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2012-04-01

近松の世界をまったり「女殺し油地獄」

女殺し油地獄120330

 かつて、まだBSたらCSたらの放送なんて夢想だにしていなかった遠い昔、深夜テレビの映画放送で一度観たことはおましたが、晴れて結ばれた男女2人が笑顔で旅立つラストカットが記憶にあるきり、内容のほうはさっぱり記憶になかった作品でおます。

 「近松門左衛門『女殺油地獄』より」とクレジットタイトルにも表記されている通り、近松さんの有名な作品を野淵昶が脚本・監督を担当した1949年の大映京都作品で、ついでに記しておくと撮影は宮川一夫、助監督は加藤泰でおます。

 そもそも、アホな男が油まみれの中で貞淑な人妻を殺害する凄惨な殺しの場面がウリの作品なのに、なんでラストは笑顔の男女で締めくくられているのか、この際、それを確かめてみたく、たまたま東京在住の友達さんからスタッフの問い合わせがあったのを機に、改めて、この作品を観てみました。

 結果は、あははは…でおます。
 これ、「女殺し油地獄」とは名ばかり、原作から借りてきたのは河内屋与兵衛、お吉の名ばかりで、与兵衛さん(坂東好太郎)は遊びにうつつを抜かしているようなアホな男ではなく、お上を批判したばかりに大坂を闕所(けっしょ=財産没収、商売停止のうえ、所払い)になる商売人で、お吉さん(日高澄子)に至っては人妻ではなく、油問屋の娘で与兵衛の婚約者という設定でおます。
 こんな2人がどうしても添い遂げようと恋愛を成就させようとする話でおますから、油まみれになりようもおません。代わりに油まみれになるのは与兵衛の闕所で結婚に反対するお吉の母親(常盤操子)と、お吉の婿にと見込まれた番頭(加東大介)であり、油まみれにはなっても命までは取られてまへん。

 これのどこが「女殺し油地獄」なん? でおますし、戦後すぐの時代相もあって恋愛至上主義を通したのかとも考えられますが、友達によれば同じ野淵監督の「滝の白糸」(1952年)もめでたし、めでたしで終わるとか。ボクは観ていないので何とも言えまへん。
 そういうことを抜きにしたら、この作品、おもしろおます。まさに近松の町人世界のお話で、心中物でこそおませんが、のちに製作されることになる溝口健二監督の「近松物語」(1954年)や吉村公三郎監督の「大阪物語」(1957年)などの大映京都が得意とした町人映画の系譜の先を行っていたような作品でおました。





 与兵衛とお吉は好いて好かれた、親も許した仲でおます。しかし、与兵衛が闕所になったことで事情はガラリと変わってしまいます。
 与兵衛は大坂を所払いになり、近郊の野崎に移り住みます。移り住んだものの、お吉が忘れられず、うつうつとした日々を送っています。そして、とうとう秘かに大坂へお吉に会いに行きます。大坂へ行くことは禁じられているのに露見すれば、さらに重い刑罰に処されます。それを覚悟の上で行くのですから、女を想う気持ちのいかに強いことか…でおますな。

 一方、お吉のほうは与兵衛が商売を停止され、大坂に住むことも許されなくなったことから、お吉の母親は将来の見込みなしとさっさと与兵衛に見切りを付け、店で働いている番頭を娘の婿にしようとします。番頭は大喜びですが、お吉のほうは「好かんタコ」で、これまた与兵衛恋しの日々を送っています。
 父親(志村喬)は娘の気持ちが痛いほど分かるのでおますが、婿養子なのか、気の強い女房には強いて反対できず、娘相手に「昔はあんな女やなかったけどな」と嘆く始末でおます。

 どうにもならん2人に救世主が現れます。それが与兵衛の姉のおかち(原作では妹、沢村貞子)の夫の豊島屋(月形龍之介)で、この人、手堅く商売をしている訳の分かったおっちゃんで、色街にも顔が利く遊びを知っているという設定でおます。「心中天網島」で小春にうつつを抜かしている治兵衛をいさめる侍姿に身を変えた兄など、近松作品にはこういう救世主がよく出てきますな。もっとも、心中するケースが多いので、救世主の存在が却って火に油をそそぐってことも多いようで…。
 ともかく、この訳知りのおっちゃんの活躍で、ラストの恋人同士の笑顔につながっていくのでおます。

 月代を剃る頭髪のため、男優はカツラでおますが、女優陣は現在の時代劇のように女中などの端役に至るまで全員、自毛で髪を結い(日高さんの目張りバッチリは気になりますが)、町の通りや屋内などのセットもリアルに作り込んであって、陰影をつけた照明も加え、いかにも大映京都の時代劇でおます。

 各所のお店(たな)に出入りして、それなりの用を足してこづかいを稼ぎ、金次第でどうにでも転びそうな事情通の上田吉二郎、与兵衛の隠遁先の野崎で与兵衛を「ぼんち、ぼんち」と呼ぶ農婦の小林加奈枝、大坂にこっそり出てきた与兵衛をかくまう貧乏長屋の按摩夫婦の東良之助・金剛麗子など、周辺人物を演じる役者の存在感も妙にリアルっぽく、みものでおますな。

 ちなみに、豊島屋が与兵衛を誘った色街の座敷で狐面を被った花嫁姿の踊り手が地唄舞を見せるシーンがおますが(指導・山村若)、五社英雄監督の「女殺し油地獄」にも花嫁行列の参列者が狐の面を被って歩くシーンが出てきます。大阪には花嫁行列にそういう慣習はないそうでおますが、五社さん、この狐面の地唄舞にホントを得たのでおますやろか?




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一か月ぶりですか?

この映画の監督の野淵昶って、京大を卒業後、教師生活のかたわら京都で今でいう小劇団を起こし、入江たか子を見出した人なんですね。

で、その後、新興キネマに招かれて、いきなり映画監督としてデビューするのですから、いわゆるビートたけしのような異業種監督の元祖ですなぁ。

にしても、同時期、新興キネマでは今日出海のような作家も映画監督としてデビューしていますので、この会社は、かなり時代を先取りしていたのかとも思いますが…このあたりを調べ出すと面白いかも。

ですが、その出の割には、戦中、戦後と、それなりの作品を監督作を残していて、当時としては評価が高かったのかもしれません。

もちろん、現存作品は少ないので、何とも言えませんが、新興キネマ時代の作品は時代考証などには優れているのですが、生真面目で、あまり面白印象があります。

戦後作は、ここで取り上げられているように過去の名作の再映画化が多いのですが、この映画も含め、何故かハッピーエンドにする場合が多い、

それは時代に敏感だったのか、それともGHQの検閲が下りなかったのか、今となってはわかりませんが、私はふと、この映画監督は、逆に時代感覚に乏しかったのではないかと思ってしまいました。

なお野淵昶は昭和30年代には、映画監督を引退し、同支社大学の教授に就任しました。
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