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2012-04-10

チラシを見ても映画を観たことにはならねぇ8

                  チラシ1 120409

 東京在住のお友達さんから、またまた映画チラシが送られてきました。
 相変わらず、かの地の名画座はお盛んでおますなぁ。今回の表題のように、チラシばかり眺めて映画を全然観ていない者にとっては垂涎の掘り出し物もあるようで、まさに「何でもあり」の観でおます。

 その「何でもあり」状態の中で、ボクの目をキラリと射止めたのは阿佐ヶ谷で上映中の「東映異常性愛路線のミューズ 橘ますみ伝説」でおました。
 橘ますみ――いえ、グラドルのあの「橘ますみ」ではおません。
 画像お隣の淡島千景さん、さきごろ、多くの先輩、同輩、後輩たちの後を追って、あっちの世界に移住されはりましたが、淡島千景が今後も忘れられることなく、機会あるごとに出演映画が上映されていくであろうと予想できる映画女優にあるのに比べ、橘ますみはもはや忘れられた映画女優でおます。

 東映が1968年ごろからスタートさせた石井輝男監督、荒井三津雄監督などによるエログロ映画、つまり、サブタイトルにもあるように異常性愛路線の作品群でヒロインを演じた女優でおます。まさに映画の内容さながら、この路線の映画製造過程で誘惑され、脱がされ、縛られ、いじめられ、凌辱されつくした揚げ句、ひっそりと観客の記憶の彼方に消えていった女優でおます。
 清純派イメージであるがゆえに、はかなげで、もうちょっとしっかりしぃな~と言いたくなるくらい頼りなさに満ちあふれて登場し、いつも驚天動地の異な世界に引き込まれてしまうという役柄がパターン。そんなキャラクターが男たちの欲望に汚され、壊されていくところが当時のおっちゃん、にいちゃんたちのスケベ心をくすぐったのでしょうね。絶妙のキャスティングで起用したプロデューサーはあっぱれ(ゼネラルプロデューサーは岡田茂でおました)。

 マッパも厭わないような橘ますみの女優としての変貌ぶりは、まだ彼女が任侠映画やテレビ映画の時代劇で軽い役で出ていたころから知っていたボクには、まさしく驚天動地でおました。刺し身のツマのような、映画の内容には深くかかわらない清純派女優の役どころから、裸になることで大きく伸びようとしたのでおますやろね。世はまさに昭和元禄といわれた、何でもありの狂乱の時代でおます。
 清純派から性純派にトーンを換えたものの、その後が続かなかったのは 橘ますみにとっての最大の不幸で、昭和元禄のバカ騒ぎの世の中も過ぎ去り、それからの女優としての方向も見いだせないまま、70年代初期、忽然とスクリーンから消えてしまいます。
 プロデューサーがもはや用済みと決断したのか、それとも彼女自身がカメラの前で裸にひんむかれることに疲れてしまったのか。

 橘ますみが60年代末期のテレビ時代劇「俺は用心棒」シリーズや「銭形平次」(大川橋蔵版)にこちょこちょと出演したり、鶴田浩二や北島三郎主演の任侠映画に出た後、関西テレビ十周年記念番組「大奥」の最初のエピソードである家光編のヒロインに起用されたのは68年4月でおます。のちに四代将軍となる家綱を産むことになる町娘の役で、三益愛子、木暮実千代、桜町弘子、丹阿弥谷津子、北林谷栄などのベテランに囲まれた大抜擢で、この作品のゼネラルプロデューサーも岡田茂でおました。
 このスター女優がケンを競ったテレビ番組は30年を経て製作・放送された「大奥」何部作かの元祖とされているらしいので、その初回(4話完結)のヒロインを飾った女優として、橘ますみはもっと記憶されていてもええんですけどね。

 お友達さんは、以下のようなチラシも送ってくれはりました。





チラシ2 120409

 岩下志麻、高峰秀子、山本富士子のそれぞれの特集。
 お志麻ねえさん、テレビのメナードのCM以外、最近はとんと顔を見せとりまへんが(2009年末のテレビドラマ「トイレの神様」以来か)、この女優さんも小津安二郎監督の「秋日和」(1960年)の事務員、「秋刀魚の味」の小津好みの娘役から八木美津雄監督の「あの波の果て」シリーズの泣き暮れるメロドラマのヒロインを経てポ~ンと跳んで「極道の妻たち」シリーズの姐さんへ、大きく変わったものでおます。
 高峰さん、今年も「出番です!」で、おちおち眠っておられまへん。
 山本富士子が映画女優であったころから、もう何年たってますねんやろ。優に50年近く? 改めて半世紀の長さに驚きます。今はもう舞台の座長公演もなくなりましたが、かつて映画界のレッドパージを受けて銀幕から締め出された後、意地でもカメラ(映画の、ね)の前に立たなかったのは、あっぱれ。


                     チラシ3 120409

 新藤兼人の特集は、もう終了してしまいましたが、正直、多くの評価を受けた「一枚のハガキ」(2011年)は、そんなにええか? でおます。最愛の妻、乙羽信子のあっちの世界への引っ越しで客入りがよかったという「午後の遺言状」(1995年)にしても突然、海の中から黒衣たちが現れたりして、なんだかなーでボクにはおました。
 加藤泰特集は随分以前(2008年)の池袋にある名画座の特集で、なぜか、チラシが交っとりました。それより、ボクはこのブログの「私家版 加藤泰論への道のり」を放置したままでおます。反省!


