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2011-02-01

にゅーわーるど in OSAKA

新世界110202


 久しぶりに大阪・新世界で映画を観てきました。昨年8月以来でおます。
 ずっと以前にも記したことがありますが、ここの映画街に昔からよく行っている小屋がおます。
 この繁華街の戦前戦後の全盛期はいざ知らず、ボクがよく行くようになったころ、まだ5軒ほどの映画館があったのが幾星霜、世の中の経済効率化の荒波には打ち勝てず、現在ではピンク映画をのぞけば、日本映画1館、外国映画2館となっております。とはいえ、外国映画専門館のほうは何やら怪しの雰囲気漂う社交場のようになっているみたいなので昔から近づいたことはおません。

 残る日本映画館のほうも、かつては1つの建物の中に一般映画2館、ピンク映画1館を擁する「娯楽の殿堂」でおましたが、観客動員の激減かフィルムレンタル料の高騰か、はたまた劇場維持費の肥大化なのかどうか、現在では日本映画1館となり、ピンク映画館とケンを競い合っております。
 今、その日本映画館では主に東映と松竹の古い映画が1週間交替の2本立でかけられております。かつては、この界隈でほかの映画会社の映画も上映されておりましたが、現在は東宝、大映、日活の映画を観ることはできません。新世界とは隣同士にある旧名・飛田という地区にある映画館では、まだ5社の映画(時には新東宝を加えた6社)が入り混じって観られるようでおますが…。

 さて、久しぶりにかの地で観た映画は東映の旧作2本立で、1961年の中村錦之助主演「東海一の若親分」と1969年の高倉健主演「昭和残侠伝 唐獅子仁義」でおます。錦ちゃん、健サンやからやおませんが、どちらも縁の深いマキノ雅弘監督作品でおます。
 片や50年前、片や41年前の映画で、この映画館には「昭和」が滔々と生きておるのでおますな。

東海一の若親分110202

 
唐獅子仁義110202


 「東海一の若親分」は、これまでテレビ放映でしか観たことがなく、劇場で観るのは初めてでおます。
 前年の1960年の「若き日の次郎長 東海の顔役」(監督・マキノ雅弘)に続くシリーズ第2弾で、それまで「任侠清水港」(1957年、監督・松田定次)や「清水港の名物男 遠州森の石松」(1958年、監督・マキノ雅弘)、あるいは「森の石松鬼より恐い」(1960年、監督・沢島忠)で森の石松を演じた錦之助が石松の親分、清水の次郎長を初めて演じたシリーズでおます。
 
 余談ながら、第3弾で最終作の1962年早々の「若き日の次郎長 東海道のつむじ風」(監督・マキノ雅弘)も第1弾同様、サブタイトルが付いていますが、第2弾の「東海一の若親分」はサブタイトルなしでおます。なんでか知りまへん。第1弾の「東海の顔役」が意外にも好評で、慌ててシリーズ化をもくろんだ会社がサブタイトルを付け忘れたんでおますやろか?
 劇場に張られたポスターは、半世紀も昔のため「東海一の若親分」のポスターがなかったのか、「東海道のつむじ風」をカラーコピーしたポスターのタイトル部分に「東海一の若親分」の文字を書いた紙片が張り付けられ、サブタイトルのほうはまんまでおました。
 この劇場は、かつて宣材室が雨漏りし、膨大なポスターをおシャカにしてしまったため、どこからかポスターを借りてきて、それをカラーコピーして使用してはります。

 「昭和残侠伝 唐獅子仁義」のほうは、これまでにも何度か劇場で観ているため、まぁ、その時の気分次第でっていうことでおましたが、久しぶりということと先を急ぐ用事もなかったので、きっちり観てきました。
 ところが、今さら言っても詮ないことでおますが、この劇場でもしばしば起こるフィルムアクシデントに遭遇でおます。
 鶴田浩二のヒット曲「傷だらけの人生」を3番まで聞かせてもらって休憩時間が終わり、ブザーとともに場内が暗くなり、スクリーンを覆うカーテンが左右に開いて、さぁ始まりで、お馴染み岩に波が打ち寄せる東映の三角マークの後、「昭和の初めごろ」とタイトルが出た直後、画面は真っ白に…。
 フィルムのコマをつなぐ糊か接着剤が古かったのか、フィルムが切れたんですな。

