2011-08-19

「お世継ぎ初道中」で新時代のコメディアンたち

お世継ぎ初道中110803


 貧乏大名の若君(里見浩太郎=現・浩太朗)が婚約者である金持ち大名の高慢な姫君(桜町弘子)をじゃじゃ馬ならしする明朗時代劇「お世継ぎ初道中」は、1961年の東映京都作品でおます。
 よく見かけるような時代劇で、似たような内容で里見浩太郎・桜町弘子のコンビ作品でいえば、翌62年の自分たちの住む社会の不条理に愛する男女が途方に暮れる「お姫さまと髭大名」(監督・工藤栄一、脚本・結束信二、高橋稔)が出色の出来を示しとりますな。

 「お世継ぎ初道中」の脚本は大御所、依田義賢とこのころ、東映時代劇の量産作家だった結束信二。おそらく、基本アイデアを依田義賢が受け持ち、そのほかの色付けは結束信二が担当したのでは…? と思われる作品で、監督は内出好吉でおます。

 内出好吉といえば、東映時代劇の量産監督の1人でおます。同じ量産監督の佐々木康同様、松竹から移ってきた人で、佐々木康と異なるのは片岡千恵蔵や市川右太衛門が主演する作品はあるものの、オールスター向け監督ではなかったということで、松竹時代は伊藤大輔の助監督などを経て監督になり、東映以前には美空ひばり、中村錦之助の「ひよどり草紙」なんて作品もおますな。

 黙々と会社企画の作品を映像化していたというイメージが強おますが、量産監督らしくレパートリーの間口は広く、スピーディーな展開の時代劇が本流だったら、それなりの流れに合わせてチャンバラを見せたり、あるいは「里見八犬傳」3部作(1959年)で勧善懲悪の時代劇を見せたり、やがて、東映時代劇がよりリアルな集団時代劇風になっていくと、それなりの演出で近衛十四郎主演の「柳生武芸帳」シリーズ(1963年)の数本を受け持ったり、コメディアンが大挙出演する「てなもんや三度笠」2部作や「大笑い殿さま道中」(ともに1963年)などという作品があったりで、もう右から左へという感じで映画を撮り続け、東映の映画興行に大いに貢献した1人でおますな。生きていれば、今年がちょうど満100歳でおます。

 で、この作品でちょい注目したのは、ワキで登場するコメディアンたちでおます。
 後年、テレビ時代劇に移った内出好吉を映画論的に論ずれば、映画時代最末期に藤田まこと主演の「てなもんや三度笠」シリーズ、「大笑い殿さま道中」で数多くのコメディアンが出演した内出映画の先駆をなす映画といえる、でおますかいな。
 ま、そう大袈裟なことではおませんけどね。


 この作品には里見若君の家老に柳家金語楼、若君の身代わりになる家臣に茶川一郎、若君に付き添う家臣に星十郎と立原博、姫君付きのじいに渡辺篤などお馴染みの面々が出とりますが、そんな中で注目したのが若君の反対勢力から若君の命を狙うことを頼まれたトボけた浪人たちでおます。

 オーバーアクション気味の石井均を筆頭に、この浪人たちに扮していたのが財津一郎、伊東四朗、戸塚睦夫でおます。
 財津一郎(当時の名前は財津肇)は、数年後、テレビの「てなもんや三度笠」のちょっとおかしい浪人役で大ブレイクしますな。
 ユンケルおじさんの伊東四朗は、既にこのころから出ていたのでおますな。当時は伊藤証と名乗っていたようで、ほとんどセリフのなかった戸塚睦夫と慣れない時代劇で頑張ってはりますが、この2人が三波伸介とともに「てんぷくトリオ」を結成するのは、このすぐ後でおますんやろね。
 目鼻をしきりにゆがませて笑わせようとする、今から見れば少しもおかしくない金語楼をはじめ、てだれのコメディアンたちに混じって、こういう新たなお笑いタレントが台頭してきていたんですな。

 桜町姫君に付き添うのは渡辺篤のほか、赤木春恵でおます。
 この3人、この年、加藤泰監督の「怪談お岩の亡霊」でも、お袖、宅悦、宅悦の女房で地獄宿の女将にそれぞれ扮して共演しとります。
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

最近はこんなんです^^
ゲストのひと言
テーマ紹介
FC2カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

在庫の記事