チラシ4 120409

 上記3点は、まさにお江戸ならではの上映でおますな。まだプログラムピクチャーがプログラムピクチャーとして健在だったころの、町の映画館の毎週替わりの番組表をにぎわせた作品群でおますな。一回観たら、それっきり、すぐに忘れ去さられてしまうかもしれない作品が、名画座でよみがえるのはいいかもしれまへんが、週替わり上映ではなく、日替わり上映が多いというのも復活上映のなせるわざでおます。


                     チラシ6 120409

 東京近代美術館フィルムセンターは「よみがえる日本映画」シリーズの大映篇だそうで、パンフの表紙に三益愛子の母物映画を持ってこさせるあたり、さすが大映映画!  
 京橋映画小劇場は「映画の教室2012」だって。

チラシ5 120409

 早稲田松竹は、もう記憶がかすんでいるくらいの昔、一度行ったことがある映画館なので載せてみました。その時に観た作品はデビット・リーン監督の「旅情」とフェデリコ・フェリーニ監督の「道」でおました。友達に連れられて行ったためか、JR高田馬場駅から、どこをどう歩いたのは、すっかり忘れています。
 「六世中村歌右衛門」は映画のパンフレットではおませんが、お友達が早大の演劇博物館に用があって出向いた時、ついでに買ってきてくれたものでおます。不世出の名女形といわれた六世歌右衛門は、ボクが歌舞伎を観ていたころ、関西へは京都まで来ても大阪へは絶対来なかった人でおますので、彼の舞台を観たのは南座の顔見世でたった一回きりでおました。

                     チラシ7 120409

 最後の折り目のついた用紙は、これもチラシといえばチラシなんでおますやろね。「名画座かんぺ」と題する、手書きの名画座案内でおます。手書きだから個人の発行でおますのか、いるんですね、今も、こうして親切に、そして映画を楽しんでいる人が。

 この春先、水の浪速では古くからあった映画館が2軒、相次いで廃業しました。どちらも大阪市内の中心地から外れた場所にあり、一軒は日本映画・外国映画の二番館にピンク映画専門館を併設した小屋でおます。もう一軒は全国で最も長い商店街といわれている天神橋商店街のそばにある、日本映画は二番館、外国映画はシネコンが無視するような作品が多くかかり、これにピンク映画専門館も併せ持つ劇場で、シネコンに無視された映画の中にはキラッと面白いものもおました。いわゆる、B級映画の楽しみってやつですね。
 そういえば、京都・祇園近くにあった二番館も、とうとう映画上映はお笑いに駆逐されてしまいました。

 「デジタルの 波はフィルムを 冬枯れに」

 ご時勢どすなぁ~。





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御無沙汰です。

しかし、このような女優の使い捨てで、どれだけの逸材が世の中に出ることがなかったのかと思うとしごく切なくなり、そのうえで今の日本映画の凋落にも、つながるような気がします。

まあ、それでも生き残る女優は居るもので、関根恵子とか梶井芽衣子なんかは、あざとかったんでしょうね。

さて、私は阿佐ヶ谷の東京映画特集で、久松静児監督の『つづり方兄妹』を観ました。

これは私の生まれた町が舞台の映画で、ずっと観たいと思っていたのですが、関西ではついぞ上映されなかった作品です。

映画自体は、実話をベースにした、いわゆる児童映画の良作のような感じの作品で、冒頭に延々と何とか教育委員会推薦というクレジットが続き、当時は学校の講堂などで繰り返し上映されていたのでしょう。

にしても、映画に描かれている素朴な田園風景に、見知ったものはなく、この50年の間にかなり開発が進んだようで、これも少し切なくなりました。

また、次男の作文が、モスクワで一等賞を獲るのですが、8歳にしてはなかなかのもので、その中で原水爆反対や反戦などを訴えています。いかにも左がかっていますが…、そういう時代だったんでしょうね。

映画には、これもまたご当地出身の森繁も脇役で出演したりしていましたが、二木てるみや頭師孝雄など当時の実力派子役が共演するのも、それなりに面白いものでした。

それにしても不思議なのは、関西を舞台に、ロケなどもしているにも係らず、宝塚映画製作ではなく、東京映画製作だったこと。これはどうしてなのでしょうね。
2012-04-10 17:51 | ボ URL [ 編集 ]

 久しぶりです。
 
 橘ますみ、わが青春のヒロインだったのですね。もちろん、成人指定の異常性愛路線以前のことですけどね。
 使い捨てされ、消えていった東映のポンコツ女優は賀川雪絵、衣麻遼子、尾花ミキ、一の瀬レナなど、まだまだいますよ、

 さて、佐久間良子をスターダムに押し上げた「五番町夕霧楼」は京都・西陣周辺、丹後半島が舞台で、京都撮影所もあったのに製作は東映東京なんですね。
 関西が舞台なのに宝塚映画じゃなく、東京映画だったことは、それと似たような事情なんでしょうね。
2012-04-10 21:29 | 彰吾 URL [ 編集 ]

いつも拝見させていただいております。
またおじゃまします。
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