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2013-04-28

ヒネリが効いてるね「淑女と髯」

              淑女と髯130425

 若き日の小津安二郎監督の喜劇映画(1931年、松竹蒲田)でおます。
 もちろん、サイレントで、声も音楽もない無音映画でおますが、絵とその間に挿入される字幕によって実に分かりやすく、活動弁士の説明はかえって邪魔なくらいでおます。もちろん、今回、ボクが観たのは小津安二郎生誕90周年を記念したCS放送時に録画したもので、もちろん、映像が流れるだけの無音状態でおます。思えば、録画から時間が経ってますな。だって、今年は確か生誕110周年のはず……。

 大学の剣道部で活躍した髯面の若者(岡田時彦)が大学卒業後、その髯面のまま就活しても全然採用が決まらなかったのに、知り合った女性(川崎弘子)の助言で髯を剃って再アタックしたらホテルへの就職も決まった、その女性とも相思相愛の仲になってめでたし、めでたしという一見、他愛もないお話で、ここに男爵家の兄(月田一郎)と妹(飯塚敏子)や不良のモガ(モダン・ガール、伊達里子)が絡み、お話に彩りを添えてはります。
 当時、「落第はしたけれど」や「大学は出たけれど」「青春の夢いまいずこ」などの学生物を得意とした小津安二郎のナンセンスギャグ満載の一編(脚本・北村小松)で、クレジットタイトルを眺めると後年、小津と名コンビを組む厚田雄春(タイトルでは雄治)が撮影監督の茂原英雄の助手として、また、助監督に佐々木康が参加しとります。


 


 以前、この作品を観た時は戦前、サイレント時代の小津映画の一連の喜劇映画としか受け取っていなかったのに、今回改めて観ると、えらいことに気付きました。

 ひとつは「トーキー映画」のトーキーでおます。
 言うまでもなく、現在まで連綿と邦洋を問わず続いている発声映画のことでおますが、このトーキーの語源はなんぞやと思っていたことが解決したことでおます。分からんと使っていたのかいと言われそうでおますが、いつか調べようとそのままにして幾星霜、この作品を観て主人公の小汚い部屋に張られてあった映画のポスターに印刷された英語でようやく分かりました。
 「ALL TALKING」
 TALK、つまり、話すでおますな。ここから日本語で「トーキー」となったんでおますな。
 自分の無知を恥入るばかりでおます。
 同時に、長く無声映画製作を続けた小津監督の、その無声映画の中にさりげなく、彼が決して発声映画には無関心ではなかったこともうかがえます。事実、彼が茂原英雄が研究を続けていたトーキー方式の完成を待って発声映画に踏み切ったことはよく知られていることでおます。

 ふたつ目は「髯」に関連することでおます。
 主人公は、世界の偉人は皆、髯を蓄えていたとし、それを真似て自分も髯面をさらしているのでおますが、それに同調する友達の男爵の部屋を飾る小道具としてリンカーンをはじめ、ダーウィンやフロイトなどの髯面の肖像写真が飾られております。それはいいけれど、並ぶ髯面の肖像写真の中にマルクスも交じっていたことでおます。
 こんなん、ええんかいな? なのでおます。
 当時の日本の風潮として資本論にかぶれたマルクスボーイが出現したことは歴史に見る通りでおますが、当時の日本の政治・経済体制とは相いれまへん。ここではマルクスは直接、ストーリーに関係のない、小道具としての登場にしかすぎませんが、それでも、戦前、厳しく設けられていた国家による検閲をよく通過したものだと驚くばかりでおます。
 そういえば、男爵の妹が婚約者に言うセリフの中に「治安維持法」という言葉が大変揶揄される響きで出てきとりますが、これなんぞも同様でおます。
 小道具やセリフの中の一言とはいえ、小津の果敢なる挑戦だったのか、それとも検閲官がその時、不覚にも居眠りをして見過ごし、聞き過ごししてしまったのか。
 どんな映画よりもスリルに満ちた一コマ、二コマなのでおました。


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