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2012-05-26

名脇役の生誕100周年と娘の旅立ち

                 田中春男120521
                  田中春男(右)、左は大川橋蔵(「清水港に来た男」
                  =1960年=から)
 

 先日、映画に詳しい友達から今年は田中春男の生誕100年目に当たると聞きました。
 戦後の日本映画界になくてはならなかった脇役俳優でおますな。もちろん、昭和初期から俳優だったおっちゃんで、生誕100年だからと言って、この俳優を顕彰するような特集が東京の名画座であるのか、ないのか、わからしません。
 ご本人は、今からちょうど20年前に、こちらの世界からあちらの世界に引っ越してはります。
 晩年はテレビドラマにもよく、しかし、思いがけなく姿を見せていたようでおますが、さて、映画で最後に田中春男を観たのは、いつだったのか……。

 多分、ボクが観たのは1981年に公開された加藤泰監督の最後の作品「炎のごとく」(大和新社)が最後だったのではないか? この映画では生涯、抜けなかった関西訛そのままに京都・三条大橋のたもとで屋台を出している焼餅屋のおっちゃんを演じてはりました。

 「焼餅二つ買うてもろたばっかりに、えらい損や…」

 主人公の暴れ者・小鉄(菅原文太)に誘われ、バクチ場建設に手を貸したばかりに涙ながらに嘆き節たぼやくおっちゃん、その姿に往時、彼が演じてきた善良だけど、どこか抜けている、あるいは腹にイチモツを持つほどの悪党ではないけれど、どこかユーモラスな、そんな社会の下積みでしか生きられないオッサンたちの姿を彷彿させたものでおます。

 小津安二郎、溝口健二、黒澤明などのポピュラーな監督の作品はもとより、田中春男といえば、マキノ雅弘の「次郎長三国志」シリーズ(1954年)で次郎長の子分で破戒僧の法印大五郎がまず浮かんできますよね。このシリーズで大五郎役を演じたのがきっかけで、マキノの次郎長映画のほとんどに同じ役で出ているという、すごいおっちゃんでおます。
 そんなことを僕が知ったのは、もちろん、後年のことでおますが、「田中春男なら…」ということで言えば、かつての東映時代劇を観ているうちに自然に頭にインプットされた俳優でおます。

 まだ、東映時代劇が、というより、日本映画全体がわが世の春を謳歌していた1958年(過去最高の映画入場数を誇った年)ごろから所属していた東宝在籍のまま、東映時代劇にも出るようになり、だから、そのころのタイトルを見ると名前の左下に「(東宝)」と所属会社がはっきり明記されとります(こういうタイトル表記も映画会社の専属制がなくなった昨今、見ることはおまへん)。
 東映時代劇で演じた役柄は、もっぱら三枚目でおますが、それまでの演技の系譜から外れることはおません。「一心太助 天下の一大事」(58年、監督=沢島忠)の自殺志願の若旦那のように人のいいアホな男もやれば、「江戸っ子肌」(61年、監督=マキノ雅弘)の船宿のあやしげな主人のようなちょっと小悪党めいた男もやれば、異色なのは「暴れん坊兄弟」(60年、監督・沢島忠)で重役の汚職の犠牲になって殺される子だくさんの下級侍でおました。

 役者なら当然でおますが、硬軟どちらも、しかも、どこにでもいそうなちょっと真面目で、ちょっと欲張りで、ちょっとスケベエな、そんな人間を演じていた人でおますな。

 ところで、先日、なにげなく映画雑誌を繰っていると、宇治みさ子の旅立ちが報じられていました。
 

                




                宇治みさ子120521
                 宇治みさ子(右)、左は明智十三郎(「天下の鬼夜叉姫」
                 =1957年=から)

 宇治みさ子――大蔵貢体制下の新東宝の時代劇スターやった女優さんでおます。そして、田中春男の実の娘さん。
 あちらの世界へ旅立ったのは今年2月で、79歳だったとか。もちろん、孤独死ではおませんやろう。
 というのも、もう40年ほど以前に結婚と同時に女優を廃業し、その後は家庭生活と生け花の先生を両立させていた人でおますから。

