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2010-09-02

チャンバラ列伝のサムライたちは若かった

神戸の喫茶店2


 先月最後の日曜日、新進ライターのヤノさん運転の車に便乗し、神戸へ行ってきました。
 その一週間前の日曜にも神戸へ行き、2週続けて神戸詣では珍しおます。その時は三宮まででおましたが、今回は三宮からさらに西の長田でおます。

 長田といえば15年前の阪神・淡路大地震の時、神戸市内でも最も災禍が大きかった地区の1つで、今は復興を遂げて甦っております。
 その復興したまちの一角に建つ商業ビルの2階。そこに「神戸映画資料館」がおます。この商業ビルはわかりやすく言えば、例の鉄人28号の巨大モニュメントのすぐ近くにあり、今回の目的地は神戸映画資料館でおます。

 神戸映画資料館より、大阪のプラネット映画資料館のほうをご存じの人も多いと思いますが、その神戸版でおます。館長の安井さんは加藤泰研究家としても知られており、ボクも20数年前、加藤泰映画のパンフレットを自費出版した折、スチール写真の提供で協力してもらったことがあり、今から2年前、ボクにとっては加藤泰幻の映画だった「ザ・鬼太鼓座」上映で初めて神戸映画資料館を訪れた時、安井さんとは実に20数年ぶりの邂逅でおました。

 さて、今回は加藤泰映画ではおません。
 「竹中労の仕事パート1 まぼろしの『大殺陣 にっぽん剣優列伝』発掘と『日本映画縦断』再考」と、いやに長ったらしいタイトルの催しのためでおます。
 


 
 およそ20年前に急逝した竹中労といえば、異端のルポライターとして知られ、それ以上にトラブルメーカーとしても名高い人でおます。
 その竹中労が1970年代前半、映画雑誌のキネマ旬報に日本映画の歴史を底辺から探っていこうと、当時、まだ存命で、大正時代から昭和初期の映画事情に詳しい監督や俳優などの映画関係者から聞き書きするインタビュー記事を連載していました。
 それが「日本映画縦断」でおます。
 
 ところが、キネマ旬報の編集方針との相違、有名な白井佳夫編集長解任劇などに関連して、連載は縦断ではなく中断。以後、続きは連載の形で日の目を見ることなく、著者の急逝を迎えています。
 そのころ、竹中労は「日本映画縦断」を単行本としてまとめて3冊出版したり、関連図書として「聞書アラカン一代 鞍馬天狗のおじさんは」を出版する一方、「夢野京太郎」名義でシナリオや記録映画にも携わっています。

 その1つが、今回の催しで上映された「大殺陣 にっぽん剣優列伝」でおます。
 戦前のサイレント時代からトーキー突入時代にかけて製作されたチャンバラ映画の、白眉ともいうべきチャンバラシーンのさわりを集めた記録映画でおます。
 この記録映画は、マキノ正博監督の1928(昭和3)年の「浪人街」を1990(平成2)年、黒木和雄監督でリメイクした「浪人街」(監修・マキノ雅裕、脚本・笠原和夫)の宣伝映画の意味合いもあったそうでおます。「浪人街」再映画化は、竹中労の長年温めていた企画で、だからこそ、チャンバラの面白さ、すごさを見せ場とした記録映画を製作したというのも分かりますな。

 ところが、完成した「浪人街」の製作関係者の中に竹中労の名前は見当たりまへん。トラぶったんでおますな。製作意図、製作費などの諸問題でもめにもめ、それまで仲のよかった日本映画界の長老、マキノ雅裕とも袂を分かつことになります。この人、京都府が全面支援した1968(昭和43)年の「祇園祭」でも企画者として参画したものの、やはり、トラブルで伊藤大輔監督らとともに身をひいております。

 真相はどうであったのか、本人も監督も監修者も脚本家も皆、あちらの世界に引っ越してしまったので、わかりません。
 ただ、この催しで同じように上映された8ミリの記録映像「山上伊太郎ノート」の中で、ちらっと竹中労はマキノ雅裕から「お前、カネを使い込んだんやろ」と心外なことを言われたと述べています。
 それは戦前の映画「浪人街」の脚本を担当した山上伊太郎(1945年没)の33回忌に参集した人たちの前で挨拶に立った彼がほんの少しだけ触れている部分でおました。
 どちらにしても、片方の見解を聞いただけでは何も断ずることはできませんね。

 筆のすさびならぬ、指先のすさびで、この項には「大殺陣 にっぽん剣優列伝」に登場しているチャンバラスターたちのことを記そうとしたのですが、意外な方向に指先は動いてしまいました。
 尾上松之助をはじめ、大河内傳次郎、阪東妻三郎、片岡千恵蔵、市川右太衛門、月形龍之介、嵐長三郎(のちの嵐寛寿郎)、市川百々之助、林長二郎(のちの長谷川一夫)、などなど、登場したお歴々、尾上松之助を除き、まだ20歳代の青年ばっか。
 でも、ボクが映画を観るようになったころ、この青年たちは皆、50~60歳代のおっちゃんになっておりました(阪妻は早世したのでリアルタイムでは知りまへん)。そして、21世紀の今日、彼らは全員、この世からオサラバしております^^
 
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同じ経験をした事が、あります

昔の映画を見て思う事は、今のオジサン、オバサンが若いという事です(当り前ですが)。生きている方でいえば、加山雄三も小林旭も、浅丘ルリ子も、(高倉)健さんも・・・・・・何か正直、往年のスターさんは、早死の人が多いですね。五十代で死んでいる方が多いような・・・・。確か、裕次郎は享年五十二歳でしたっけ。

名無しのごんべえさんへ

久々のご訪問、ありがとうございます。
雷蔵30歳代、橋蔵、50歳代、錦之介(ほんとは錦之助と書きたい)、勝新ともに60歳代、それに裕次郎もひばりも50歳代、戦後の昭和を駆け抜けたように若いスターたちは早世してますね、老境に至る前に、まるで申し合わせたように。頑張りすぎたのかな? 頑張らざるを得なかったのかな?
それに比べれば、剣優列伝に登場したスターたちは青年時代から壮年時代を迎え、やがて老境に達して足跡を残した人ばかりでした。頑強な肉体で頑張ったんでしょうね。
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