2009-06-07

男気に泣いた「河内山宗俊」

 少し前になりますが、山中貞雄監督を研究している年下の友人と、山中監督の遺作となった「人情紙風船」の話をしたことがあります。

 山中貞雄。少し日本映画をかじったことがある人なら誰でも知っている、1930年代前半を駆け抜けた,、いまなお天才映画監督といわれている人ですね。
 
 研究といっても、現在、ほぼ完全な形で山中貞雄の監督作品を観ようとすれば、「丹下左膳余話 百萬両の壺」(1935年、日活太秦)、「河内山宗俊」(1936年、日活太秦)、「人情紙風船」(1937年、PCL・前進座)の3本しかあらしません。自身の監督作品、あるいは他人の監督作品のために執筆した脚本なら、たくさん残っているんですけどね。

 「丹下左膳余話 百萬両の壺」は、それ以前の伊藤大輔監督の「大岡政談」映画で、主役となった「おめでたいぞよ、丹下左膳」の浪人さん(原作では主役じゃありません)のアンチテーゼ(古いね、表現が^^)として生まれた作品。
 「河内山宗俊」は歌舞伎ネタですね。でも、登場人物のキャラクターも、ストーリーも全然違います。
 「人情紙風船」も歌舞伎ネタですが、この作品を残して山中監督は日華事変(当時の表記)に出征し、
それっきりになってしまいました。

 この3本の映画のうち、ボクが最初に観たのは「河内山宗俊」でした。1980年のことです。
 今、DVDになって画質、音声ともデジタルで改良が加えられていますが、ボクが観た時は16ミリフィルムに残されたものでした。でも、画質はともかく、音声のほうは聞き取りづらかったのですが、この作品を観て最後に泣かされてしまいました。
 なぜ泣かされたか?
 ええトシこいたおっちゃん2人が、たった1人のきれいなねえちゃんのために命を賭けるからですね。

 この映画の面白さは、そこに尽きると思います。
 おっちゃんたちが、あまりにもねえちゃんに一生懸命になるんで、ヤキモチを焼く女も出てきます。2人のうちの1人のおっちゃんの愛人で、この女までが最後の最後、自分のイロに命を賭けるという女気(そういう言葉があれば)を見せてくれます。

 おっちゃんの1人は、お数寄屋坊主の河内山宗俊です。江戸城の茶坊主です。でも、そっちのほうの仕事は全然してなくて、愛人に居酒屋を開かせ、そこを根城に博打の胴元なんかしてます。
 演じているのは河原崎長十郎です。先年、あっちの世界に引っ越した河原崎長一郎のお父さんですね。愛人を演じているのは、お母さんの山岸しづ江さん(のちに河原崎しづ江に改名)。

 もう1人のおっちゃんは、浪人の金子市之丞。浪人ですから遊んでもいられないので、土地のやくざ一家の用心棒をし、縄張り内の神社の境内で開いている露店の商人からショバ代(ロイヤリティー)を取り立てたりしています。
 こちらは中村翫右衛門が演じています。キタの将軍さんにちょい似の中村梅之助のオヤジさん、というより、花がないわりにテレビで重宝されている中村梅雀のおじいさんです。
 
 この俳優さん2人はともに歌舞伎界出身で、門閥の生まれでないばかりに歌舞伎界を飛び出て歌舞伎だけでもない、現代演劇だけでもない新しい演劇集団・前進座を創設した盟友です。阪東妻三郎や片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、市川右太衛門、長谷川一夫など、同じく歌舞伎界でクサっていた若い俳優たちがこぞって当時の新しい演技媒体だった活動写真(映画)の世界に入ったのと時代は同じです。
 長十郎と翫右衛門は、やがて思想的見解の相違から袂をわかちますが、それはずっと、のちのことです。

 さて、市之丞がロイヤイティーを取り立てている露天商の中に、甘酒屋を開いているお浪ちゃんという妙齢のねえちゃんがおります。ほかの露天商からは厳しく取り立てるのに、このお浪ちゃんには、おっちゃん、デレデレです。「いいよ、いつでも」とか言って甘いこと、この上もありません。
 いつの世も、きれいな女性には男は弱いものでおます^^
 お浪ちゃんに扮しているのがデビュー仕立ての原節子でおます。当時、18歳とかで、後年、小津安二郎、成瀬巳喜男、黒澤明などの名だたる監督の作品に出ていたころの成熟ぶりは、当然ながら、まだまだおらしません。

