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2013-03-16

じゅんこがすみこで、すみこがじゅんこ?

                関東緋桜一家130316

 東京・池袋の名画座で久しぶりに、わがご贔屓の藤純子の特集上映が4月にあると聞いたので、そんなに簡単には東海道五十三次ができるわけでもないのに、その名画座のサイトで告知を覗いてみたのですが、ちごうとりました。
 ばってん、そいでん気ンなり、目を通してみると純子は純子でも富司純子(ふじ・すみこ)さんの特集でおました。
 そいでん気ンなり、どんな作品が特集されているのか、上映作品を眺めてみると、ほとんどが純子は純子でも藤純子(ふじ・じゅんこ)さんの出演映画ばっかで、「何じゃ、こりゃ!」でおます。
 今月、キネマ旬報社から「女優シリーズ」の単行本『富司純子』が刊行され、それに引っかけた特集上映と思われますが、女優・富司純子が誕生して20年余、もうそろそろ「富司純子映画」だけの特集でも組めばよかったのに、大半が藤純子映画が占めている特集では、彼女の女優引退映画「関東緋桜一家」で『意地と我慢』をお勉強した藤純子ファンにとってはややこしい限りでおます。

 その上映予定の藤純子映画を総覧してみると……。
 断わっておきますが、富司純子出演映画については、ボクはいっさい観ておりまへんので知りまへん。





◎緋牡丹博徒 お竜参上(1970年、監督=加藤泰)
 シリーズ6作目の作品で、世に出てからもう43年も経っているのでおますな。かつて主演した女優が「加藤泰さん……う~ん、あたしは何か合わなかった……」と監督を振り返っていた作品が、シリーズ中、最も高い評価を受けているのは皮肉なことでおます。
 主演女優と監督の齟齬(という大袈裟なことではおませんが)は、かつて萬屋錦之介が中村錦之助時代、一緒に仕事をした伊藤大輔、内田吐夢、田坂具隆などの監督を振り返り、「役者自身が思っていることとは違う、意外な面を引き出してくれた」というようなことを述懐していたことを思い出させてくれます。
 にしても、緋牡丹のお姐さん、加藤泰にはよくいじめられていたもんでおます(もちろん、映画の中のヒロインの造型についてでおます)。

◎昭和残侠伝 死んで貰います(1970年、監督=マキノ雅弘)
 高倉健主演のシリーズ7作目で、健さんは不良少年から着流しのやくざに転身する青年を演じ、純子は15歳の時、「かわいいな。いい娘になるよ」と貧乏のため、芸者の下敷ッ子になり、やがて東京・深川の売れっ子芸者に脱皮する恋人を演じてはります。マキノ&健映画の例にもれず、健さんは純正やくざというより、マザコンの不良少年の成れの果てのイメージでおます。
 このころ、純子は主演女優として、あるいは一座の看板女優として舞台に進出することが多く、しかし、純子は努力型の女優であり、けっして器用な女優ではおませんでした。だから、舞台公演の後、映画撮影に入ると、どうしても舞台から映像への演技の切り替えがスムーズにいかず、大ぶりな身のこなし、表情、セリフ回しに舞台演技の影が残っており、この作品などは、その最たるものでおました。

◎緋牡丹博徒(1968年、監督=山下耕作)
 満を持して登場した藤純子の女やくざ映画の第1作でおます。監督の山下耕作、脚本の鈴木則文ともに純子への思い入れは強く、純子扮する『緋牡丹のお龍』の誕生譚を軸に、見た目、たおやかな娘やくざがむくつけき男どもを向こうに回し、父親を殺害した男を追い詰めていくお話でおます。
 お龍を助ける旅のやくざの高倉健をお龍自身の思惑と絡ませることにより、単に女剣劇めいた活劇から一歩抜け出し、お龍さん、わが人生の行く末に悶え苦しみはります。
 高倉健がボソッと呟く「あんたは、どこから見ても女だぜ!」の一言に作者たちの思いが凝縮しているのでおますが、なにはともあれ、この作品のヒットで以後、4年間で7本のシリーズ作品が生まれました。

◎明治侠客伝 三代目襲名(1965年、監督=加藤泰)
 今回の特集でも取り上げられている「博奕打ち 総長賭博」とともに1960年代中期から70年代初期にかけて製作された任侠映画の最高峰とされている作品で、このころの純子は鶴田浩二の任侠映画の相手役を演じたり、時代劇に出たり、ちょっと似つかわしくない明朗青春映画に出たり、吉村公三郎監督の「偽れる盛装」の再映画化作品(「肉体の盛装」)に出たり、実にさまざまな役に挑戦していたころでおました。
 任侠映画の最高峰といっても斬った張ったのアクションが上出来の映画やったからではおません。「博奕打ち 総長賭博」が組織内の抗争劇であったのに対し、こちらは要するにメロドラマでおます。その中に出てくるヒロインが純子で、愛する男のために全身で犠牲になるのはともかく、ラスト、離れがたい男にむしゃぶりつき、全身でいとおしむ姿なんて、のちの純子には見られない演技でおました。

