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2011-06-19

ひさしぶりの任侠映画日和で

浅草の侠客110617


 先日、東映の岡田茂名誉会長が亡くならはりましたが、新聞やテレビ、ネットの経歴紹介で東映任侠映画路線の立役者みたいに紹介されてました。いやはや、時世時節は変ろうとままよ、でおますな。
 東映発足当初から名物プロデュサー・マキノ光雄のもとでプロデューサー稼業まっしぐら、東映時代劇が衰退を迎えると、それまでの大看板スターであった片岡千恵蔵や市川右太衛門に幕引きへの引導を渡し、東西撮影所の合理化を推進した立役者ではおますが、任侠映画路線推進の主役では決しておませんで。それもいうなら、1968年ごろから始まり、世の常識家たちから大ブーイングが起こったピンク・エログロ路線の立役者ではおませんかいな。

 てなことで、ひさしぶりに東映任侠映画を観てきました。
 村田英雄主演、佐伯清監督の「浅草の侠客」(1963年、東映東京)と高倉健主演、山下耕作監督の「日本任侠道 激突篇」(1975年、東映京都)の2本立てでおます。
 片や、任侠映画初期の作品、片や、任侠映画最末期の作品で、両極端を走っとります。

 駆け付けた劇場は、大阪・新世界のいつもの、この手の映画を専門に掛けている映画館でおます。
 東映任侠映画で以前観たことがある作品は今はもう滅多に観ることもなく、とはいっても、まだ観たことがない作品が掛かっていたりすると、ちょこっと足を向けたりしとります。この映画館を訪れるのは3カ月ぶりのことでおました。
 観たことがなかった作品は「浅草の侠客」のほうで、モノクロのどうっていうことのない映画でおましたが、当時を調べてみるとチンピラの内田良平がやくざの大組織を相手にケンカを挑む深作欣二監督の傑作「ギャング同盟」との2本立てで封切られております。こっちもモノクロ作品で、強力な大スターが主役の映画でもなかったので、どっちがメーンだったんでしょうね。

 さて、元やくざの演歌師、村田英雄が女2人(宮園純子、藤田佳子)に惚れられるモテ男さんに扮した「浅草の侠客」の時代は大正中期、舞台が東京・浅草で、そのころの浅草なら当時、一世を風靡した浅草オペラが当然出てきます。
 「オペラ指導 田谷力三」とクレジットされているので本格的なんでしょうね。
 わけあって名古屋から逃げてきた青年、千葉真一がオペラの一座の裏方として拾われ、やがて座長(黒岩三代子)に舞台俳優として抜擢されるようになり、チバちゃん「ベアトリーねえちゃん~」なんぞと歌っております。歌声は吹き替えっぽいんですけどね。そのチバちゃんに惚れられる一座の踊り子、宮園純子も、「カルメン」のバックダンサーとして踊っとります。

 現在よりも、もっと大正時代が近かったころに製作された映画であり、まだ浅草オペラを現実に知っていた人も多く存命していたころでおますから、ほぼ忠実に再現されていたのかどうかは知りまへんが、「ああ、あんな感じやったんやな」と、その空気をうかがい知ることのできる映画でおます。

 併映の「日本任侠道 激突篇」とは封切以来の再会でおました。しかし、やっぱり、当時と同様、つまんねぇーでおます。
 監督が山下耕作、主演が高倉健という当時の最強コンビで、正月映画第2弾として封切られたのでおますが、いかんせん、任侠映画の潮の流れは失速の時代で、作品的には抜け殻状態でおます。
 横内正のナレーションで、一家名乗りをしているやくざの日々の生活、しきたりなどが逐一解説され、当時は「教科書映画かいな」と思ったものでおます。やくざの生活を知りたい向きにはええデキストかも、ですね。
 正月映画らしく、北大路欣也、藤山寛美、渡瀬恒彦、宍戸錠などにぎやかな顔ぶれを揃えているのはいいけれど、みんな顔見世で、本筋のストーリーに絡んどりません。宍戸錠に至っては、ほとんどセリフもない殺し屋で、弟の郷瑛治(ちあみなおみのダンナさん)ともどもチラッと出てきて健サンにあっさり殺されとります。
 健サンは翌年の「君よ憤怒の河を渉れ」(監督・佐藤純弥)以降、堅気に戻っていかはったんですね。
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