2013-07-24

独りキリキリ舞いの「悲恋おかる勘平」

              悲恋おかる勘平

 「色に耽ったばっかりに……」の男の何とも間ンの悪いお話でおます。
 人形浄瑠璃&歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」で、主君が引き起こした殺人未遂事件のために運命が変わってしまった家臣たちの悲劇を象徴するようなイケメン(二枚目の役どころですので)の家臣、早野勘平を主人公にした邦枝完二の原作を依田義賢と斉木祝(稲垣浩のペンネーム)が脚色、松竹大船のメロドラマ監督から東映時代劇の監督に転身した佐々木康が演出する中村錦之助(のちの萬屋錦之介)主演の1956年製作の映画でおます。

 ついでに記せば、助監督は加藤泰。戦後、大映京都の助監督時代、レッドパージを受けて貧乏プロダクションでの時代劇映画の監督を経て東映京都に移籍した加藤泰は再度の助監督時代、主に佐々木康のチーフ助監督を務め、この映画の翌年(1957年)早々、大友柳太朗主演の「恋染め浪人」で東映時代劇の監督として一本立ちしてはります。
 さらに、ついでに記せば勘平さんの女房おかるを演じているのは千原しのぶで、東映時代の加藤泰の監督作品に千原しのぶが出演しているのは3本程度でおますが、この東映城初代お姫さま女優だった千原しのぶは加藤泰のお気に入りの女優の一人ではなかったかなと思っております。

 東映時代劇への自社俳優の出演は特に監督が希望しない限り、ローテーションによる配役だったと聞いており、千原しのぶの加藤泰映画への最初の出演作は「源氏九郎颯爽記 濡れ髪二刀流」(1957年)でおますが、この時代、加藤泰はまだ一本立ちの監督になったばかりで、まだ実績がおませんからプロデューサーによって決められた配役を受け入れるしか仕方おません。
 それが10年近いのち、加藤泰を加藤泰たらしめている傑作「車夫遊侠伝 喧嘩辰」(1964年)に千原しのぶは脇役ながら男まさりの姐さん役で顔を見せており、3年後には加藤泰の戦後三部作の最終作「懲役十八年」(1967年)にもセリフのない、チラリ出演ながら服役する男(水島道太郎)を見送る女で出ており、「あの役は千原しのぶでなければならなかった」というようなことを加藤泰は発言しとります。
 思うに「自分の意思をはっきりと持った強い女性」が加藤泰の永遠のマドンナであったことから、単なるお姫さま役女優ではなくなった千原しのぶにも、加藤泰は自分の理想の女性像を託したのでおますやろうね。

 さて、映画「悲恋おかる勘平」でおます。






 天皇の使者を出迎える式典の指導役の老人から度重なるイケズをされていた接待役の赤穂藩主・浅野内匠頭が我慢の緒を切って江戸城内で殺人未遂事件を起こした時、供侍の早野勘平は持ち場を離れて奥方付きの腰元で恋人のおかると会っていたことが罪に問われ、2人が恋仲であることを知る奥方(喜多川千鶴)の粋な計らいで2人はお家追放になり、おかるの古里、京都の山崎へ隠棲します。

 事件発生時、おかるがなぜ江戸城にいたかというと、主君の大役成就を願う守護神のお札が赤穂から届き、奥方の命令で主君に届けるため、江戸城を訪れていたのでおます。供侍たちの詰め所近くまで来た時、折よく勘平に出会い、出会ったのがいい機会とばかり、おかるは自分たちの将来について勘平と立ち話をしていたところ、主君の傷害事件が起こり、なお悪いことに2人が会っていた現場を勘平の同僚に見つかり、密会ともいえないような出会いが表ざたになったのでおます。

 よく仕組まれた悲劇の発端で、「間ンの悪さ」がそもそもの悲劇の始まりでおますな。
 にしても、おかるさん、奥方の名代だというのに供も連れず、たった一人で広大な江戸城の一角をヒョコヒョコ歩いているのは気にかかります。女子社員が社長夫人の頼みでホテルの宴会場にいる社長に届け物を持ってきたのではあるまいし、ま、細かいことを云々するのは野暮でおますけどね。

 失意の勘平君は女房となったおかるの実家に身を寄せ、猟師暮らしに入ります。しかし、武士を捨てたわけでなく、捲土重来を期して、いつでも旧主の役に立てられるよう、槍や具足は常に用意しとります。
 おかるの実家は京都・山崎で、そこで父親の与市兵衛(横山運平)と母親のおかや(毛利菊枝)が暮らしとります。しかし、おかる自身も勘平君に語っているように貧農暮らしでおます。だから、身は寄せたものの、ブラブラ遊んでいるわけにもいかず、勘平君は猟師仲間と山へ入り、射止めたイノシシを金に換え、何とか4人の糊口をしのいでいるのでおます。

