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2006-04-07

24)男の脱出劇「博奕打ち いのち札」

いのち札(縮小)110106


 脚本・笠原和夫、監督・山下耕作による1971年の「博奕打ち いのち札」は任侠映画の愛の名作と謳われた作品です。
 この映画では、従来のような単に切った張ったのやくざのストーリーに重点は置かれていません。かつて愛したおんなを組織のシンボルとして仰がなければならない男と、極道の妻(おんな)になりきれず苦しむおんなの葛藤のドラマです。
 時代は任侠映画の爛熟期を迎えていました。もう、ここまで来るとやるべきことは皆やってしまったという感慨もあったのでしょうか、笠原和夫・山下耕作のコンビは、この作品の前には高倉健主演の「日本侠客伝」シリーズの一環で「昇り龍」という作品で大メロドラマを展開しています。また、すぐあとには、わがご贔屓の藤純子を主演に得て「女渡世人 おたの申します」では自分たちがこれまで主人公にしてきた「やくざ」を地獄の世界に突き落としています。
 笠原和夫と山下耕作は任侠映画で育った名コンビで、三島由紀夫が絶賛した1968年の「博奕打ち 総長賭博」は広く映画ファンに知られています。(写真提供=東映)


 「博奕打ち いのち札」の主演は鶴田浩二、相手役は当時、安田道代と名乗っていた大楠道代。友人に聞いた話ですが、その友人の知り合いがかつて、この作品を観に行った時、上映中、クスクス笑っている女性がいたので明るくなってから見てみると、それがヒロインを演じていた大楠道代だったということです。
 男とおんなは冬の新潟・直江津で知り合います。男は清次郎という東京のやくざですが、おんなに身分を明かしません。東京のやくざがなぜ新潟にいたのか、そのあたりの説明はありません。おんなは静江という旅回りの役者で、一座の座長です。
 その男とおんなが一夜をともにするのは自然の流れです。かすかに佐渡おけさが流れる中で男はおんなを抱きしめ、一年後、再会して夫婦になろうと約束し、おんなと別れます。おんなは座長であるため、すぐに自由になれない事情があったためです。
 こののち、男とおんなはやくざ組織の代貸、親分(水島道太郎)の妻という立場で再会することになります。そこから笠原和夫お得意のギリシャ悲劇のような葛藤劇の幕が上がります。山下耕作は淡々と、しかし、冷徹に男とおおんなの心の動きを煮詰めてゆきます。 
 親分の死、その親分の兄弟分で男には叔父貴にあたる男(内田朝雄)の画策、叔父貴に踊らされる男の兄弟分(若山富三郎)の動きなどが絡み合ってドラマは進みますが、あらすじの紹介は省略します。
 男とおんなは、男の方の一方的な事情で別れるのですが、決して憎み合って別れたわけではありません。だから、再会後も男とおんなの気持ちは交錯します。しかも、もはや、単なる男女の立場ではなく、組織内の人間と、その組織の代表(おんなは夫の死後、組織維持のために代表になります)という関係だけに余計に男の建前とおんなの本音とがせめぎあいます。
 本音を押し殺して建前に生きようとする男の姿勢に耐え切れなくなったおんなは男の前から姿を消し、死のうとします。男は思い出の地・直江津でおんなを見つけます。 
 雪に閉ざされた浜辺で「逃げて、あたしと!」と訴えるおんなに対し、男は説得を続けるだけで、おんなの想いを受け入れようとはしません。やがて、おんなは男に「清さんの言うような女になります。でも、あなたがそうさせるのよ」と言います。おんなは決して納得したわけではありません。本音でしか生きられないおんなの正直な気持ちです。
 愛する男と他人の関係を強いられ、苦しんでいたおんなは、やがて再生の時を迎えます。ふたりがかつて男女の関係にあったことが周囲に知れ、男は組織を出ていくことになります。
 その時、おんなは「あたし、やっと心の決まりがついたんです・・・岩井の代紋はあたしがきっと守ってみせます」と宣言して男を送り出します。おんなは、立派に前向きな人間として生まれ変わったのです。
 それまで建前だけで生きてきた男も、やがて本音全開の時を迎えます。それがラストシーンですね。
 このラストシーン、有名ですよね。通常なら、仁侠映画のラストシーンですから並み居る男たちを切り倒していくところですが、この作品ではそうはなりません。異次元の空間にぶっ飛びます。
 男はまず、やくざにとっては重要な神棚に一撃を加えます。そして半死状態にあるおんなを抱きかかえて向き直り、言い放ちます。
 「静さん、ここから出ていくんだ! こんな渡世から出ていくんだ!」
 木下忠司作曲のテーマ音楽が流れ始めます。スローモーションの画面の中で白布を張り詰めた盆茣蓙の両脇に血が溢れ返ります。ドスを構えた男たちが群がります。そんな中、舞台の花道のような白い盆茣蓙の上を男はおんなを抱きかかえ、男たちを蹴散らしながら進んでいくうちに幕となります。
 我慢の限界を越えた男の本音爆発のラストですが、果たして男は無事に脱出することができたのでしょうか。
 振り返って今考えてみると、男の叫びは任侠映画を作り続けてきた笠原和夫や山下耕作の叫びだったのかもしれません。神棚に一撃を加えさせたということが象徴的です。
 この映画から数年後、ふたりはコンビを解消し、笠原和夫はやくざの世界を描く映画から離脱します。一方の山下耕作はなおとどまり、実録やくざ映画を経て1986年から始まった「極道の妻たち」シリーズにもタッチし、自分の世界を追い求めていきました。
 
 
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お互い、大変ですな

お互い、真昼間からブログのアップはきついですなぁ。とりあえず、私は来週から出稼ぎに参りますので、長文とアップの頻度が減るかと思いますが…。
ちなみに、面白いHRを発見しました。
http://www.e-nara.co.jp/index.html
ここも大変のようですな。

ちなみに、写真提供が東映となっていますが、何かクレームでも入ったのでしょうか?

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