 新東宝時代劇では、たとえ姫君を演じていても刀を振り回して悪人どもを退治する、まさに女剣劇そのもの。といっても、ボクはリアルタイムで新東宝映画を劇場で観たことがあるのは、ほんのわずか(宇津井健主演の「スーパージャイアンツ」シリーズね)。
 現在、新東宝映画が名画座あたりで復活上映されとりますが、この手の時代劇は無視されとりますな。つまり、新東宝の筆頭スターだった嵐寛寿郎の剣豪時代劇や明智十三郎の若様時代劇、それに宇治みさ子の女剣劇映画でおます。それらは社長の大蔵さんがもくろんだ、戦前の弱小映画会社・プロダクションが量産していた超勧善懲悪の時代劇で、誤解をおそれずにいえば、知的階層の観客を目的にしたというより、それ以外の大多数の映画ファンを観客とした時代劇でおますな。かつて昭和30年代まで見られた読切雑誌に掲載されていた時代小説の類でおます。

 新東宝が経営不振で瓦解し、それから一年ほど経てから新東宝映画がテレビの深夜放送枠で放出されました。ボクの住む地域の電波ではライターのマルマンがスポンサーになった「マルマン深夜劇場」でおます。シャンソン歌手の中原美佐緒が歌う「夜はさみしい、夜はなんとか~」のオープニングソングで始まる、深夜の映画放送の先駆けであったような番組。
 そこは女王蜂あり~ぃの、嵐寛の時代劇あり~ぃの、怪談映画や怪奇映画あり~ぃの、戦争映画や推理映画あり~ぃの、小畑絹子や若杉嘉津子の毒婦映画あり~ぃの、まさにゴッタ煮の世界でおます。そんな中に交っていたのが、宇治みさ子の女剣劇っていうことで、スタンダード、ワイドを問わず、よほどの作品でない限り、いつもモノクロ映画で、クレジットタイトルも普通なら挿入されている「出演」、あるいは「配役」のタイトルもない映画群でおました。

 新東宝の倒産後、宇治みさ子は大映に移籍し、時代劇であだな年増の役柄を演じていましたが、所詮は外様でおます。かつてのような主演映画があるわけでなく、63年、マキノ雅弘監督の東映京都作品「次郎長三国志 第三部」に三保の豚松(佐藤晟也)の恋人役でひっこり登場、かなりカマトトぶった演技を見せた後、60年代中期、デビュー当時からの知り合いだった渡辺邦男監督がプロデューサーの松本常保が主宰する日本電映製作の「姿三四郎」や「柔」、「柔道水滸伝」などのテレビ映画のを演出するようになると、芸者役でレギュラー出演してはりました。この日本電映製の柔物はブームになったのでおますが、やがて、柔物のブームが去ると、引退した女優でおます。

 戦後の日本映画史にも、そういう女優さんがいたってことでおますな。




 
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田中春男のフィルモグラフィーを見ると、これはまさしく日本映画史そのものですね。

初期には溝口健二の『狂恋の女師匠』に出演し、田坂具隆の『かんかん虫は唄ふ』で主役デビュー。その後も山中貞雄や内田吐夢、伊藤大輔の作品に出演しています。

戦後は、もちろんマキノの『次郎長三国志』が最も有名ですが、それ以外でも黒澤明、成瀬巳喜男、豊田四郎などの作品に出演していますね。私が好きなのは、『夫婦善哉』で森繁を裏切る丁稚や小津安二郎の『浮草』の旅芸人ですね。で、映画の遺作は確認出来る限りでは『ビーバップハイスクール』。これは昔観た記憶があるのですが、その頃は田中春男を認識していた訳ではなく、どんな役柄かは覚えていませんけども、最近でもCSで観た『刑事珍道中』という80年の角川映画のプログラムピクチャーで、ワンシーンながらいぶし銀の演技を披露していました。

にしても、こういう役者のことを包括的に聞き書きしたものはないのでしょうかねぇ。マイナーすぎると言えばそれまでですが、日本の映画ジャーナリズムの底の浅さを感じずにはいられません。

AKBにハマる友人さんへ

 ご訪問、ありがとうございます。

 何事もそうですが、映画も主役だけでは成り立たないシロモノですもんね。

 田中春男以外、たくさんいてはりますもんね、脇役一筋で、主役をけっしてしのいではならないと心得ている人たちが。

祖父の生前の記憶があまり無く、ネットで出会える事に不思議な感覚です。
叔母の作品は、見たことがないのですが…
親戚の中で、私が一番似ているそうです。
ありがとうございます。

田中さんのお孫さんへ

 書き込み、ありがとうございます。
 記事は随分以前のことだったので、びっくりしました。
 映画でよく知っている俳優さんに関係するお身内の方の目にも触れていたのだと思うと、励みにもなります。
 こちらこそ、お礼を述べたいです。
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 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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