 そんなところへ舞い込んできた浅野家断絶に続く残った家臣たちの赤穂籠城の噂。時は来たれりとばかり、勘平君は槍を手に赤穂へ駆け付けます。
 京都から赤穂へ、勘平君は簡単に移動しとりますが、同じ市内の端から端へ行くのではなし、距離感が全然感じられまへん。しかし、これも云々したら重箱の隅をつつくような野暮天でおます。
 せっかく勘平君ははやる気持ちで赤穂へ駆け付けたのに、お家追放者のため、城門から一歩も入れてくれまへん。ほかの家臣は続々と城門を入っていくのに、勘平君はまたもやの失意のどん底でおます。そんな時、通りかかったかつての同僚の神崎君(片岡栄二郎)に出会い、神崎君から近く京都で亡き主君の慰霊碑を建てる予定があり、家臣たちから寄付金を募っているので、もし寄付金を用意できるのなら家老の大石内蔵助(中村時蔵)にとりなしてやろうと約束されます。
 おっとっとーでおますな。籠城するといって家臣を城へ呼びよせながら、一方で慰霊碑建立とは、赤穂の面々の行動はバラバラでおますがな。
 
 ともかく、勘平君、神崎君の約束に希望をつないだのはいいけれど、問題は寄付金でおます。自分にまとまった金があるわけでなく、かといって女房の実家も貧乏暮らしで金があるわけやおません。
 ということで、出てきたのがおかるの身売り話でおます。勘平君を立派に世に出すため、おかる親子はひそかに相談し、与市兵衛とっつあん、祇園の一文字屋で娘の身売り話をまとめ、懐に前金をしのばせ、夜の山崎街道を家に向かってトボトボ……と、ここから萌黄の着流し姿の勘平君が慌てこんでわが腹に刀の切っ先を突き立てるまでは、おなじみの展開でおます。

 ホントに勘平君ったら、慌て者なんだから。所持していた財布が与市兵衛が持っていたのと同じ財布だったことから「おやじを殺したのは、お前か。なぜ殺した!」とひとしきり勘平君がおかやから責められ、そこへ訪ねてきた神崎君や先輩の原君(原健策)が寝かされている与市兵衛の遺体を調べているうちに勘平君、腹に刀を突き立てちゃいます。
 神崎君たちの検視の結果、与市兵衛の死に勘平君が関わっていないことが判明するのでおますが、ハラキリが起こってからでは時すでに遅しでおます。そればかりか、知らないこととはいえ、夜の山の中でイノシシと間違えて鉄砲を撃っていた勘平君は義父の仇を討っていたのでおますが、無頼の浪人となっていた元赤穂藩士の大野定九郎(高木二朗)の与市兵衛殺しと勘平君がイノシシと見誤って定九郎を撃ち殺していたことの偶然の重なり合い、実によく仕込まれてますな。

 ここで勘平役の中村錦之助の出番が終わり、その直後、画面は祇園で遊ぶ大石内蔵助の出番となります。演じているのは3世・中村時蔵、錦之助のお父さんでおます。
 身売りして遊女となったおかるを相手に「鬼さん、こちら」なんぞをやっとりますが、目隠しを取った時のアップの時蔵、今年早々と旅立った18世・中村勘三郎そっくりでおます。いや、勘三郎が時蔵に似ていたというべきか。似ていてもおかしくはおません。時蔵と17世・勘三郎は腹違いの兄弟でおますから伯父と甥が似ていても何の不思議もおません。

 この祇園のシーンでは、おかるが二階から大石の読む密書を手鏡越しに覗く場面はおません。何分にも映画の主役がすでに出番を終えているのでチャラチャラ辛気臭いことはしてられしまへん。
 大石の計らいでおかるは内匠頭の奥方付きの腰元に戻り、やがて奥方のもとに討ち入り成功の知らせが届き、同時に討ち入り参加者の連判状に勘平君の名前が載っていることから勘平君の名誉も回復されたところまで手短に語られ、映画はおしまいでおます。

 にしても金が仇の悲劇ながら、金がなかったら仲間にいれたらへんとは何たるこっちゃと、この早野勘平の間ンの悪いドラマを観るたびに、いつも思うのでおます。



  
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