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2011-03-06

京都観光案内―日本映画の父祖を訪ねる

等持院内マキノ像110304


 昨年の春以来、ほぼ1年ぶりの京都観光案内でおます。
 今回は「日本映画の父祖を訪ねる」をテーマに、まだ春の気配は浅い京都市北区から右京区のあちこちを歩いてきました。前回は京都市内を車で横断したのでおますが、今回は文字通り、テクテクと自分の足を使って歩き回ってきたのでおます。
 この日は午前、午後、それに夕方からと全く関連性のない用件で動き回った1日で、京都あちこち歩きは午後の部でおましたが、夕方から別件で場所移動しなければならなかったため、午後はちょっと気ぜわしいような時間で、それでも日本映画界の先達4人の現在眠る場所を訪れ、同時に戻り寒波の小雪がちらつく王城の地の風情も楽しんできたのでおます。


 本格的に意識して京都に足を踏み入れた季節がある大学を受験するための2月初頭で、その時、横殴りのような降雪に見舞われたせいか、その後、河原町三条を目指して2度目に京都を訪れた時も1月末の底冷えのする寒さが厳しいころだったせいか、温暖な春や秋よりも寒い季節の京都のほうに馴染みがおます。
 小雪舞う京の町って、そらぁよろしおまっせ。

 同行したのは昨年同様、大学時代を京都で過ごし、京都事情に詳しいお友達さんでおます。
 あっちや、こっちやと牛に曳かれて善光寺参りやおませんが、導かれるままに四条烏丸からバスに乗り、最初に向かったところが等持院でおました。
 最寄りのバス停から途中、バイクと自転車が衝突してパトカーや救急車が出動するという交通事故の現場を横目に見ながら歩き、コンビニの横手にある路地をトコトコと数分、立命館大学と隣接して建っている大きなお寺が等持院でおます。


 等持院には日本映画の父といわれているマキノ省三と、その長男のマキノ雅弘の墓所がおます。
 まずは日本の劇映画の礎を固めた偉人に敬意を表して等持院を訪ねたわけでおますが、山門をくぐって境内に足を踏み入れ、やがて見えてくるのが画像にあるマキノ省三の銅像でおます。
 画像に見られるように一際高い台座に立ち、まるで等持院の山門を通り抜けてくる墓参の人や観光客を迎えているようでもあり、しかし、このマキノ省三は銅像が建立されて40数年来、何を見続けているのでおますのか?

 マキノ親子の墓所は、この銅像の後方、生け垣の向こう側におます。
 牧野家先祖代々の墓碑とは別に、その墓碑の左側に省三・為(通称・知世子)夫妻の墓があり、さらに左側に雅弘(墓石名は雅広)の墓が並び、親子ともども、この世での活動を終えて静かに眠っています。

 聞き語り自叙伝「映画渡世」の最後に「まだ足りぬ 映えて画いて あの世まで」と記しているマキノ雅弘は、ボクが最も早く名前を覚えた映画監督群の一人であり、その監督作品は子どものころからなじんでいたものでおます。「一スジ 二ヌケ 三動作」で有名な父親のマキノ省三は1929(昭和4)年に亡くなっているため、その現役時代はもちろんリアルタイムでは知る由もおません。
 マキノ省三の名前を知ったのは、高校生のころではなかったかと思います。そのころから映画史に関する書物を読み始めており、そんな中に登場するおじちゃんだったのでしょう。

 マキノ省三で最も思い出深いのは、そのころ(1968年)に毎日放送系で放映されたテレビ映画「カツドウ屋一代」でおます。
 この年4月からテレビ界は本格的にカラー放送の時代を迎えておりましたが、「カツドウ屋一代」はモノクロ作品で、まだ「活動写真」と呼ばれ、単なる動く絵として見世物に過ぎなかった映画を次世代の大衆娯楽として目をつけたマキノ省三の生涯を描いた一代記でおます。
 孫に当たる長門裕之が当時主宰していた個人プロダクション・人間プロとマキノ史には必ず名前が登場する松本常保の日本電映が共同製作に当たり、クレジットタイトルには監修・マキノ雅弘、企画・水の江滝子と名前を連ねております。

 京都市上京区千本で母親とともに芝居小屋を経営していたマキノ省三がのちに夫人となる知世子と出会い、また、活動写真に遭遇して魅せられていく青年時代から説き起こし、丹精を込めて製作した映画「実録忠臣蔵」のフィルムを自宅で編集中、フィルムが発火して大部分を焼失させ、やがて、失意のうちに亡くなるまでを描いており、最終回の最後にはマキノ省三の葬儀を伝える実写フィルムも添えられております。

 マキノ省三に長門裕之、知世子に南田洋子が扮しているほか、津川雅彦が演じたマキノ雅弘以下、省三の両親、家族はもちろん、横田栄之助、山上伊太郎や寿々喜多呂九平、尾上松之助、市川姉蔵、門田東鬼蔵(後の月形龍之介)、阪東妻三郎、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、山中貞雄などマキノに関係した映画人がほとんど実名で登場するという、今では考えられないとんでもない作品でおました。

 今観ることができたら、もっと面白く観ることができるはずでおますが、放映用フィルムやネガはどこでどうしているのか、いまだCS放送でも出番がおません。
 
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午前、午後、夕方と全く関連がない訳ではおまへんがなぁ。まあそれはさておき、もう一度なるせに行きたかったどすな。今度は行きましょう。鳥の足を食いにね。

引越しに疲れ果てた友人さんへ

先日は、どうもお疲れさんどした。
確かに、もう一度、なるせという案もおしたな。今度、機会があったら行きまひょ。ただし、鳥なんぞ喰うのは、あんさんどっせ。
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