2013-05-20

「東京の合唱」で一難去ってまた一難が

              東京の合唱130519

 人生ほろ苦く、思うようにはいかず、でも捨てたものでもないけれど、それでもやはり少し割り切れないと、そんなことを語りかけているような作品でおます。
 小津安二郎監督の28歳の時の松竹蒲田映画(1931年)で、原案・脚色に北村小松、野田高梧(潤色も)が参加しているものの、映画の端々に後の小津映画に繰り返しといってもいいくらい、よく出てくる人生に対する希望と失望、あるいは達観とはいえそうにはない諦観などを感じさせ、まだ30歳にもならない年齢で小津さん、よくよく世の中を見据えていたものでおます。

 冒頭、主人公、岡田時彦の中学時代、体操の時間で勤勉実直そうな体操の先生、斎藤達雄とワルガキたちの授業をしているのか、ふざけているのか、分からないようなシーンが延々と続き、この斎藤先生はのちに社会に出た岡田君が再会する人物として出てきます。
 しかし、このシーンに続くサラリーマンとなった岡田君の会社で、社員たちが賞与を受け取る悲喜こもごものシーンから始めてもよかったものを、どうして体操の授業のシーンを長々とどうして? と思ってみていたら最後に理由が分かります。
 そして、タイトルの「東京の合唱(コーラス)」もなぜ、そういうタイトルなのかも分かるという具合でおます。





 さて、岡田君の中学時代から時はポ~ンと飛び、大学出の岡田君は生命保険会社に勤務しとります。郊外の一軒家には妻の八雲恵美子、いたずら盛りの長男、菅原英雄、前歯の虫食いが笑うとかわいい長女の高峰秀子、まだハイハイもできない乳飲み子がおります。
 八雲恵美子は、この作品の1年前の「其の夜の妻」で銀行強盗をする岡田時彦と夫婦役を演じた人でおます。子役の菅原英雄は「大人の絵本 生れてはみたけれど」の長男坊など、このころの小津映画で達者な演技を見せている男の子であり、デコちゃんに至っては成長後、けっして露出することはなかったオッパイを堂々とさらしている、まだ幼い女の子でおます。

 こんな平和な家庭に嵐が襲ってきます。岡田君が、長年にわたって会社に貢献してきた老社員(坂本武)が突然、馘(くび)になったことに憤慨し、会社に直談判したものの、逆に社長(谷麗光)から「明日から来なくていい」と言われ、自分も失職してしまったのでおます。
 坂本さんの解雇理由は、契約したばかりの顧客が急死したため、その契約金支払いで会社を損失させたというものでおますが、だからこその生命保険であり、会社もそれなりの損失防止策を立てていたはずで、現代ではとでも解雇理由にはなりまへん。
 のちに岡田君は職探しに歩く日、坂本さんに再会します。坂本さんは体の前後に板製のパネルをぶら下げ、ビラ配りをしていたのでおますが、やがて岡田君も同じように洋食屋の宣伝ビラを配って歩くことになるのを考えると、坂本さんのビラ配りの姿は岡田君ののちのちの姿への暗示でおます。

 岡田君が失職して八雲さんは「生活、どうすんのよ」とかの責めることはいっさい言ってまへんが、次第に笑顔のなくなっている表情が苦しさを物語っております。大人の事情を知らない子どもたちは無邪気で、長男は近所の子どもたちと同じような二輪車がほしいとねだり、長女は急病で入院し、夫婦に余分な出費を強いることになります。
 長女が退院してきた日、親子4人は手遊びをして遊びます。最初に岡田君が加わり、用事をしていた八雲さんも子どもたちにせがまれて遊びに加わるのでおますが、無心に遊ぶ子どもたちと違い、大人2人の表情は深刻でおます。子どもたちには笑顔を見せる岡田君の妻を見る顔には笑顔が消え、わずかに微笑んでいるものの、八雲さんの表情も心ここにあらずのようでおます。
 そんな2人の表情の変化をカメラは切り返しの連続で追ってゆき、子どもたちが無邪気であればあるほど、岡田君と八雲さんの悲壮さが強調され、観る者の心に迫ってくるシーンでおます。

 岡田君は背広姿で職安通いしますが、職安前には仕事にあぶれた労務者風の男たちがたむろっており、不況は深刻さを増しております。背広姿の岡田君を見て、ある労務者は「あんな人でも仕事がないんだな」とつぶやき、しかし、仕事を失えば背広組も日雇い組も同じという構図でおます。
 そんな矢先、岡田君はかつての恩師の斎藤さんに再会し、洋食屋を経営している斎藤さんから仕事が見つかるまで店の仕事を手伝ってくれと頼まれます。喜んで引き受けたものの、店の仕事とは町を歩いて宣伝ビラを配ることでおます。斎藤さんと2人で岡田君は不承不承といった感じで町を練り歩くのでおます。
 カンカン帽を頭に載せ、ノボリをかつぎながら決して笑わない岡田時彦の歩く姿をカメラは移動で捉えとりますが、このシーンのクソ真面目な顔で、まとわりつく町の子どもたちを蹴散らす岡田時彦は、やはり映画の中で笑うことはなかったバスター・キートンを彷彿さえております。

 ところが、間の悪いことに岡田君がチンドン屋のまねごとのようなチラシ配りをしている姿を電車に乗った八雲さんや子どもたちが目撃し、岡田君のアルバイトはちょんばれに。帰宅した岡田君は「あんなことをしてくれって頼みましたか」と初めて奥さんから責められます。
 ここでようやく八雲さんの心のうちが言葉で吐露されるのでおますが、奥さんはこれまでサラリーマンの妻としての矜持があったのでおますやろね。職業に貴賎なしとは言われているものの、ビラ配りを卑下している思いが垣間見えます。もちろん、岡田君も満足して手伝っていたわけやおません。「大学まで出た俺があんなことをするとは考えていなかった」と、これまた自分のプライドが傷つけられている思いを白状します。

 夫のつらい思いを知った八雲さんは「あたしも手伝いますわ」と言い出し、夫婦は子連れで恩師の洋食屋を手伝うことになるのですが、久しぶりの中学の同窓会が開かれる日、斎藤さんから岡田君に女学校の英語教師の口があると知らされます。ようやく仕事に就けることに夫婦は喜ぶのでおますが、ただし、勤務地は東京ではなく、少し遠い栃木県でおます。
 「また、いつか東京に戻ってこれるわよね」
 そんな八雲さんの言葉に、後年、繰り返し見られた小津映画の特徴が現れとります。

 小津映画では何度も何度も、住み慣れた東京を離れて地方へ行かざるを得ない人物が登場しています、地方に出なければ現在より上の仕事に就けないとか、あるいは結婚のために地方へ行き、隠居するために地方住まいになったり、または血縁関係を清算するために東京から逃げるように地方へ活路を見出したりとか、その事情はさまざまで、いずれも東京に強い思いを残して東京を去っとります。
 さしずめ、小津映画では岡田・八雲夫婦は、そんな最初のケースなのでは?

 喜び半分、落胆半分の岡田君たちに集まった同窓生たちの寮歌を歌う声が聞こえてきます(無声映画なので、実際には歌声は聞こえまへんが)。
 同窓生たちには懐かしの寮歌も、夫婦には東京と別れざるを得ない惜別の歌でおます。だからこその、映画のタイトルは「東京の合唱」でおました。


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