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2010-01-12

「あ丶忠臣蔵」を見落とし、ああああ・・・

 今、CSの時代劇専門チャンネルで月曜から金曜までの朝と夜、「あ丶忠臣蔵」が放送されてます。1969(昭和44)年4月から、その年の12月まで全39回の、関西テレビと東映京都が共同製作したテレビ映画でおます。

 ところが、これ、昨年の12月から放送されていたんですね。
 ボクはすっかり、そういう予定を見落としていました。
 なにげなく、番組表を見ていて放送されていることを知ったのが年末ギリギリの時でおました。
 思わず、「ギャ!」でございました^^

 当時、この放送枠で流れた「大奥」(68年)や「大坂城の女」(70~71年)、それに放送時間は変更になったけれど、同じシリーズの「徳川おんな絵巻」は既にCSで放送されているのに、この「あ丶忠臣蔵」だけはこれまで放送されていなかったのでおます。
 なんでかな? ネガをジャンクしてしもたんやろか? って思ってましたが、やっぱり、残ってたんですな^^

 それで早速観始めたのが、おかる勘平の後編「恋の道行き」からでおます。既に松の廊下の刃傷も、赤穂城明け渡しも終わっていて浅野家のご一党さん、苦難の最中のドラマが進行しておます。
 子どものころから大佛次郎原作の「赤穂浪士」をもとにした映画、テレビ、あるいは浄瑠璃の「仮名手本忠臣蔵」をもとにした「忠臣蔵」の映画、テレビ、果ては歌舞伎の通し狂言など数多く観てきてますが、その中でボクにとって一番印象深いのが、この「あ丶忠臣蔵」でおます。
 いわば、ボクの時代の「忠臣蔵」でおますやろか。

 よく、忠臣蔵ドラマの宣伝コピーに「日本人の血をたぎらせる・・・」とかなんとか、そんな文句がうたわれてますが、元浅野家の家臣たちによる老人殺害までのドラマを観ていても、ボクの血はたぎったことはおまへん。判官びいきのドラマツルギーであっても、そう涙したこともおません。

 じゃ、なんで数多く観てきてるのかといえば、いっぱい役者さんたちの顔を見ることができるからですな^^
 多くの忠臣蔵ドラマはオールスター作品として製作されていますから、だいたい似たりよったりの筋立てはそっちのけで、続々と登場する、その当時、活躍していたスターや脇役さんたちを眺めているだけでも鑑賞の価値はあるものでおます。

 この「あ丶忠臣蔵」も1969年当時、映画やテレビ、あるいは舞台で活躍し、今も現役の(中には現在、もうあっちの世界に引っ越してはる役者さんも数多くいてはりますが)役者さんたちがゾロゾロでおます。生
 物語は「仮名手本忠臣蔵」はもとより、史実、俗説、はたまた外国ネタの翻訳みたいな話も織り交ぜて、結束信二、高岩肇、西沢裕子といった脚本家が中心となって構成されています。
 監督は倉田準二、松村昌治、井沢雅彦など東映時代劇の中堅、若手だった人が担当してはります。

 大石内蔵之助は山村聡が演じています。当時、テレビのホームドラマで理想的なパパをよく演じていたおじさんですね。でも、この人、緊張した表情が要求される時でも、なんだか笑っているような顔が気にかかります。
 浅野内匠頭には松方弘樹。このころ、まだ頭を押さえる人が周囲にいたんですね、折り目正しく芝居してはります。勝手野放図な現在とはえらい違いでおます。
 憎まれ役の吉良上野介は山形勲さん。東映時代劇で長く悪役を演じていたから、後期高齢者になっていたこのころ、この憎まれ役は打ってつけでおました。
 
 堀部安兵衛は梅宮辰夫。第1回では、まだ中山安兵衛と名乗っていたころの高田の馬場の仇討ちも描かれていますが、確か、この作品が辰兄ィの時代劇への本格的な挑戦やったと記憶してます。
 その安兵衛を見込んで、わが娘の婿にとスカウトしまくる堀部弥兵衛に伴淳三郎。コメディーリリーフ的な仕草で最後まで付き合っています。
 大石さんの奥さんのりくは、木暮実千代。この人のりくは定番でおます。
 浅野さんの奥さん阿久里には高田美和。未亡人になって眉を落とした装いが色っぽい後家さんになっています。
 大石さんの長男の主税には三田明。その昔、「美し~い、じゅう~だい、ああ、じゅううだい~」と青春歌謡のアイドルやった人ですね。