 このお浪ちゃんを通じて、それまで未知の人間だった宗俊と市之丞に接点が生まれます。意気投合しちゃって、仲よく酒を酌み交わしたりします。

 2人が知り合ったというのも、お浪には不良少年している広太郎という弟(市川扇升)がおり、この弟が悪さをしたため、お浪は「とんだところで北村大膳」の侍(清川荘司)に大金の返済を迫られてしまいます。
 弟は三千歳という仲よしの遊女(高津慶子)の見受けのために金がいり、侍から小柄を失敬したんですね。弟を探すお浪は宗俊の賭場にも弟が出入りしていると聞き、訪ねて行って宗俊とも顔を合わせるのですが、弟の行方はわかりません。
 わからないのも道理で、宗俊とも懇意の弟はイキがって賭場では直次郎と名乗っているため、本名を知らない宗俊も、ほかの者もお浪が尋ねる弟と直次郎がイコールで結びつきません。

 この初めて宗俊がいる居酒屋をお浪が訪ねて行くシーンで、
 「広ちゃん、いません?」
と戸口に立った原節子のかわいさは、市之丞ならずとも・・・ですね^^
 
 こうしたいきさつから、やがて、日ごろ、目ざわりなやくざの親分、森田屋清蔵(阪東調右衛門)が絡んできて弟の不始末からお浪は身を売るハメになりますが、そこで立ち上がったのが宗俊、市之丞の2人のおっちゃんです。

 駕籠で連れ去られたお浪を救うため、金を持たせた直次郎に後を追わせるべく、押し寄せる森田屋一家の手勢を迎え撃ち、居酒屋の中から外の掘割へ壮絶な戦いが繰り広げられます。
 やきもちを起こして、お浪の一件では一枚かみ、それまで傍観していた愛人も亭主たちを逃すため、戸口に立ちふさがり、寄せ手を押しとどめますが、多勢に無勢で凶刃に倒れていきます。

 この映画の哀しいところは、ラスト、おっちゃんたちが次々に倒れていき、直次郎が姉を救うため、夜の街を走っていくところで終わっているところですね。つまり、おっちゃんたちの助力で、お浪も無事に助け出され、めでたしめでたしで終わっていないのです。

 でも、ボクが泣けたのは映画がハッピーエンドになっていないからではおまへん。
 おっちゃん2人の侠気に、泣けたのでおます。
 片や、やくざな日常を送っているおっちゃん、片や、博徒の用心棒で食いつないでいるおっちゃん。
 そんな堅気ではない、いい加減な身すぎ世すぎをしている男2人が、偶然知り合った若い女を救うために立ち上がる。女の不幸が、男たちの胸の中に眠る何かに触れたのでしょう。
 
 ただ単に女を助けるだけではない、世の中の垢に汚れきった自分であっても、まだ残っている自分自身に対する真実のために、おっちゃんたちは立ち上がったのですね。
 
 ここで思い出されるのが、マキノ雅弘監督がかつて作った「日本侠客伝」シリーズや「次郎長三国志」シリ-ズなどで、よく語っていた言葉です。
 「やくざな生活はしていても、やくざにはなるな」

 それにしても、おっちゃんたちの義憤にもかかわらず、お浪は無事に助け出されたのだろうかと大きな余韻を残しているラストショットは、あまりも哀しいですよね。










 
 
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あの後、滝沢一の読売新聞の連載「斬らば寄るぞ」を読んでいると、初見ではラストシーンで大チャンバラがあったそうな。ということは、現行版は戦後公開されたバージョン。百万両ものそうですけど、当時のお上(GHQ)の検閲で、チャンバラシーンがばっさりやられたみたい。でも、現行版のラストは、逆に観客が考えるようになっていて、そう改悪でもないような気がしますね。でも、そう考えると、『人情紙風船』のラストでも、大チャンバラがあったりして。こちらは未確認ですけど、少なくとも『人情紙風船』も戦後公開版であることは間違いないです。

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