2011-10-13

内紛劇の最後を飾った「博奕打ち外伝」

             博ち打ち外伝110927


 東映任侠映画の名花、藤純子がご町内の衆に見送られて彼方に消えていった(「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」)後、潮が引くように衰退してしまった、いわゆる、着流しやくざ映画は、ほぼ、この年(1972年)いっぱいでトドメを刺された中にあって、繰り返し描かれていた一家・一門の内紛劇のラストを飾ったというべき作品が、この「博奕打ち外伝」でおます。

 手だれの野上龍雄が脚本を担当し、監督は山下耕作でおます。
 山下耕作はこの年、「博奕打ち外伝」のほかに小林旭主演の「ゾロ目の三兄弟」、高橋英樹主演の「男の代紋」、鶴田浩二主演の「日陰者」と連打し、任侠映画の最後の砦死守に孤軍奮戦しとりますが、いかんせん、落日の傾きはもはや誰にも止められない時代の流れでおました。

 それにしても耕作さん、好きやね、こういう内紛劇っていうの。
 なにしろ、任侠映画全盛期に後年、評価が高まった「博奕打ち 総長賭博」(1968年)を脚本の笠原和夫とともに残している監督でおます。
 撮影所長(当時)の岡田茂から「お前ら、ゲイジュツ映画はあかんで」と叱られたというエピソ-ドを残しとりますが、任侠映画から脱出した、名コンビの笠原和夫との手切れの時も「僕はやっぱり、この世界にこだわるよ」と宣言したと伝えられております。

 さて、「博奕打ち外伝」は、還暦を迎えた組長(辰巳柳太郎)から跡目を譲られた男(若山富三郎)と川筋船頭の元締(鶴田浩二)の確執を中心に組長が外腹に設けた子ながら子分として扱ってきた男(高倉健)の存在、新たに組を急成長させようとする代貸(松方弘樹)の陰謀などが絡み合い、主役の鶴田さん、いつもながらの渡世のしがらみに苦悩する男を演じてはります。



 この映画で最も面白いのは、若山富三郎の新組長と松方弘樹の代貸との関係でおます。
 といっても、これも当時、しきりに言われたことで、ボクが新たに発見したことではおません。

 若山さん、めでたく辰巳さんから組長の座を譲られました。若山さんは一応、同格の健さんの意向を顔で問い、健さんも異存おません。ここで健さんの役柄が大木実や名和宏であれば後ろで糸を引くワルがいて別の悶着が起こるのが定番ですが、この作品ではそれはおません。

 そのかわり、別の意味で糸を引くのが代貸の松方クンでおます。
 松方クン、自分の親分の若山さんがいつか組長になるよう、これまで一生懸命やってきたんでしょうな。そして自分の思惑通り、若山さんが組長になりました。そこで、さらに松方クンは組を発展させ、若山さんを「男」にしようと奮戦します。ただ早急すぎて、しかも、やり方が悪かったのでおます。

 それまで辰巳さんの時代、川筋船頭の元締の鶴田さん配下の船頭たちは石炭を運ぶのに通行料は免除になっていたのでおますが、松方クン、この通行料を徴収し始めたのでおます。当然、いざこざが起こります。起こるけど、鶴田さん、なぜか、おとなしく松方クンの方針に従います。みんな、納得しまへん。でも、鶴田さんは理由を語りまへん。

 鶴田さんが何にも言わないのは、一家・一門を平和に収めようとした辰巳さん、健さんの思いを理解しているからでおます。辰巳さんにすれば、それまで子分として扱ってきた健さんが自分の子だからといって跡目に据えればもめ事は必至だと考えたからでおます。健さんも、そういう父親の秘かな考えが分かるから身を引いたのでおます。とてもよくできた父と子でおますな^^

 鶴田さんにしても当初は事情を知らしません。だから「どうして、あんたが跡目にならないんや」と健さんに問いますが、健さん、黙ってます。そこで辰巳さんの女房(東竜子)から訳を聞き、ようやく関係が分かります(にしても、この種の映画で何と黙ったままの男が多かったことか!)。

