2012-06-05

パパは大奮闘する「父子鷹」

               父子鷹1 120602

 カラー、ワイド画面の時代に突入した東映時代劇は、旗本退屈男に見られるようなキンキラキンのお祭りのような衣装(加藤泰監督の言葉)に、撮影所中のライトをかき集めてきて一点の影もないように撮り上げた画面、沢島忠映画に代表されるような現代語がポンポン飛び交う世界もあって、チャンチャンバラバラのスター中心主義まっしぐらの映画が多かったのでおますが、カラー、ワイドになる以前のモノクロ、スタンダード時代には、およそ、それ以後の映画には数少なかった、キラリと光る「おおー、意外に!」と思わせる作品もゴロゴロしています。
 それは決して伊藤大輔や内田吐夢、田坂具隆などの大監督の作品ばかりでなく、ローテーションで番線を満たす作品を演出していた監督たちの中にもあるという意味で、この時代の作品を観ていくのも面白いのでおます。

 東映城の大御所監督だった松田定次による「父子鷹」(1956年)もそんな中の一本で、チャンバラスター・市川右太衛門の主演映画ながら、ここでは右太さん、スーパーヒーローではおません。チャンバラ映画の時のような型にはまった演技を見せることなく、しかも、スーパーヒーローとは程遠いダメ男に扮してはります。
 ダメ親父の子育て奮戦記でおますな。








               父子鷹2 120602

 珍しく、右太衛門が世間とは間尺が合わない、周囲からはうとんじられているような男に扮した映画であると同時に、彼の息子で、当時まだ10代前半だった北大路欣也の映画デビュー作品でもおます。

 欣也が演じるのは勝麟太郎、のちの勝海舟の少年時代でおます。右太衛門は、その父親の勝小吉で、よく知られているように、この小吉はほとんど文盲の無役の貧乏旗本でおます。旗本であっても幕府の役職に就いていないので身入りはなく、「将軍の家来だ~い」と踏ん反り返ってられまへん。
 なんとか就職しなくては、婚約者のお信(長谷川裕見子)とも夫婦になれしまへん。そこで父(志村喬)や兄(月形龍之介)の斡旋で就活に励むのでおますが、就職は金次第という現実に憤慨し、なかなか就職はでけしません。面接に行っては怒って帰ってくるので、口やかましい祖母(東山千栄子)の小言は鳴りっ放しでおます。
 就職もできず、貧乏な中で小吉とお信は夫婦になり、小吉はかつて通っていた道場の代稽古としてアルバイトで日銭を稼ぎ、やがて、お信は妊娠。麟太郎が生まれるわけでおますが、その出産の時も小吉は道場荒らしの浪人(戸上城太郎)ともめたため、謹慎の意味の座敷牢の中という有り様でおます。

 そんな世間的にみればダメな、ハチャメチャな男でも、人の子の親となってから俄然、わが子だけは自分のような世の中に埋もれてしまった人間にはしたくないと映画の後半、奮戦するのでおますが、依然、付いて回るのは貧乏でおます。赤貧洗うがごとしの生活の中で、麟太郎にはいろいろと学問を身につけさせ、社会に出る身支度をさせます。
 たったひとつ、いいことは小吉が憎まれない人柄ということで、他家に養子に出ている兄が渋い顔をしながらも何かにつけて世話を焼き、じいや(薄田研二)が夜鳴きそば屋で生活費を稼ぎ、市井の人たち(原健策、伊東亮英)と親しくしていたこともあって彼らにも助けられるという、貧乏だけど誠に徳人でおます。

 映画は成長した麟太郎が将軍世継ぎの側人として幕府に採用され、登城するところで終わりますが、右太衛門映画としては地味な、夫婦愛、親子愛、隣人愛にくるまれたパパの子育て奮戦記で、派手な右太衛門映画を見慣れている者にとっては、この変化球が「ちょっと、ええやん」的な作品でおます。

 それにチャンバラ映画ではないので、いつもチャンバラ映画で悪役を演じることが多い月形龍之介、薄田研二、原健策、伊東亮英、吉田義夫などがこぞって善人役というのも面白おます。


関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

最近はこんなんです^^
ゲストのひと言
テーマ紹介
FC2カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

在庫の記事