2013-05-27

バカな男がバカな真似をして「東京の宿」

               東京の宿130527
               プータローの喜八は金がないので酒を飲む真似を

 『喜八物』と呼ばれる小津安二郎監督の人情映画の1作でおます。
 この喜八物映画は坂本武扮する喜八と彼の昔馴染みで、飯田蝶子演じるかあやんが常連として出てきますが、各作品ごとに喜八は職人であったり、工場労働者であったり、旅役者であったりで、ほかに演じる俳優はほぼ同じでも役柄も違い、連続物のシリーズ作品ではおません。
 毎回、ごくありふれた市井の貧乏人である喜八が女性に惚れたり、惚れた弱みで助けたり、身近な青年の力になったり、長く会わなかった息子に会いに行ったりと落語の人情噺のようなお話が展開し、今から観ると、こうした小津の映画が、ずっと後年、山田洋次監督の作品に引き継がれていることがよく分かります。

 池田忠雄、荒田正雄の脚本による「東京の宿」は1935年の松竹蒲田作品で、サウンド版(音楽=伊藤宣二)でおます。小津のトーキー映画は翌36年の「一人息子」からでおますが、トーキー映画が主流になりつつある中でかたくなに無声映画を撮り続けていた小津も声や音の出る映画の流れに抗いがたかったのか、はたまた所属する会社の要請だったのか、コンビを組んでいたカメラマンの茂原英朗が研究していた録音システムが完成するまで数本、サウンド版映画を撮ってはります。 

 さて、貧乏な喜八おじさん、この映画では仕事にあぶれ、しかも食べ盛りの息子を2人も抱えて職を求め、木賃宿暮らしを続けている職人さんでおます。


             





 映画は始まりからしばらく、親子3人の生活ぶりを見せてゆきます。
 生活ぶりといっても、炎天下、子どもを連れた喜八があっちウロウロ、こっちウロウロ、職を求めて歩いているだけでおます。工場地帯を歩き、周囲には工場が立ち並び、その工場群に勤めているのだろう労働者たちが出勤する中、親子は「こんなに工場があるのに仕事がないなんて……」と嘆息でおます。
 世の中、まだ不況を脱していないころでおますな。のちに「十五年戦争」と言われる昭和の戦争時代、すでに満州事変は起こっとりますが、日中事変(日華事変)はまだのころでおます。よくも悪しくも戦争による軍需景気もまだで、従って、一度レールからはみ出た底辺労働者が再びレールに乗っかるのは至難の技でおますな。

 それが、あてもなく職探しに歩く父親と付いて歩く子どもたちの貧しい姿によく現れとります。
 既に学齢期に達している長男を演じるのは、小津映画ではおなじみの突貫小僧で、まだ学齢期には少し間がある二男は末松孝行という子役が演じてますが、この2人、兄弟という設定なのに面白いほど顔が似通ってまへん。兄はいわば愛嬌のあるブサメン顔なのに、弟はなぜかかわいいイケメンでおます。彼らの母親は既にないようでおますが、同じ両親から生まれたとは思えないような差でおます。
 そんな兄弟が父親の尻にくっついて歩くついでに、小遣い稼ぎをしとります。それは野犬を捕まえて保健所に持っていくと、なにがしかの金になるので野犬を捕獲することで、野犬のほうもおちおち道路をうろついておれまへんな。

 近くで遊んでいた子どもが被っていたおもちゃの軍帽にあこがれ、兄弟はほしくてたまりまへん。しかし、父親にねだることはできまへん。そこで野犬を金に換えるのでおますが、少しでも金があれば、その日の宿代にするか食事代にするか、そんな余裕のない日々なのに、そこは子どもでおます。「父ちゃんに叱られるかも」と言いながらも軍帽を買ってしまいます。しかし、喜八は子どもたちのささやかな贅沢も怒れないほど、職探しに疲れきっとります。