 もともと、ここで上映される映画は古いから、こういうアクシデントは驚くに値しまへん。古いといっても新作映画として封切られた当時のフィルムを使っているわけではなく、いつごろニュープリントとして焼き直されたのかは知りまへんが、なにしろ、東京・大阪を中心にあちこちで使い回されているだろう、たった1本の上映用フィルムのことでおます。カラーなのに褪色しているのは当然、映写機の熱い電燈の前を何度も通っていますから、フィルムの傷や雨降り、コマ飛び、なんでもござれでおます。

 その例にもれず、この映画のフィルムもそんな調子でおましたが、フィルムが切れてしまうと、ちょっとの間、観客は待たされます。まぁ、「待つ女」をよく描いたマキノ雅弘監督の映画で観客も待たされてしまったとは、下手な冗談にもなりまへん。
 フィルムの点検はしているはずだろうし、その日2回目の上映で、多分、1回目は切れることはなかったと思われます。
 通常なら、すぐに上映再開になるのでおますが、映写技師さん焦ったんでおますのか、それとも居直ったんでおますのか、場内は再び明るくなり、スクリーンのカーテンも再び閉じてしまいました。そして、また鶴田さんの「傷だらけの人生」が流れ、流れて、次の「どうせ一度は~」と股旅歌謡が始まりました。これも歌うは鶴田さんでおます。それも3番まで聞かせてもらい、3曲目の「勘太郎月夜唄」突入でおます。鶴田さん、待たされる観客を慰めようと頑張ってくれます。
 これも3番まで歌うのか…と思っていたら、2番目の途中でようやく無事、上映再開となりました。

 にしても、最近の新世界のお客さん、おとなしゅうおます。かつてなら、せっかく映画の世界に浸ろうとしていた矢先、こういうことがおますと、たちまち「こらぁぁ!」とか「おーい、どうしたんや!」とか「まだかぁ~。はよせえよ!」とか、怒号、ブーイングの雨あられでおます。あちこちで舌打ちが聞こえ、必死でフィルムケアしているであろう映写技師さんが思いやられたものでおます。

 久しぶりに観た「昭和残侠伝 唐獅子仁義」、主役の高倉健の相方を務める池部良さん、昨年あっちの世界に行かれましたが、あの年代が醸し出す酸いも甘いもかみ分けた渋い男の色気満載でおました。殴り込みで一緒に歩く健さんが少年に見えてしまうくらいでおます。かつて観た時には、そういうことは感じなかったのでおますが、時を経て再び観ると感慨もまた別のものになるのでおますな。

 フィルムアクシデントがあったものの、無事に観終えたと思いきや、この映画、ラストのラスト、フィルムが失われたのか、「終」の文字が出ることなく終わってしまいました。
 初め悪けりゃ、最後も悪い因果なのか、こっちのほうこそ「こらぁぁぁ!!!」なのでおました。
 
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次郎長と小天狗 殴り込み甲州路

先週、同じ二本立てを観ましたが、『唐獅子仁義』は、半ばあたりの健さんの喧嘩シーンがありませんでしたね。突然、健さんが何の脈絡もなく志村喬に破門を言われましたが、その理由の部分が欠落していたと思われます。

ちなみに私は観ていませんが、『若き日の次郎長』シリーズは全3作ではなく、『次郎長と小天狗 殴り込み甲州路』を加えて全4作では?

柿を…友人さんへ

確かに抜けてましたね。
次郎長と小天狗は村上元三原作の「喧嘩笠」のリメイクなんですよ。ストーリーも役者もよく似てるんですが、一応若き日の次郎長は小野竜之助とマキノのオリジナルなので別物です。
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