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2006-03-30

21)強き者、そも汝は「湖の琴」

 それにしても、世の女性は強い生き物でございますなぁー。
 つい先日も一緒に仕事をしたことがある20代半ばの女の子が、やはり、これも一緒に仕事をしていた離婚歴のある男と一年も前から同棲していたことを知りまして、マジメな勤務態度に加え、触れなば折れんという風情の女の子ですので、そんな素振りを微塵も感じさせなかった女の子に対し、彼女を知る者一同、驚愕するやら、ショックを受けるやら・・・。
 ボクは何も彼女に対して下心があったわけではないので「ほほー、OOちゃんもやるなぁー」と驚きを隠せなかっただけですが、強き者、そも汝は女なり、昔からよく言われていることでございますなぁー。
 ということで、今回は水上勉文学を映画化した1966年度の「湖の琴」のお話を。主演は佐久間良子、監督は田坂具隆、脚本はつい先ごろ、あちらの世界に引っ越された鈴木尚之です。
 



 佐久間良子、田坂具隆、鈴木尚之とくれば1963年の映画「五番町夕霧樓」が有名ですね。やはり、これも水上勉の小説を映画化したものです。佐久間良子は同じ年に、この作品と横浜・本牧の娼婦おとよを演じた沢島忠監督の「人生劇場 飛車角」で、それまでのお嬢さん女優から一枚タイトルのスター女優への道を歩み始めます。
 「湖の琴」は一見、悲恋ドラマです。しかし、果たしてヒロイン・さくは悲恋に泣いていただけの女なのか、そこがボクの疑問なのであります。

 時は昭和初期。さくは滋賀県の湖北、余呉湖(「よごこ」と呼んでもいいですが、ここは「よごのうみ」と呼びましょう)の近くで養蚕業を営む家に勤める糸取り女です。同じ職場で働く職人の宇吉(中村加津雄=現・嘉葎雄)という恋人がいます。その宇吉が兵役で職場を留守にしている間に、さくは愛人(山岡久乃)を伴って京都から見学に訪れた三味線の師匠・桐屋紋左衛門(二代目中村鴈治郎)に見初められ、内弟子に望まれます。愛人を伴っているくらいですから、この師匠、色の道には長けています。
 さくは宇吉が兵役から戻ってきたら結婚の約束をしていますが、そこは田舎の女の子です。都会の生活に憧れる面も持っています。思わぬことで都会=京都へ出るチャンスに恵まれたことを単純に喜ぶさくは宇吉とのことを心にかけながらも内弟子生活をスタートさせます。

 そして、お約束? の出来事が起こってしまいます。
 初対面の時から、美人のさくに心を奪われていた師匠の紋左衛門は、さくに都会の水に馴染ませて、さらに美を磨かせようと企んでいます。好色な老人の狡猾さですね。さくが宇吉と京都で会っていることを知って嫉妬に燃え狂います。内弟子であるさくは紋左衛門から師匠としての権限で宇吉との交際を禁じられたうえ、ある夜、さくは紋左衛門に無理やり抱かれてしまいます。
 ようやく、自分の欲望を遂げる時期を得た紋左衛門に対し、さくは「先生・・・塔が見てはります」とか弱く抵抗することしかできません。開け放たれた窓からは夜空に浮かんだ五重塔が見えています。

 ストーリーだけだと老人の内向しているギラギラとした欲望に無力な女が組み伏せられたような感じですが、この部分、映画では微妙なんですね。目の前に現れた紋左衛門に対して、さくはなんともいえない間を見せています。それは相手の欲望を知って誘い込もうとしている表情とまではいえないものの、強引に逃げれば逃げ切れたはずなのに、さくは逃げようとはしていません。といって自分にとって絶対的な存在である師匠には逆らえないという「あきらめ」の表情でもありません。

 原作では、このあたり、水上勉はさくを悲恋に泣くだけの女とは描いていません。紋左衛門から性的暴力を受けたさくに自己防衛の本能を働かせています。さくは「自分さえ黙っていれば分からないことなんだ」と自分自身に言い聞かせます。時代は現代ではありません。さくは、結婚相手に対して身の潔白なことを維持していなければならなかった昔の女です。
 自己防衛しなければならないほど、さくは弱い立場の女だったと言えなくもないですが、結局、さくはその自己欺瞞に耐え切れず、宇吉に理由を明かさないまま自死を遂げてしまいます。
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 最初の部分を読みましたが、めちゃくちゃ楽しそうな人間関係ですね!!

 田坂具隆という人は、今、なかなか観直す機会のない監督です。そろそろ「再評価」(←いやな言い方ですけど)で、次あたりにきそうですね。まとまった形で観れるといいですけど、それまではビデオで我慢します。

 今日、本屋で「名画座時代」という本をパラパラと立ち読みしていたら、京一会館の項目があった。前に通販生活に連載していたもので、特にどうってことはなかったけど、その末尾に支配人の引田海さんが亡くなったと書いてあった。少しショックだった。京一会館が無くなってから、18年経ったけど、この人はとうとう映画界に戻って来なかった。ある意味で京都の映画界の良い時代を語ることの出来る人だったと思う。
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