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2013-06-27

出逢いが遅かったのね「惜春」

              惜春130626

 女房持ちの男とバツイチの女が愛し合うようになった時、常識の壁を飛び越えられない2人に待っているのは別れでしかないというのが、この1952年の新東宝映画「惜春」でおます。
 主演の男女は息子の加山雄三とは違い、端正な二枚目の上原謙と面長な顔立ちが見ていていささか疲れる山根寿子で、いずれも戦前からの美男・美女俳優でおます。

 上原謙の奥さん役に笠置シヅ子が扮し、彼女は人気歌手という設定でおますが、現実にも当時、ぶち切れたような、やけくそな歌い方で「ブギの女王」と言われた人気の歌姫でおました。しかし、僕は歌を歌わなくなった、コメディーリリーフの女優となった以降の笠置シズ子しか知りまへん。
 ほかにも、この笠置シヅ子の取り巻きにマネジャーの伊藤雄之助、作曲家の田中春男、レコード会社のディレクターの清水将夫や斎藤達雄、上原さんの同僚の清水元など、多分、この映画のプロデューサー(小川吉衛、高木次郎)つながりの出演? と考えられるような名優たちも出てきてますが、主人公たちの話にはほとんど絡まず、映画の大半が美男美女の2人によって進められていきます。

 1950年代、大映の時代劇、現代劇の人気監督だった木村恵吾のオリジナル脚本を、新東宝に出張って本人が監督もしている作品でおますが、お世辞にも美人とは言い難い笠置シヅ子を妻に持っている上原謙にしてみれば、訳ありな美人の山根寿子を目の前にすればクラッとくるのも無理ないわ~なんでおますねんけどね^^







 上原謙は、しがないサラリーマンでおます。その彼がどこでどう知り合い、結婚したのか、妻になったのが人気歌手の笠置シヅ子でおます。
 しかし、彼らの家庭はシヅ子さんの仕事中心で回っており、夫婦らしい時間もおません。シヅ子さんは自宅をバックステージ代わりにしているので、常にいろんな業界人や付き人、弟子などが出入りしており、上原さんの存在など、あってなきがごとくでおます、それでも、上原さんは人気歌手を妻にした男の宿命と半ば諦めているようでおます。

 それでも、のちに酔った上原さんが山根さんを相手に「僕の1年分の稼ぎを女房のやつは1日で稼ぎやがる」とクダを巻いていることから家庭生活を味わえないことに不満を募らせているんですな。言葉自体は妻の自慢みたいでおますが、けっしてそうではおません。人気歌手を妻にした男の宿命と自分に諦めを言い聞かせていても、訳ありな美人でも家庭人らしい妻のように食事の支度をする山根さんを見てしまっては、日ごろ溜めいてる不満を本音として吐露するのも無理はおません。

 ある日、シヅ子さんは関西方面へのツアーのため、しばらく留守になり、上原さんはひとり取り残されてしまいます。映画は冒頭からシヅ子さんの超多忙な日常を歌の練習 や業界人の頻繁な出入りを通し、誰も上原さんのことなど歯牙にもかけていない様子が描かれとりますが、ツアーにでかけることがきっかけになり、冒頭から賑やかに登場していたシヅ子さん以下、弟子や業界人たちは画面から退場し、以後、映画は上原さんと山根さんのほぼ2人だけの世界となります。
 独りになった上原さんの前に現れるのがハウスメイドの山根さんでおます。
 当初はシヅ子さんの留守中、家事を近所のおばちゃんの北林谷栄に頼んでいたのでおますが、息子の嫁の出産で急きょ来られなくなり、代わりに北林さんの紹介で訪れたのが山根さん。ちょこっとしか出てきてまへんが、北林さん、例によって「おばちゃん」というより「おばあちゃん」というナリでおます。

 山根さんは近くの踏切を越えたあたりに母親と2人で住んでいるようです。いるようですとは、上原さんの夕食の給仕をしつつ上原さんに答える山根さんの話によるもので、いつも彼女は踏切を越えたところにある路地に消えていくばかりで、彼女の家が映画に出てくるわけではないからでおます。結婚歴があり、しかし、バクチ狂いの夫のDVに耐えかね、1年で離婚したという過去を背負っています。
 妻の留守中、それまでは自分が作っていた弁当のを用意する早朝から仕事から戻り、夕食を済ませるまでの夜9時まで、上原さんは妻のようにハイスメイドの山根さんにかしずかれるわけでおますが、家庭的でない現実の妻にはない家庭的な雰囲気の、しかも1度は結婚したこともある、しっとり美人の山根さんと毎日のように顔を合わせていたら、上原さんの山根さんを見る目が変わってきますわな。しかも、山根さんも上原さんを嫌ってはいないようでおます。

 ボーナスが出て山根さんに白いショールをプレゼントした上原さん、意を決して山根さんを日帰りの熱海旅行に誘います。最初は戸惑っていた山根さんも日帰りということで快諾します。この2人がお互いに日帰りを強調しているのがミソで、きれいな付き合いのままでという暗黙の了解ながら、そうはならないのが映画の面白さでおます。
 といって、デキてしまうわけではおません。遊び過ぎて終電に乗り遅れ、仕方なく2人は駅前にいた客引きの男(潮万太郎)の案内でクラゲマークの旅館に泊まることになるのでおますが、それぞれに入浴を終えた2人が並んで布団が敷かれている部屋で互いに一線を超えることがでけしません。
 枕元のスタンドの明かりだけが頼りの、このシーンが秀逸でおます。山根さんが風呂から戻ってくると、薄明かりの中で上原さんが坐っとります。じっとして動かしません。部屋に入った山根さんも壁際に立ったまま、しばらく上原さんの様子をうかがっとります。やがて、上原さんが動きかけた時、山根さんは庭下駄をひっかけて庭先から走り去っていくのでおます。

 日帰りが日帰りではなくなった大人の時間、大人な2人の気持ちが交錯しながらも一線を越えられないという、よくできた大人のシーンでおます。もっとも時代が時代だけに、そうは簡単に肉体まで不倫の関係には至らない事情もおますのでしょうが、時代にかかわらず、クラゲ旅館の廊下を蓮っ葉な女客が歩いているので、やることはやっている人たちは多くいたのでしょうな。
 旅館から走り去った山根さんは駅の待合室で一夜を過ごし、早朝の始発電車が出る前、帰り支度をした上原さんが山根さんの草履やバッグを持って現れ、気まずい思いのまま2人は別々の汽車で東京へ戻り、やがて、シヅ子さんがツアーから戻ってきたことで2人の別れが訪れます。
 しかし、この別れの寸前、東京へ戻った2人がシヅ子さんの帰宅までに、ほんわかと肉体の関係もあったんかいなぁ~と2人のセリフのやり取りで匂わせているのが、この映画の最後のお楽しみでおます。

 1952年、年号でいえば昭和27年、上原さんが毎日乗り降りしているバス停付近はまだ地道でおます。バスも前にボンネットが突き出た型で、女性の車掌の乗降を促す声が聞こえます。上原さんがポストにハガキを投函しがてら踏切寸前まで山根さんを送っていく通りも雨が降ればぬかるむ地道でおます。
 踏切を実際に電車が通過するロケにしろ、電車の走行音だけが聞こえる踏切のセットにしろ、出逢いが遅すぎた上原さんと山根さんのひそやかな恋物語に、この踏切が効果的に使われとります。


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