2013-05-16

一番星の恋の火が消えた「いとはん物語」

              いとはん物語130516

 侍や盗賊、あるいは将棋指しなど、コケの一念のように己の信念に命を賭ける男のドラマが多い伊藤大輔監督が当時、大映映画のトップ女優だった京マチ子を主人公にした1957年の大映東京作品で、こちらは恋に破れて泣き暮れる心優しい女のドラマでおます。

 大阪の扇を商う商家に3人の娘がいてはります。二女(矢島ひろ子)や三女(市川和子)は評判の器量よしでおますが、長女(京マチ子)は気立てのええいとはんやのに、どう間違って生まれてきたのか、町の男たちのからかい唄にもなるほどの醜女(しこめ)でおます。
 口にこそ出さねど、母親(東山千栄子)は年ごろを迎えた長女が不憫でならず、ある時、長女が手紙の反故にいたずら書きをしたの見て、長女が番頭(鶴田浩二)が好きなのを知り、それなら一緒にしてやりたいと早速、話を進めます。それを知った長女は最初こそ、娘らしい恥じらいでモジモジしていたのが、自分の好きな人と一緒になれると思うと、天にも昇るような気持ちになってしまいます。
 ところが、番頭には同じ勤め先で働く上女中(小野道子、のちの長谷川季子)という好きな女がいるために……。

 あとは言わずもがなでおますな。
 美貌を誇る京マチ子をわざと醜女に仕立て、いとはんが思わず夢に見る番頭とのハネムーンのシーンだけ元の京マチ子に戻って、一粒で二度おいしいような、京マチ子の両極端の変貌ぶりがウリの作品でおます。







 「卑賤の肉体に宿る高貴な魂」という当時の賛辞が伊藤大輔を感激させたという「王將」(1948年)の原作者、北條秀司の舞踊劇を観た彼が映画化を思い立ったという映画で、脚本は溝口健二の愛弟子の成沢昌成でおます。
 溝口健二は女を描き続けた映画監督でおますが、このころの伊藤大輔は女を描く溝口健二をかなり意識していたという説もおます。「いとはん物語」の前には溝口映画のヒロインのひとりだった木暮実千代主演で「明治一代女」(1955年、新東宝)を撮り、のちには長谷川一夫・京マチ子主演で女に裏切られて海賊になった男と駆け落ちした男に心中立てをする女との心理戦を描く「女と海賊」(1959年、大映京都)を撮って、このころの伊藤映画は女性がグッと前に出てきとります。
 しかし……。
 好調と不調の波が激しかった伊藤大輔は総じて、このころは不調期で、「いとはん物語」のすぐ後には再び京マチ子と鶴田浩二がコンビを組んだ「地獄花」(1957年、大映京都)という何やよくわからない、退屈極まりない映画を撮ったりしとります。
 この「地獄花」は大映がこのころ他社が始めていたシネマスコープに対抗し、より画面の集中度が高いビスタビジョンを打ち出し、しかし、シネマスコープの当時はまだ珍しかった大画面にあえなく惨敗したことでも知られとりますな。
 結局、伊藤大輔の不調は歌舞伎の生世話物を洒脱な語り口で描いた「弁天小僧」(1958年、大映京都)が出るまで続いたのでおますな。

 さて、「いとはん物語」。
 面白い題材で、京マチ子も果敢に醜女役に挑戦しとります。美貌に絶対の自信があるからゆえでおますけど、現代の主演級の美人女優なら絶対に手を付けそうにも……おませんな。
 しかし、醜女であることを嘲笑するわけではおませんが、もっと泣き笑いの要素があったら…と惜しまれるのでおます。ま、伊藤大輔は笑いより、突き詰める生真面目さの人だったから仕方おません。
 ブサイクに生まれても気立てのいいヒロインの気立てのよさを見せるところが少なく、むしろ、お人好しっぽいヒロインであったことが気にかかるのでおます。だからラスト、ヒロインは結婚を夢見た思いが泡と消え、人知れず物干し場で泣き崩れるのでおますが、「気立てのええ子やのに」と観ている者の同情も湧きにくいのでおます。

 おかしかったのは京マチ子以外の俳優さん、変な大阪弁だったことでおます。聞いていて全般に大阪弁ではあるものの、単語のイントネーションのおかしさはもとより、セリフが突然、標準語になったりして、聞き慣れている者にとっては「そりゃ、あらへんで」なのでおました。
 そういえば、「御誂次郎吉格子」(1931年、日活太秦)で字幕の大阪弁もかなりヘンテコリンでおましたけどね。



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