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2013-11-07

母の教えは『辛抱ばい』

              血染めの唐獅子131107
               「昭和残侠伝 血染の唐獅子」から 右は藤純子

 高倉健が今年の文化勲章に選ばれたと知った時、ようやく日本でも映画をお国が認めるような時代になったんやと思いました。
 これまでにも映画関係者の受章は映画監督の新藤兼人や山田洋次がいてはりますが、純粋な意味での映画俳優の受章者は健サンがおそらく初めてなんじゃないかな。森繁久弥や山田五十鈴、森光子なども受章してはり、かつては映画に関係した俳優でおますが、受章時の評価はむしろ彼らの映画ののちの舞台活動に重点が置かれていました。
 その意味で健さんは映画一筋(テレビドラマにもちょこっと出てはりますが)の活動で評価されたようでおます。
 日本では長く伝統芸能が重視されている風潮があり、その派生した形で演劇部門も映画より上位の位置を占め、劇映画、すなわちドラマとしての活動写真が誕生したころ、「板の上じゃなく、土の上で芝居ができるか」と当時の歌舞伎役者が息巻いた軽視が脈々と息づいていたのでおますな。
 せっかく健さんがその突破口を切り拓いたというのに、肝心の日本映画のほうでは俳優が映画一筋で生きていない時代になっているというのは皮肉なものでおます。

 ところで、健さんは受賞後の記者会見で亡き母親との思い出を語ったそうでおます。
 その中で若いころには気が短く、喧嘩っぱやい息子をいさめる意味で母親はよく「辛抱ばい」と言って聞かせたそうでおます。
 「辛抱ばい」――九州弁混じりの短くて、ええ言葉でおますな。
 齢80を超えた男がいまだに母親への想いを語るというのも変な話とみる向きがあるかもしれまへんが、男の子が最初にスキンシップをするのは母親でおますから最初の女性というのは忘れられるものではおません。それに、いかにもマザコン風味の役柄を多く演じてきた俳優さんらしい話でおます。
 テレビの報道ではお約束のように、映画歴で「幸福の黄色いハンカチ」や「八甲田山」「南極物語」などを紹介し、俳優・高倉健の礎となっている、それ以前の「網走番外地」シリーズや「昭和残侠伝」シリーズが隅に追いやられていました。
 酒飲みの父親(沢彰謙)をぶん殴り、貧困にあえぐ母親(風見章子)を置いて家出し、母親への思いが募る脱獄者(「網走番外地」1965年)、母親(藤純子)と瓜二つの銘酒屋の女(藤純子=二役)に惚れ、その女に救われる現場労働者(「侠骨一代」1967年)、雪国で暮らす母親を亡くし、故郷に思いを馳せながら母親の回向も断念せざるをえなくなる渡世人(「緋牡丹博徒 花札勝負」1969年)、生さぬ仲の義理の母親(荒木道子)から自分への深い愛情を聞いて涙する板前(昭和残侠伝 死んで貰います」1970年)などなど、高倉健映画には母親への思いが絡む作品が数多くあり、遂には「望郷子守唄」(1972年)では恩義がある医師(藤田進)を殺された仇討ちを果たした後、息子を心配してやまない母親(浪花千栄子)を背負って警察に赴く、息子としては親に一番見せたくないような姿も披露してはります。

 「辛抱ばい」――この短い言葉の中にさまざまな意味が含まれとります。
 辛抱した後になにがあるの? と訊くのは野暮天というものでおます。


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