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2013-01-05

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ16・新春記念

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 初春第1弾は、好評シリーズ(自分で言ってるだけ?)の新春版でおます。
 といっても、いつもの友達から新年早々送られてきたわけではなく、昨年末に送られてきていたのでおますが、なんだかだと結局、年末は一回もブログを更新せず、従って、せっかく送られてきた名画座チラシも仮寝のままでおました。

 というわけで、最初に登場するのが名画座ではおませんが、これまでに公開された「シネマ歌舞伎」のアンコール上映が3月から5月にわたり、東京・東劇でおますそうな……。
 シネマ歌舞伎―その名の通り、ライブの歌舞伎公演をハイビジョンの映像で蘇らせた映画作品でおます。
 しかし、回を重ねるほとに舞台を捉えた映像に工夫がなく、なんやらNHK教育の舞台中継を観ているような、変わり映えのしない作品になっているのは残念なことでおます。

 この「シネマ歌舞伎」にたびたび上演作品が取り上げられていた中村勘三郎、惜しいことに昨年暮れ、その役者人生を象徴するかのように、この世を駆け抜けてゆきました。
 彼の引っ越しの4日前、親しい人たちとの忘年会の席上、病中にある彼のことが話題に上りました。出席者のいずれもが、勘三郎というより、まだ勘九郎だったころの舞台をよく観ていた人ばかりで、僕が「錦之介と一緒で早く逝くんじゃないか」と言っていたのでおますが、それから4日後の訃報でおました。

 錦之介ー萬屋錦之介でおますな。壮年期に入り、錦之介もたびたびの重篤な病を得て65歳で早々とあちらの世界に引っ越した人でおます。萬屋錦之介というより、それ以前の中村錦之助時代、映画の世界で彼も駆け抜けていった役者でおます。
 近いルーツをたどれば、錦之介と勘三郎は縁戚関係にあり、錦之助時代の錦之介の映画世界での成長、活躍ぶりを見てきた僕には、勘三郎の勘九郎時代、歌舞伎の世界でのめまぐるしい活躍ぶりは錦之助を彷彿させ、「同じ血が流れているんやね」と感慨にふけったこともおました。
 ただ残念なことは、勘九郎の舞台を数多く観たことはあっても、勘三郎の舞台をライブでは一度も観ることはなかったことでおます。





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 さて、その勘三郎が少年時代に出演した映画も含まれているのが、東京・阿佐ヶ谷の名画座で今月から3月にかけて上映される「東宝印のトップレディが罷り通る! お姐ちゃんタイフーン」でおます。
 団令子、中島そのみ、重山規子の当時、東宝三人娘といわれた女優たちの、今でいうところのアイドル映画でおます。製作は1959年から63年までで、50年の年月を重ねております。東京オリンピック以前の、まだ東京の街が改造されていない時代、原発の心配も、IT機器の浸食も、食糧自給率の低下もないころ、高度経済成長へむけて皆が頑張っていた時代の、お気楽なおねえちゃんたちが活躍している映画群でおます。女優として3人の中で、唯一ぬきんでた団令子も今や、あちらの世界組でおます。
 ラスト作品の「お姐ちゃん三代記」(63年、監督・筧正典)は新旧3世代のお姐ちゃんが顔を揃えており、現在でもいちばん活躍しているのが最も古い世代の草笛光子だったとはねぇ……。

 同じく阿佐ヶ谷で上映中なのが「現代文学栄華館 昭和の流行作家たちPART2」でおます。
 よく上映されている気もする「競輪上人行状記」(63年、日活、監督・西村昭五郎)や雷蔵の「陸軍中野学校」シリーズ以前の中野学校映画「間諜中野学校 国籍のない男たち」(64年、日活、監督・野口晴康)、カッコよすぎる近藤勇像が原作者の司馬遼太郎を怒らせたという「新選組血風録 近藤勇」(63年、東映、監督・小沢茂弘)など全34本。子ども時代には分からなかった大人の事情満載の映画群でおますな。

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 これも名画座上映ではおませんが、今月26日からは銀座・東劇でノーカット完全版の「黒部の太陽」がおます。全国巡回、よくもってますなぁ。僕の地元にも回ってきましたが、上映時間3時間30分には耐えきれず、スルーしたところ、チラシをいつも送ってくれている友達は別の場所での上映に敢然と挑戦したそうでおます。後で「ベタだけど、退屈はしなかった」という報告がおました。

 東中野では日活の編集者特集で来月、「映画をつなぐ男たち 映画編集者の世界」がおます。
 辻井正則、鈴木晄、井上治、鍋島惇の4人のエディターたちが関わった全20本の上映で、通常、映画スタッフの中で編集は専門家かよほどの篤志の映画ファンでない限り、クレジットタイトルの名前すら注目されとりまへん。お江戸では、こういう特集の組み方もあるのかと驚いております。
 今、おばさん女優として映画やテレビにチョロ出している白川和子の「団地妻 昼下りの情事」(1971年、監督・西村昭五郎)や引退映画(日活ロマンポルノからのね)の「実録白川和子 裸の履歴書」(1973年、監督・曽根中生)が観られるし、何と言っても日活無国籍アクションの大立者、小林旭の「渡り鳥故郷へ帰る」(1962年、監督・牛原陽一)やムードアクションの名作「赤いハンカチ」(1964年、監督・舛田利雄)、今は名前だけで大物扱いされている渡哲也の日活ニューアクション映画なども入ってますで。
 
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 今回のラストを飾るのは、名画座や各地の上映会で定番化しつつある映画監督の特集で、池袋では今月12日から「深作欣二の終わりなき戦い」が始まるそうな。
 ミトッポ出身でプログラムピクチャーの抱き合わせ作品の監督から出発し、やがて、自作の「火宅の人」(1986年)や「華の乱」(1988年)に影響されたのか、私生活で無頼派となった深作欣二がこの世から退場して今年で満10年。その作品世界に描かれた戦後、日米、人種などの先駆けといってもいい「白昼の無頼漢」(1961年)から一部で上映中止などの衝撃を与えた中学生が殺し合いをする「バトル・ロワイヤル(特別篇)」(2000年)までの14本の上映でおます。
 おまけは一躍、深作欣二をスター監督に押し上げた「仁義なき戦い」シリーズ5本(1973~74年)で、初日のオールナイトで上映されますが、一挙に5本、このシリーズを観るのは疲れまっせ。
 深夜に映画を5本も続けて観る体力、気力に加え、主演級、脇役を問わず同じ俳優が次の作品では違う役で顔を見せているややこしさ、人物相関図の煩雑さなど、頭の体操にはもってこいでおますけどね。


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ご無沙汰です。
最近は、元AKB48の前田敦子が名画座通いを始めたとかで、先日の彼女のツイッターには神保町の日活特集に行くようなことを書いてありました。まあ、自分がこれから骨をうずめようという世界の歴史を知ることは、とても良い事だ思います。
中には監督志望なのに、日本映画の過去の作品を古くて色が付いてないというだけで、まるで観てない輩もいるわけですからね。
そういえばミュージシャン志望なのにビートルズを聴いたことがないという若者にも会った事がある…。
ただし、映画を観てるだけでは、演技は上達しませんので、より良い演出家なりに出会うことが先決でしょうが、キチンとした演技を付けられる人が居なくなった日本映画界なのであります。
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