◎侠骨一代(1967年、監督=マキノ雅弘)
 これぞ、マキノ&健映画のマザコン作品の王道を行く映画で、純子は健さんの母親と、その母親に瓜二つの酒場女の二役を演じ、小さい頃に別れて以来、母親を慕ってやまない真面目青年の健さんは酒場女に出会っても母親のイメージが目の前に散らつき、大いに健さんを悩ませるという役どころでおます。
 同時に、マキノさん、母親の純子をひたすら子を想う聖母のように描き、一方の酒場女のほうは身は穢れていても心までは穢れていないマドンナとして描き、酒場女が言う「あばずれじゃなかったでしょ?」の一言に母性を体現する女性をあがめるマキノの真骨頂を見ることができます。

◎日本暗殺秘録(1969年、監督=中島貞夫)
 製作当時、東映のやくざスターたちがこぞって憂国の士を演じると評判になり、公開後、長く名画座やテレビに出ることもなかったのに、もはや『昭和は遠くなりにけり』なんでおますねんやろね。近年、割とあちこちで上映されることが多く、CSの東映チャンネルでも「またか」と思うほど放映されとります。
 幕末の桜田門外の変から昭和の二・二六事件まで、いくつかの代表的な日本の政治的暗殺事件をオムニバス風に取り上げ、純子は映画の核となる一人の純朴な青年がテロリストに変貌していく「血盟団事件」の中で青年が知り合う女の子に扮してはります。カステラ屋のお手伝いさんから映画館のモギリ嬢、いかがわしい酒場の女まで、青年に負けず劣らず変遷してはります。

◎日本大侠客(1966年、監督=マキノ雅弘)
 明治の九州の炭鉱界の大ボスで、政界にも進出した吉田磯吉の青年時代を描いた作品で、純子は男に裏切られながらも、なお憎みきれず、身を挺して男を助ける海千山千の芸者に扮してはります。当時、純子は20歳、テレビでは後に結婚することになる尾上菊之助(現・七代目菊五郎)主演の時代劇「源義経」で静御前を演じていた時でおます。この映画のヒロインが後の「緋牡丹博徒」シリーズのヒロイン造型のヒントになったとされとりますが、こりゃ後付けでおますなというのがボクの見解でおます。

◎日本侠客伝 斬り込み(1967年、監督=マキノ雅弘)
 高倉健主演のシリーズ7作目で、マキノお得意のご町内映画でおます。各地をさすらう子持ちの香具師が、やがて一家を構えるようになり、ワルと闘う話で、純子は主人公の奥さん役でおます。というより、主人公が世話になる元締めの娘で、勝気なおねえちゃん。しかし、夫の経済的窮地に芸者になってまで男を助けるという、夫婦愛のお話でもおます。主人公は貧乏な時代から人望が厚く、彼の周りに集まるのが町内の面々で、ここんとこ、「次郎長三国志」シリーズにも似たマキノ好みの設定でおます。
 このシリーズで、どうせ取り上げるなら10作目の「昇り龍」(1970年、監督=山下耕作)にしてほしかったのが、上映可能なプリントがなかったんかいな。なぜなら、この映画で純子が演じたヒロインは「日本大侠客」のヒロインが発展した女性像なのでおます(脚本はともに笠原和夫)。

◎大阪ど根性物語 どえらい奴(1965年、監督=鈴木則文)
 藤純子を、その女優デビュー当時から見ていた助監督の鈴木則文の監督昇進第1作で、藤田まこと主演nモノクロ映画でおます。純子は口達者な浪花のおねえちゃん然とした女学生に始まり、やがて主人公と夫婦になり、苦労をともにする大阪女を演じてはります。多少ツンデレな役どころであり、主人公とヒロインにプロポーズするシーンは鈴木則文的美学のロマンチックな場面であり、デビュー当時から知っている新進女優に『女の半生』を演じてもらいたかったのでおますやろね。

◎八州遊侠伝 男の盃(1963年、監督=マキノ雅弘)
 これまた何とレアな作品。藤純子女優誕生の映画でおます。純子は宿場町の娘で、いじけた青年、千葉真一の恋人役。翌年、鶴田浩二主演の「竜虎一代」(監督=小林恒夫)では千葉真一の姉役を演じているので「こりゃ、どうなってんの?」でおます。後に純子自身も振り返っている通り、この時代の純子は岩に三角マークの企業映画内でどんな役でも演じていたころでおます。
 女優デビューの世話をしたマキノに一挙手一投足、演技指導を仰いだと語っているように、硬い、硬い純子18歳の旅立ちの時を観ることができます。