 「わたしゃ駕籠で揺られて行くわいな~」のおかるは美空ひばり。前編、後編2回シリーズの特別ゲストでおます。
 相方の勘平さんは今、水戸黄門の里見浩太朗(当時は浩太郎)で、映画の時と同様、ひばりちゃんの相手役です。

 そのほか、ここでは書ききれないほどの役者さんが出ていますが、唯一、残念だったのは、この時代劇枠のレギュラーだった藤純子が、この作品に限って登場していまいことでおます。
 当初の予定には出演が組まれていたみたですが、純子さん、当時は「緋牡丹博徒」シリーズが大当たりしており、それ以外にも映画、テレビ、舞台の大忙し女優でおましたから、出演は見送られたのでおますやろね。
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No title

お久しぶりです。

CSまではなかなか時間が割けませんが、実に面白そう。昨年末には、時代劇チャンネルの枠で、「人情紙風船」のリメイクドラマをやっていましたが、結局、録画したまま放りっぱなしです。そのほかにも、マキノ関連でいろいろとやっていたみたいで…。

マキノといえば、神戸で連続上映をやっていまして、梅田の「江戸の悪太郎」を見逃した私は、これは行けねばばらぬと駆けつけましたよ。朝早く起きて。モノは「阿波の踊り子」と「ハナコサン」。当時としては、実に欧米的で「ケシカラン」ですな(笑)。私は、当時のマキノ映画にディズニーのアニメの影響を感じているのですが、これを指摘している人は皆無です。まあ、両方を均等に観ている人がいないということでしょうが、例えば「野戦音楽隊」には、「ファンタジア」そっくりのカットがあったり、今回の「阿波の踊り子」のモブシーンとか「ハナコサン」のミュージカルなんて、実にディズニー的です。

さあ、明日は伊藤大輔の「徳川家康」を見ようかしら。

件の友人さんへ

久しぶりのご訪問、ありがとうございます。
神戸のマキノ雅弘特集、頑張って行ってはるんですね。
以前より神戸までは電車でグーンと行きやすくなったのですが、なかなか時間を割けそうにないですね。
梅田ブルクもおぼつかないですよ。

今年も、このブログよろしくです^^

忠臣蔵との出会いは

この、あ 忠臣蔵でした。当時わたしは9才でした。番組の冒頭の桜の花と刀のシーンが好きでした。たしか、ナレーションは石坂浩二氏だったような気がします。
ウルトラマンのナレーションで聞き覚えがあったからですがね!

最高の作品でしたね、オールキャストであったような思い出があります。
ただ、小林平八郎の役者が少ししょぼかったのでは、清水一学は名和さんだったかな名前は思いだせませんが、東映のヤクザ映画によくでられてました。相対するは梅宮達郎さんでしたよね!討ち入りシーンは
おまり記憶がありませんが、畳替えと松の廊下のシーンはお覚えてます。
松方さん引っくりかえっていましたが、過去の作品のなかで一番のドタバタ松の廊下ではなかったでしょうか!
非常に懐かしく思いだされます。

今治の信ちゃん さんへ

 ご訪問ありがとうございます。
 「あゝ忠臣蔵」の本放送から既に42年も経っているんですね。

 ナレーションは石坂浩二でした。小林平八郎は戸田晧久です。新劇の人ですが、雷蔵の若親分映画によく出ていた人で、清水一学は名和宏です。

 松方さん、当初は安兵衛を希望していたらしいですが、松の廊下で「上野、待てぇ~」の声が確かにひっくり返ってますね。この人、またこの当時はきちんと芝居する人だったのに、その後、トシを経るに従い、芝居はおかしくなっちゃってますね。

 また、ご訪問ください。
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 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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