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2013-05-15

半世紀前の水都を舞台に「大阪の宿」

              大阪の宿 130514
               大阪城の石垣でピクニック  
              
 今では歴史に埋もれてしまっているけれど、世相・男女を描いて傑作を残している小説家・水上滝太郎の代表作を映像化した五所平之助監督の1954年の新東宝映画でおます。
 水上滝太郎は戦前、今から70年以上前にあちらの世界に引っ越していますが、同じように引っ越しても、まだ32年の五所平之助(1981年没)も、東京のお友達さんが送ってくれる名画座のチラシを眺めていても埋もれている映画監督のようでおます。
 たまに、その作品が上映されることがあっても有名な「煙突の見える場所」(1953年)か「蛍火」(1958年)、あるいは「挽歌」(1957年)、「黄色いカラス」(同)くらいでおますやろうか。
 忘れていけないのは、今を生きるわれわれが声と音の出る映画を楽しめるようになった最初の、日本の本格的トーキー映画といわれている「マダムと女房」(1931年)を手掛けた人でもおますな。

 東京から大阪へ転勤になった保険会社社員の佐野周二が、大阪滞在中、関わったり見たりした女たちのお話でおます。さしずめ、「佐野周二と5人の女」というところですな。ただし、佐野周二はあくまで傍観者であり、この女たちと色恋に発展するわけやおません。
 彼が接する女たちとは、北新地の芸者で彼とは飲み友達のような乙羽信子、いつも金をせびるヒモのような、亭主のような男との腐れ縁が切れない水戸光子、あっけらかんと長期滞在の泊まり客と夜の付き合いもしているアプレな左幸子、遠くに別れて暮らす息子のために働く戦争未亡人の川崎弘子、佐野が滞在する旅館の近所に住み、仕立て物で暮らす安西郷子でおます。
 このうち、水戸光子、左幸子、川崎弘子が東京から来た佐野が下宿代わりに暮らす宿屋で、土佐堀の大川沿いに建つ酔月のメイド(女中)でおます。
 
 作者の水上滝太郎は明治生命創業者の一人を父に持ち、自身もその重役としての顔もあった、実業と小説家の二足のわらじを履いていた人で、大阪暮らしの経験もあるため、原作はその大阪滞在時に見聞したことが基になっているのでおますが、八住利雄と五所平之助の共同脚色による映画は時代を原作の大正時代から現代(1954年当時)に置き換え、エピソードや人物像も適宜、映画用に手を入れとります。




 五所平之助に限らず、成瀬巳喜男にしろ豊田四郎にしろ、往時の文芸映画の監督といわれた人たちの作品の多くは小説を原作とした映画が並び、悪くいえばチンタラチンタラ男女の関わりを、よく言えば大人目線で男女のアヤを描いとります。
 そんな映画をガキが観れば、全く興味を示さず理解することもなく終わるか、もしくは果敢にチャレンジするかの両方で、果敢にチャレンジのほうは再び観る機会を得て、また考え、自分の成長度合いを自分で推し量るというような「考えること」に恵まれたものでおます。

 現代も小説にしろ、漫画にしろ、原作のある映画大はやりの時代でおます。もちろん、これはかつてとは別の意味・事情があってのことでおますが、現代の観客のニーズに即応したというべきか、多分に説明過多な、少しは観客の頭を刺激しろよと言いたくなるくらい分かりやすく作られとります。
 どちらがいいのか悪いのかは分かりまへんが、はからずも半世紀前の文芸映画は、かつてガキであったボクに新旧の比較を考えさせたのでおます。
 パスカルの言うごとく「人間は考える葦」であり、思考を深めることこそが人間でおますから、考えを捨ててしまっては人間はアホになるばかりでおますな。

 さて、映画「大阪の宿」でおます。
 東京本社を何かの事情で大阪に転勤させられた佐野周二の、いわば大阪滞在記でおますが、ラストに東京に呼び戻され、大阪生活で親しくなった人たちが別れの宴を開くシーンがおます。
 集まったのは佐野周二のほか、彼に友達以上の想いを抱いていた乙羽信子、客の金を盗んだため旅館をクビになり、料理屋の仲居になっている水戸光子、強欲な旅館の女将(三好栄子)に反抗して出席した川崎弘子、旅館の男衆で佐野に自分の旅館を紹介した藤原釜足、それに佐野の旧友で重役たちと闘って敗れた細川俊夫の面々でおます。もう一つ、席が設けられておりますが、その座布団は空席になっております。
 本来なら、その空席には安西郷子が坐るはずなのですが、彼女は来ません。

 空席ゆえに佐野は気がかりなのでおますが、というのも、お金に絡んで因縁があるからでおます。
 病気の父親を抱え、安西郷子は仕立て物をしながら細々と暮らしているのでおますが、ある夜、佐野と同様、長期滞在客の多々良純の部屋から彼女が出てくるところを彼は目撃してしまうのでおます。
 というのも、ウワバミとあだ名されるほど酔っ払う乙羽信子が多々良の着物を汚してしまったため、その張替に佐野が安西を紹介したのでおますが、毎夜のように左幸子とスィートタイムを過ごしているほどの女好きの多々良の部屋に行かせることは虎の檻にウサギを放り込むようなものでおます。貧乏で金に困っているゆえの安西の打算もあったのでおましょうな。
 
 翌朝、女将に「うちは連れ込み宿と違うで」と嫌味を言われた安西の帰りがけ、佐野はなにがしかの金を差し出すのでおますが、彼女は受け取ろうとはしまへん。もちろん、前の晩、彼女が多々良の部屋に出入りしていたところを佐野に見られたことを彼女は知りまへん。やむにやまれず自分の体を金で売った恥ずかしさ、後悔に女将の嫌味な言葉が加わり、逃げるように立ち去る彼女に同情から金を差し出したことに佐野も複雑な気持ちになっているからこそ、余計に空席が気にかかるのでおますな。
 女将は安西にそう言っておきながら、のちのち商人宿のような自分の旅館を連れ込み宿(ラブホ)に改造して金もうけを企むのでおますけどね。女将が三好栄子というのも、ええ配役でおます。

 女たちのドラマが進む中で、常に傍観者だった佐野の唯一ともいえる彼のドラマでおます。
 ラストは数日後、安西が働く廃品回収の作業場近くの線路を東京へ向かう佐野が乗っているだろう汽車が走り去っていくのでおますが、佐野の帰京と彼が気にかけていた安西のその後を鮮やかに交錯させたラストシーンでおます。
 そして、ラストショットは煙突が何本も並ぶ大阪の工場地帯の遠景でおますが、前年、「煙突の見える場所」を発表したばかりの五所平之助やから煙突なん? と思わず噴き出しそうになりました。
 もちろん、お化け煙突ではおませんでしたけどね。

 大阪物映画といえばミナミや新世界が出てくる作品が多い中で、この映画は川沿いの中之島、オフィイス街の淀屋橋辺り、佐野が水戸光子と川崎弘子を連れてピクニックにでかける大阪城などが出てきて、現在とは様子の違う風景を楽しむことができますが、とりわけ、大阪城の全景で見せた天守閣、大きな石垣が並ぶ辺りは今も変わるところはおません。
 それでも小説に描かれた当時の大阪とは様変わりしているだろうから、あえて時代設定を現在(1954年当時)にしたのでおますやろうけどね。


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