおます。だからポッと出の俳優がやがて人気を得て実力を持つようになると、事務所移籍、あるいは独立をめぐり、芸能ニュースをにぎやかにする事例もよく見かけますな。

 さて、今や過去の出来事も自ら暴露し、昔話に生きているような観のある有馬稲子が映画を通じて付き合った18人の監督と作品を列記すれば、市川崑(「愛人」53年)、成瀬巳喜男(「晩菊」54年)、衣笠貞之助(「川のある下町の話」55年)、家城巳代治(「胸より胸に」)、番匠義彰(「抱かれた花嫁」57年、空かける花嫁」59年)、小林正樹(「黒い河」57年)、中村登(「白い魔魚」56年、「危険旅行」59年)、小津安二郎(「東京暮色」57年)、今井正(「夜の鼓」58年)、木下恵介(「惜春鳥」59年)、内田吐夢(「浪花の恋の物語」59年)、渋谷実(「もず」61年)、田坂具隆(「はだかっ子」61年)、川頭義郎(「かあちゃんしぐのいやだ」61年)、五所平之助(わが愛」60年)、伊藤大輔(「徳川家康」65年)、野村芳太郎(「鑑賞用男性」60年)、羽仁進(充たされた生活」62年)で、時代劇あり、コメディーあり、恋愛物ありの合計20作品でおます。
 プログラムのトップバッターが市川崑というのが、何とも意味深……^^ かつての夫、中村錦之助との共演映画に今井正の「武士道残酷物語」(63年)が加われば錦之助共演作品が全部そろったのにね。

 阿佐ヶ谷で来月上旬まで実施しているのが「昭和の銀幕に輝くヒロイン第72弾 北原三枝」でおます。
 北原三枝、いわずとしれた石原裕次郎の未亡人、石原まき子さんでおます。裕次郎との結婚のため、60年代初頭、女優を廃業したためか、プログラミングされた10本の作品はすべて50年代製。裕次郎との共演作品あり、田中絹代監督作品あり、マキノ雅弘の時代劇あり、日活再開初期作品ありで、すべて所属していた日活映画でおますが、どうせなら日活移籍以前の松竹映画の小津安二郎監督作品「お茶漬の味」(52年)も入れておいたらよかったのにね。



 


 
               チラシ140309 山村聡

 渋谷で今月いっぱい開催中なのが、「日本のオジサマ 山村聡の世界」でおます。
 山村聡とは、これまた渋い! だから渋谷なのか?
 僕が山村聡を知ったのは60年代中期の人気ホームドラマ「ただいま十一人」からでおます。多産系の家系だったのか、十人近い子どもがすべて娘という中流家庭の穏やかで時に厳しい、穏やかなパパを演じていたのを記憶しとります。娘ばかりを産み、育てたお母さんは荒木道子だったか…。
 実は山村聡って、僕には不気味。なぜなら、少し若いころの作品を観ると、冷酷な表情をしているし、それ以後の彼を見ると、いつも笑ったような表情が見え隠れしてますねん。ワルがニッコリほほ笑んでいるというのではなく、善人役はもちろん、悪人役の時ですら「そこ、笑い顔見せるとこ違うやろ」というシーンでも、表情が笑い顔になってるんですな。
 特集では田中絹代、木暮実千代、若尾文子、京マチ子、久我美子、原節子、津島恵子、岡田茉莉子、岩下志麻、山口淑子などと共演した18作品が用意され、オジサマをめぐり、さしずめ日本映画の女優総覧でおますな。

 神保町で今月上旬まで開催していたのが「素晴らしき伝記映画の世界」でおます。
 森繁と木暮実千代が共演する詩人の野口雨情を描いた「雨情」57年、日本初の70ミリスペクタルで悩み多きブッタが悟りを開いてからは主役の本郷功次郎は声だけの出演になる「釈迦」62年、宇津井健が大隈重信を演じた「巨人大隈重信」63年、プロレスラー力道山の物語を本人が主演した「力道山 男の魂」56年、ミスター・ジャイアンツこと長嶋茂雄や王貞治、川上哲治が本業の俳優と共演した「ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗」64年のほか、樋口一葉映画(「樋口一葉」39年)から愛欲に生きた阿部定(「実録阿部定」75年)までの16作品。このうち、現行紙幣の肖像になっている人が2人(一葉、福沢諭吉)もいてはります。

               チラシ140309 三船・ATG

 池袋で2月にあったのが「永遠の映画スター 三船敏郎」でおます。
 三船敏郎は黒澤明監督と組んで活劇時代劇に主演し、やがて「世界のミフネ」と言われるようになって硬派のサムライ役者の面ばかりが喧伝され、彼の演技も限定されるようになりましたが、特集でも取り上げられている千葉泰樹監督の「下町(ダウンタウン)」(57年)のような作品も捨てがたいものでおます。山田五十鈴扮する子持ちで、お茶売りの未亡人とほのかな想いを通じ合う戦争帰りのむさいおっちゃんを演じてはりますが、こういう作品がもっとあれば、訛りの抜けなかった不器用なセリフ回しにも深い味わいが出る役者になっていたかもね。

 阿佐ヶ谷の「百花繚乱 挑発:ATGの時代」は来月末まで開催中でおます。 
 かつて60年代後半から70年代を彩ったATG映画はATGと映画製作を希望する側が500万円を持ち寄る「一千万映画」といわれ、低予算で製作され、一時代を画したものでおます。
 従来の日本映画5社の作品に飽き足りなくなっていた者には観てみたい作品が目白押しでおましたが、しかし、田舎に住む色気づいた少年がATG映画を観るのは至難の技でおました。なぜなら、上映小屋が限られ、従って相変わらず五社の映画を垂れ流すだけの田舎の映画小屋にかかるはずもおません。
 かくして色気づいた少年は、ちょうど自分の前に配られたカードを意味もなく流すだけに終わり、少年が成年になってから観るより、うらみのATG映画は色気づいた少年のころに観ていれば、どう感じていたのだろうと今では興味津々でおます。
 でも、もう逆戻りはできまへん。現在と違い、情報から隔絶されていた田舎は哀しおますな。 

             
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