2012-02-08

チラシを見ても映画を観たことにはならねぇ7

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 東京のお友達さんから今年初めて、恒例の映画チラシが送られてきました。
 相変わらず、花のお江戸では旧作映画の上映が意気軒昂のようで、上映作品そのものが遠くに過ぎ去ってしまった昭和時代の映画ばかり。もし昭和の「あの時」を懐かしむなら何もわざわざ昭和30年代を舞台にしている映画なんぞ観に行かなくても、十分あの時代を懐古できそうな……。
 人間の記憶とは不思議なもので、古い映画や音楽で初めて聴いた曲を改めて観たり、聴いたりすると自然に、そのころの自分のことが脳内によみがえってくるものでおます。

 それにしても、お友達さんもいつか言っていたように上映期間をほぼ同じくする名画座、各種上映会で取り上げられる全作品を制覇することは至難の技でおます。というより、できっこおませんな。
 各作品とも日替わりか数日交替であるため、観に行くほうはわずかな上映期間のうちに都合を合わせなければならず、そんなスケジュールをあっちの名画座、こっちの名画座、上映会を組み合わせて予定を立てることはできまへん。それにいくら映画好きであっても、あるいは毎日が日曜日のような人であっても、人間、生きていれば映画だけを考えて生きているわけでもおませんしね。時間もさることながら体力、資力も無視できまへん。

 冒頭の写真は、お友達さんに「手に入れておいて」と依頼していた東京近代美術館フィルムセンターの「日本の映画ポスター芸術」なるグラフの1ページでおます。
 これ、近ごろは珍しくなったイラストポスターを中心に、ほんの一部ではおますが、顔写真ベタベタじゃないポスター集でおます。
 冒頭写真のイラストは、そのタッチからでもわかるように岩田専太郎、志村立美の作品でおます。まさに昭和時代を彷彿させる画家でおますが、殊に「藤十郎の恋」や「緋牡丹博徒 お竜参上」の志村立美は当時、子どもだったボクには講談社の子ども向け昔話の挿絵画家として、お馴染みさんでおます。
 今、イラストポスターといえば、電車の沿線に立てられた大看板くらいでおますやろか? でも、あれはポスターではおませんね。

 イラストポスターは珍しくなったと記しましたが、映画ポスターそのものが今では街角ではめったに見られなくなっております。
 それこそ、シネコンのロビーかファッションビルのウインドーか、そんなところでないとポスターを見ることはおません。街の角々にポスターを貼って上映作品の宣伝をしなくても個人が簡単に情報を得る手段を持つ時代になっていることに加え、景観問題も絡んでいるのでおますやろね。
 かつては、町の目立つところ、あるいは民家の塀を拝借して映画のポスターが貼られておりました。それこそ、成瀬巳喜男の映画にでも出てきている光景でおます。

 ペンキを塗った木枠に囲まれた空間が、次回上映の映画のアピールスペースでおます。
 映画館のおっちゃんが糊の入った缶とポスターの束を運搬車と呼ばれた自転車に積んで、週替わりか10日替わりかは知りまへんが、映画館でかかっている映画の最終上映日が近づくと、次に公開する映画のポスターを貼って回るのでおます。上映中の映画ポスターの上にハケでたっぷりと糊を塗り回し、新しい映画のポスターを皺ができないようにピシッと貼るのでおます(前のポスターに皺が残っていたら当然、新しいポスターにも同じ皺ができてしまいますが…)。もう何年使っているのかわからないくらい、糊の缶の縁は糊が乾ききってコテコテになっており、ハケの毛も固まりきっております。
 前のポスターの上に新しいポスターを貼っていくのでおますが、ポスターが重なって分厚くなったころ、おっちゃんは思い切りよく何層にも重なったポスターをはがしてしまいます。すると、わずかに残ったポスターの破片から、ずっと以前に上映された映画のかけらが顔を見せることもおます。
 おっちゃんは新しいポスターを貼り終えると、そのポスターの上にまた糊を塗ります。でも、その上には何も貼りまへん。つまり、ポスターの上に糊を塗ることで膜を作り、汚れ防止を施したのでおますな。それで一か所の作業は終わりでおます。

 子どものころ、映画を観るのと同じように、こんな光景を眺めることも日常の楽しい出来事でおました。


 




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 上記の写真の右側は「日本の映画ポスター芸術」の表紙でおます。
 左側は一見、勝新太郎の座頭市かい? と思うような絵ヅラでおますが、1962年の大映京都作品「化身」(監督・森一生)で、勝新に口づけされているのはボクの好きな万里昌代さんでおます。神保町の「監督と女優とエロスの風景」の一本で、瑳峨三智子の「こつまなんきん」(1960年)や安田道代(現・大楠道代)の「秘録おんな牢」(1969年)、京マチ子の「甘い汁」(1964年)なんてヒヒヒ…ッでおますなぁ。


