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2011-11-13

武蔵も新吾も金さんも、退屈のお殿様も生きていたころ

              御存じいれずみ判官110803
                「御存じいれずみ判官」(1960年、監督・佐々木康)

 「思いがけなく手に入る百両…」は歌舞伎のお嬢吉三でおますが、先日、ボクの手に入ったのは1981年封切の「チャンバラグラフティー 斬る!」のソフトでおました。

 これ、1950年代中期から1979年までに製作された東映時代劇総覧の映画でおます。総覧とはいえ、登場する作品数は95本、しかも、冒頭、時代劇映画の起こりも紹介しているため、尾上松之助や阪東妻三郎、嵐寛寿郎などの映画を除けば、純東映時代劇映画は90本をきる、ごくごく一部総覧でおます。
 萬屋錦之介主演の「仕掛人梅安」(監督・降旗康男)の併映作品として封切時と、その後の地上波でのテレビ放映で観て以来、随分長い間、お目にかかることはなかったのでおますが、「思いがけなく」30年ぶりに再会と相なりました。




               任侠仲仙道101221
                「任侠中仙道」(1960年、監督・松田定次)


 総覧として観た場合、この種の映画は、当時の東映時代劇ファンそれぞれに思い入れがあるため、封切時にも不満噴出? でおました。事実、開拓期の片岡千恵蔵、市川右太衛門に継ぐ安定期の第二世代、中村錦之助(のちの萬屋錦之介。歌舞伎の二代目やおません)と大川橋蔵が中心で、東千代之介は無視されているという声もおました。なにしろ、安定期は「錦・千代・橋」と言われましたもんね。

 ところが、この作品は単なる総覧というより、当時のテレビマンユニオンの浦谷年良さん演出による、ストーリー性を持たせたフィルム切り張り映画だったんですね。
 ストーリーですから、主役が必要でおます。
 そこで登場するのが、シリーズ物として製作されたヒーローたちでおます。
 つまり、千恵蔵の遠山金四郎、右太衛門の旗本退屈男(早乙女主水介)、錦之助の一心太助、橋蔵の若さま(不思議なことに、このヒーローは遂に名前名乗らずでおました)と、第二世代群の兄貴分、大友柳太朗のむっつり右門(近藤右門)でおます。
 従って、この5人のスターのように当たり役を持ち得なかった千代之介さん、出番がおません。

 これと並行してフィルムの切り張りが行われたのが、第二世代の代表格である錦之助と橋蔵の成長物語でおます。ここに登場しているのが1961年から5年がかりで製作された錦之助の「宮本武蔵」シリーズ(監督・内田吐夢)と1959~63年製作で橋蔵の「新吾十番勝負」(全4話。監督・松田定次、第二部のみ小沢茂弘)、「新吾二十番勝負」(全3話。監督・松田定次)の各シリーズでおます。
 これまた、彼らのように成長物語を持たなかった千代之介さん、出番がおません。どこまでも地味で不運な千代之介であったことか…。

 この2本柱が中心で、総覧として観た場合、第三世代ながら時代劇衰退の波にもまれてしまった里見浩太郎(現・浩太朗)、北大路欣也、松方弘樹の現役組(2本柱のスターさん、全員が鬼籍組でおます)はワンショットずつの顔見せでおます。さらに言うなら、東映時代劇の蛇尾に属する、われらが藤純子も立ち回りシーン(「柳生武芸帳 片目の忍者」)で健闘してはります^^

                    鶯城の花嫁
                   「鶯城の花嫁」(1958年、監督・松村昌治)

 それに途中、挟みこまれている女優グラフティーなんぞを観ていると、このころ、東映城はつくづく春の謳歌真っ最中だったことがしのばれます。登場する女優は丘さとみ、大川恵子、桜町弘子の東映城の三人娘のほか、千原しのぶ、花園ひろみ、佐久間良子、三田佳子、長谷川裕見子、花柳小菊、喜多川千鶴、青山京子、山東昭子(国会議員になるとは想像しえません)などに加え、なぜか故里やよいまで、きれいどころ満載でおます。
 東映時代劇で忘れてはならない特別枠の美空ひばりも、盟友・江利チエミを引っ張ってきて歌い、踊って芝居してミュージカルしまくっております。

              関の弥太ッぺ101107 
              「関の彌太ッぺ」(1963年、監督・山下耕作)

              遊侠一匹101107
              「沓掛時次郎 遊侠一匹」(1966年、監督・加藤泰)


 一世風靡の5大スターのお話が、最後は錦之助物語に収束してゆくこの作品は、錦之助の武蔵映画から「関の彌太ッぺ」(63年、監督・山下耕作)と「沓掛時次郎 遊侠一匹」(66年、監督・加藤泰)を経て、錦之助が萬屋錦之介として東映城に返り咲いた記念作品「柳生一族の陰謀」(79年、監督・深作欣二)へ帰着しているあたり、きっと、浦谷さんは「笛吹童子」世代で、錦ちゃんの熱烈ファンの少年だったのでしょうね、という映画一篇なのでおました。




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この映画が出来たのが、30年前。

その後、日活がアクションとロマンポルノのアンソロジーをありましたが、ここ最近、ほとんど無くなりましたねぇ。

需要はもちろんのこと、映画会社の色が無くなったのもあるのでしょうけど、ロイヤリティの問題が大きいのかも。

これも製作委員会の弊害かしら。

ポポ(略)人さんへ

 こんばんは。
 まるまる1本の映画を観ていくならともかく、断片フィルムの寄せ集め張りボテ映画なんて、もう重要ないんですよ。30年前だったら、こういう映画にノスタルジーを感じていた人たちも今や、30年経ってますからねぇ、どれだけ生存していることやら。僕は僕で一人「はるかノスタルジー」やってますから^^
 時代劇も任侠映画も断片フィルムを寄せ集めるより、まるごと1本ずつリバイバル公開したほうが、よほど二次使用になると考えるけど、これもどれだけ客をよせられるか、産業体崩壊後の日本映画に光明はあるや否や?
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