 ある日、彼らが昼間、よく時間つぶしに来ているはらっぱで、小さな娘を連れた未亡人らしい岡田嘉子と知り合います。小さな風呂敷包みに日傘だけが荷物の嘉子さんも仕事を探しているようで、喜八は励ますのでおますが、自分が仕事を見つけられないのに人を励ましているどころではおません。
 彼らは同じ木賃宿に泊まり合わせますが、もちろん、個室に泊まれるというわけではおません。大広間のような部屋に何人もの定住先を持たない人が詰め込まれているような安宿で、彼らは何をするでもなく、力なく坐り込み、1日の疲れを癒している、そんな状態でおます。

 喜八の懐具合もいよいよどん詰まり、子どもたちに飯を食うか、宿に泊まるかを聞きます。つまり、飯を食えば宿には泊まれず、はらっぱで野宿しなければならず、宿に泊まれば空きっ腹を抱えたまま寝ることになるのでおます。
 子どもたちは一も二もなく、飯を食うを選びます。そして、この選択が喜八に運をもたらすのでおます。
 親子3人ががっつくようにその夜の晩飯にありついた一膳めしやで過ごすうち、外は雨になり、野宿も悲観的なって散髪屋の軒先で雨宿りをしていると、散髪屋から出てきた中年の女が喜八の昔なじみのかあやんだったことから、喜八は職を得る、借家に住めるようになる、長男を学校へ行かせることができると、トントン拍子で放浪生活から抜け出すことができたのでおます。

 木賃宿を引き上げる時、まだ仕事が見つかっていない嘉子さんに喜八は「あんたも頑張りなはれ」と声をかけて立ち去るのでおますが、喜八たち親子が定住生活者としてスタートしたころ、嘉子さんの娘がチフスに罹って入院し、その治療代が必要になったことから、またまた喜八の運命が変わってゆきます。
 喜八おじさん、働いて小銭ができたとなると、もう料理屋通いを始め、仲居相手に銚子を何本も並べるほど、いいご身分になっとります。半襟を買えるほどの金もでき、その半襟はむろん嘉子さんにプレゼントするつもりで、木賃宿を訪ねると既に嘉子さん親子はいてしません。むろん、その時は嘉子さんの娘の入院騒ぎがあったあとで、喜八はまだ知りまへん。

 喜八が嘉子さんの事情を知るのは、いつものように上がった料理屋で嘉子さんが仲居として現れてからでおます。喜八おじさん、驚き桃の木でおます。最初は「あんただけはこんなところで働くとは思っていなかった」と水商売をしている嘉子さんを責めますが、嘉子さんにすれば背に腹は代えられないことでおます。
 事情を知った喜八はひと肌脱ぐことになりますが、半襟を買ったり、嘉子さんが仲居になったことを堕落したように言ったりして喜八が嘉子さんに好意を持っていることはよく分かります。

 好意をあれど、金はなしなのでおますな。
 嘉子さんのためにと意気込んだのはいいけれど、必要な30円という金を工面できまへん。そこで、かあやんに泣きつくのでおますが、かあやんはけんもほろほろに断わります。というのも、昔、喜八に金を貸したことがあり、まだ返してもらってまへん。しかし、かあやんは喜八が遊びに使うのだろうと思い、貸しては喜八のためにならないと思ったからでおます。喜八も理由を言えばいいのに、世話になっているかあやんに「アカン」と断わられた以上、諦めるしかおません。

 こうなったら…と喜八はもう他人の金を盗むしかおません。犯罪に手を染めてしまうのでおますが、当然、警官に追われる身となります(追う警官のひとりが笠智衆でおました)。
 嘉子おばさんに渡すよう、子どもたちに金を託し、「それならそれで何で借りに来た時、訳を言わなかったんや」と嘆くかあやんに子どもたちの世話を頼んで喜八は自首するために警察へ……。
 窃盗を犯した喜八が改心して自首するのはよろしおますが、子どもたちに入院費用の金を託したとはいえ、その金は盗んだ金と違うの? なんでおました。盗んだ金を戻したわけでもなく、かあやんが立て替えたわけでもなく、そりゃ、ちょっとないで~のラストでおました。



 
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