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 池袋の名画座では、吉本新喜劇のギャグにもなっている八千草薫の特集。現在、健康食品のコマーシャルで毎日のように八千草さん、テレビで顔を見せてはりますが、この人も不思議な女優で、この人の代表作は何? って問われて「これ!」と即答できるような極め付けの作品がおません。
 名前からも分かるように宝塚出身で、東宝系の「清純派」という言葉が服を着ているようなイメージがあるものの、若いころから他社出演(これも映画界では、もはや死語でおますな)が多く、そっちのほうが面白い役を演じている清純派というより、ちょいコケティッシュな魅力のある昔風女優さんでおます。
 「川口家の人々」は神保町の名画座の特集。小説家で劇作家でもあった川口松太郎、妻で女優の三益愛子、長男の川口浩(俳優というより、テレビのなんとか探検隊長で名を残してはります)、その妻の野添ひとみの作品が中心で、ぜぇ~んぶ、あっちの世界に行ってはる人でおます。先ごろでは元俳優で明治座の重役だった三男も旅立っており、ここの一家は子どもたちの薬物事件とか若死にとか、怪異な一家でおますな。
 三益愛子といえば、映画では戦後すぐからの母物映画の女王として有名で、晩年、数多く出演した東映の映画でもほとんどが母親役、ないしは類似の役で出てはりますが、やはり、俳優だった二男が起こした薬物事件の法廷で証人として出廷した際、映画さながらに息子の罪の軽減を訴えた母親としても知られとります。
 川口松太郎原作、山村聡監督、笠原和夫脚本、美空ひばり主演の「風流深川唄」は絶対のみもの。歌を歌わないひばりの女優としての演技が楽しめ、鶴田浩二、山田五十鈴、杉村春子、伊志井寛(石井ふく子おばさんの父親)と共演者もぜいたくでおます。
 ボク、子どものころ、ひばりを歌も歌える映画女優と思っておりました^^


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 銀座の名画座では、今井正監督特集。生誕100年ですか。作品歴からも分かるように戦後の左派を代表する映画監督の一人で、まだまだ映画にも政治臭が色濃かった時代の人で、映画会社もそれを認めていたころでおますな。でも、1957年の原爆症の少女を主人公にした「純愛物語」は盛り込みすぎて、なんや少しも面白いとは思わなかったのは、ボクが未熟だったせいでおますやろか?
 阿佐ヶ谷では色と欲の特集。「盛り場最前線 男と女のブルース」に並ぶ作品は特集のタイトルからも分かるようにネオン映画でおますな。夜の蝶が乱舞する世界の男と女の金と涙のお話で、後半の日活作品群は、日活がロマンポルノに移行する直前の、1954年に製作を再開した同社の末期映画ばっか。


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 「記者物語 ペンに懸ける」も阿佐ヶ谷の特集。プログラムを見れば、ほとんどがモノクロの地味な作品が並んどりますが、小粒でも「おもろそー」でおますな。まだ日本映画が2本立て興行の時代、メーン作品にはなり得ない、併映作品ばかりでおます。案外、そいうところに捨てがたい作品があったのも、かつての日本映画でおます。
 「巨匠たちのサイレント映画時代」は、既に終了した特集でおますが、伊藤大輔、小津安二郎、成瀬巳喜男、溝口健二、清水宏とくれば、映画学校の教材みたいでおますな。


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 映画学校といえば、今月、渋谷で開催中の「次郎長三国志&マキノレアもの傑作選!」は、まさに映画館学校でおますな。もうちょっと気の利いた特集タイトルはなかったんかいな? でおますが、DVDにもなっている東宝版「次郎長三国志」全9作や消えた日本電映作品「男の顔は切り札」(主演の安藤昇が一時間くらいたって、ようやく登場^^)、マキノが中村錦之助に猿の演技指導をした「清水港の名物男 遠州森の石松」(相手役の丘さとみが絶品)は、いわずもがなでおます。
 それに加え、生前、マキノが東映から身売りされたとボヤいていた日活、大映のマキノ雅弘の作品も、これらも観れば男と女の「マキノ節」が映画館で勉強できるんとちゃいますか?




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新文芸坐の次の特集は、「鈴木英夫と堀川弘通」。文芸坐の八千草薫特集と阿佐ヶ谷の特集にも、鈴木英夫監督作品が含まれていて、今月、東京では鈴木英夫監督作品をほぼ網羅できます。

鈴木英夫は、まだまだ全国的にはマイナーですが、1990年代の中ごろ、一部の先鋭的な「映画獣」によって、発見された主に東宝を中心に活動した中堅映画監督です。

その時に最も注目を集めたのが司葉子主演の『その場所に女ありき』で、製作当時、海外の映画祭でも賞を獲ったという逸話があります。

しかし、このような発見も、結局は「マニアのから騒ぎ」に終わったのかもしれません。それを契機に日本映画史の読み直しが始まり、第二、第三の鈴木英夫が見つかるかと思えたのですが、そうはならず日本映画史は今でもクロサワ、オズ、ミゾグチ、ナルセです。

そういえば前のコメントで、森田芳光の上映が始まるかもしれないと書きましたが、やはり2月中ごろから都内二か所でスタートします。

そこで驚いたのが、90年代の作品のいくつかがデジタル上映と書かれていたこと。ということは、もう上映プリントは破棄されているという事実。

ということは60年代、70年代の当時の上映用35ミリプリントが残っているということは、ほとんど奇蹟で、本文の名画座もいつまでも日本映画の特集上映ができるかのかはかなり不透明かと。

そんな中で、映画史の読み直しは、もう難しいかもしれません。

JPA

映画が大好き人間です。今流行りのテレビタレントによる映像作品じゃあない、実写版とかいうのでもない、映画スターと脇役俳優による演出ではなく映画監督による作品郡が大好きです。もう決して2度と作られることはないでしょう が

高木剄士郎さんへ

 初めてのご訪問ありがとうございます。

 ♪時よ時節は変わろとままよ~という歌詞の歌がありますが、映画会社が単独で映画を製作できなくなって配給に走り、なんとか製作委員会で乗り合い出資の二次使用期待の製作体制になっている現在、それが行きつくところまでいくと、再び原点回帰になるのでは、と考えるのは楽観的でしょうか。
 もう、その時は延々と培われてきた映画の各パートの積み重ねられた技術は失われているかもしれませんね。
 それ以前に、原点回帰まで、こちらの命脈が保てているかどうか ですけど^^

 グローバル社会、異業種参入など、ほかの業界も同じですが、製作資金さえ集めれば素人でも映画製作ができるようになっている半面、確実にプロがなくなっているのも事実ですね。
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 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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