 そのうち、松方クンはどんどん横紙破りになっていきます(横紙破りの意味が分からん人、自分で調べてね)。しかも、若山さんの知らないところでワルさをしているので、若山さん、いつの間にか悪者になってしまいます。そのため、鶴田さんの仲のいい弟たち(菅原文太、伊吹吾郎)も死んでしまいます。
 つまり、松方クンは親分のためによかれと思ってワルさをして、どんどん自分で自分たちを追い詰めていってるってことですね。

 真相を知って怒り狂う若山さんを前に松方クン、「とことん悪になったらええ」というように居直りの決意を示します。本来、お人好しな若山さん、かわいい子分の居直りに「ノー」って言われしまへん。泣く泣く若山さんも覚悟のホゾを固めます。そこで、出た言葉が、

 「こうなったら、ともに地獄へ堕ちよう!」

 この親分と子分は固く手を握り合って地獄へ突き進むことを確認するのでおますが、このシーンで当時、ホモ的雰囲気がいっぱいと散々言われました^^
 ホモ的といっても、精神的なもんでおます。松方クンは、この人のためなら! と一途なんです。そんな松方クンを前にして若山さんも子分の自分への熱い思いを知って、振り切ることはできへんのですな。

 男同士の友情が深まれば深まるほど、精神的なホモ関係に通じるとよく言われてることでおますが、この場合は友情やなく、親分子分の疑似的親子関係でおます。じゃ、近親相姦? ともなりますけどね。
 やくざ映画のホモ的雰囲気は、何もこの映画に限ったことでなく、それ以前にも掃いて捨てるほどおましたから、なんで、この映画に限って急に言い立てるんやろ? と当時、不思議でおました。

 ということで、この映画は若山さん、松方クン演じる、ひたすら破滅への道を突き進んでいく男2人に注目さんでおます。破滅までいかなくても世の中、ワルだと分かっていても、そうせざるを得なくなる状況っておうおうにしてありますもんね。

 松方弘樹にとって初の悪役といってよろしおますが、まだ自分より先輩格の監督、俳優がいたこの時代、結構ガンバリ屋の演技を見せてはりますが、その先輩たちがいなくなってからはタガが外れたように、どうしちゃったんでしょうねぇ。

 鶴田さんに惚れる馬賊芸者(博多特有のきっぷのいい男まさりな芸者)を演じているのが浜木綿子。
 さきごろ、歌舞伎界進出を宣言した香川照之のお母さんですね。この人もちょくちょく任侠映画に出てはりますが、いつも同じ調子だったってのが難でおました。
 山下耕作は、そんな浜さんに気がいかなかったのか、得意の「花」は出てきまへん。そのかわり、馬賊芸者のきっぷのよさを表すため、座敷から庭の池に飛び込ませてはります。それをフルショットのスローモーションで見せているのは、耕作さんの映像のリズムでおますな。

 
 
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すいましぇーん

『総長賭博』は、上映用プリントがあるようです。

でも岡田茂追悼で上映しないのは不思議です。

その代わりに上映されていたのかどうかは判りませんが、文芸坐で『山口組三代目』を観ました。

とにかくラストの雪の中の健さんと文太の決闘シーンはすさまじく美しいのですが、そこまでにいくお話が何とも陳腐で…。

何年か前に松下関連のバイトの研修で観た松下幸之助の伝記映画『てんびんの歌』みたいな修身の教科書のような描き方で、早くに両親に死なれた一雄は、育て親の虐待に耐えながら、立派な青年となり、勤め先の工場での理不尽な扱いに暴力で対抗し、その後、山口組へ。そこで傷害、殺人を犯し、立派な組長になりました、って。

監督も、わかっていたんでしょうね。

ポポ(略)さんへ

 当時、東映の危険映画を一手に引き受けていた(本人の弁)山下耕作は、そのあたり、そりゃ分かってたはずですよ。この映画は実録路線の一環なのですが、こういう内容だから、これは浪花節でいかな、しようないな、ですね。だから、実録路線映画なのに旧来の任侠映画になっていたというのも皮肉ですね。
 耕作さん、社員監督だったから「こんな道徳の本みたいな、おかしいで」と思っても、実在の、まだ存命していた人物を批判的に、あるいは皮肉を交えてつくるってできないことは分かっていたはずです。頭のいい人でしたから。
 だから、実録映画を任侠映画仕立てにしたという入れ物に皮肉をこめたんでしょうね。
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