◎日本女侠伝 侠客芸者(1969年、監督=山下耕作)
 「緋牡丹博徒」シリーズの好評で、新たに作られたシリーズの第1作でおます。冒頭、映画館の座席に坐っていながら観客はかつての時代、華やかであっただろう大金持ちの芸者総上げのお座敷遊びのもようが楽しめるという趣向で、ここでの純子は立ち回りはしません。「緋牡丹博徒」シリーズとの差別化を図ったためでおます(後に2作品、純子はドスを振り回したり、ライフルを手にしたりしてますけどね)。
 この当時、日本テレビ系列のお色気番組「11PM」の大阪・よみうりテレビ製作の時、ちょうど九州の博多どんたくの時期だったためか、新シリーズ宣伝のため、博多に招かれた純子が「今度、馬賊芸者をやります」と語っていたのが記憶に残っています。馬賊芸者、博多特有の芸者さんのことでおますな。

◎日本女侠伝 血斗乱れ花(1971年、監督=山下耕作)
 シリーズ4作目で、この時、既に藤純子の女優引退は秒読み段階に入っておりました。山道楽の夫の遺志を継ぎ、大阪・船場の女性がやがて炭鉱経営者として成功する艱難辛苦のお話で、ボンボンの夫にはんなり意見したり、夫の腰ぎんちゃくの男をたしなめたりする純子の大阪弁は聞きごたえがおます。
 こんな女性が伴侶であったら……と男たちの夢を乗せ、その夢を純子がスクリーン上で体現している楽しい作品でおますな。

◎博奕打ち 総長賭博(1968年、監督=山下耕作)
 加藤泰監督の「明治侠客伝 三代目襲名」と並ぶ任侠映画の最高傑作と称されている作品でおます。堅気は関係ないよとばかり、登場する人物は組織内の人間か関連する人たちばっか。かつて三島由紀夫がギリシャ悲劇のように見事なまでに内部波乱を含みつつ進行するドラマと絶賛したことから注目された映画ながら、公開当時は多くのプログラムピクチャー同様、生まれては消えていく映画のひとつで、ヒットしたという記録もおません。
 純子は、やくざの実兄と夫の抗争に挟まれ、悩む女房を演じており、やむなく夫の命を奪った実兄に「人殺し…」と短くつぶやき、男たちの身勝手な争いに泣く女を演じてはります。

◎藤純子引退記念映画 関東緋桜一家(1972年、監督=マキノ雅弘)
 『今さら何にも言いません ただ黙ってみてください 純子別れのあで姿』とポスターの惹句(コピー)に謳われていた通り、純子ファンは黙って名花との別れを惜しめばよかった映画でおます。当代一の人気女優の去りゆく姿をフィルムに収めたお祭りであり、内容的な評価をうんぬんするのはマキノが嫌った野暮ってもんでおます。
 「皆さん、お世話になりました」の言葉を残し、スクリーンの向こうに消えて行く純子の後ろ姿を見送りながら、ボクも「別れのけじめ」をつけさせてもらいました^^

◎人生劇場 飛車角と吉良常(1968年、監督=内田吐夢)
 この作品も任侠映画の最高作といわれておりますが、はて?? 純子を中に鶴田浩二と高倉健の3人が三角関係に陥ってしまうメロドラマの最高作なら、うなづけるのでおますけどね。でも、本当の主役は辰巳柳太郎が演じたおじいちゃん侠客で、このおじいちゃんから見た若い男女3人の惚れた腫れたがつづられる変種の人生劇場映画でおますな。当時の純子は好きな人がいながら、別の男を好きになる女の気持ちが分からないと語ってはりましたが、彼女が扮したおとよというヒロインの造型はすごく人間的でおますな。

◎女渡世人 おたの申します(1971年、監督=山下耕作)
 かつて「緋牡丹博徒」第1作で黒い牡丹をイメージとして出すことで、やくざ社会に身投じた緋牡丹お龍の堅気への戻り道を封じてしまった山下耕作が笠原和夫の脚本を得て、今度は上州小政というヒロインを通じて純子の扮する女やくざと決別した作品でおます。もはや、映画の中で描かれてきた主人公のやくざは、ここでは堅気を助ける英雄的存在ではなく、漁師の女房たちに代表される堅気衆の強い拒否反応に遭った主人公は殺人犯として官憲の縄を受けるしかない犯罪人にすぎず、こういう主人公が登場したのも時代の流れ、ひとつの映画路線が行き着くところまで行き着いてしまったということでおました。

 以上、ボクが今さら観ることはない藤純子出演映画を眺めてみました。


 
 
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