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2009-01-05

緋牡丹タイム6-夢を撒いて消えた佳人4

寺嶋純子101011


 『緋牡丹博徒』シリーズ(1968~1972年)に主演した、かつて藤純子であったひとに、2作目以降の思い出話を聞いてみた。

 弟2作『緋牡丹博徒 一宿一飯』(1968年)
 ―『一宿一飯』って、どんな映画だったかしら、あたし、全然覚えていな~い(笑)。
 ・・・ああ、城野ゆきさんに体にスミは打てても心には打てんとよと言う、自分の気持ちをダブらせて、あのシーンが好きで、あそこのシーンだけ覚えていて、あとは覚えてないですね(笑)。

 弟3作『緋牡丹博徒 花札勝負』(1969年)
 ―これは・・・この時、共演した嵐寛寿郎さんも亡くなられてしまわれて、山本麟一さんもなくなられてしまわれて・・・。
 この『花札勝負』で健サン(高倉健)と共演しているんですね。名古屋ロケに行ってね、寒かったのを覚えていますね。あとは・・・加藤泰さんが凝るシーンで、はじめて高倉さんと会うシーンはスモッグをたいたり・・・随分凝って時間がかかったのを覚えていますね。
 これね、高雄かどこかでロケして、馬車がひっくり返って、ニセお龍の人(沢淑子)が入院なさって・・・シリーズの中では唯一の事故ですね。


 弟4作『緋牡丹博徒 二代目襲名』(1969年)
 ―どんな話だった? 全然覚えてない、あたし(笑)。

 弟5作『緋牡丹博徒 鉄火場列伝』
 ―あれは、阿波踊りの人が来てくれたんですね。


 もういけない、ちょっと休憩。
 これだからイヤだったんだと、純子党の面々を恨んでも、遭ってしまっては、すべて、あとの祭りだった。さかさまに覗いた望遠鏡の中は、あまりにも遠くなってしまったのだろうか。
 正直、ここでまたぞろ、ガクッと体が前へ倒れそうになった。
 しかし、われわれファンは1本の映画を最初から最後までつながった完成品として享受するが、送り手側の俳優にとっては、ファンが珠玉の作品だと長く記憶にとどめたとしても、どの作品も夢を売る仕事の一環にすぎず、思い入れにギャップが生じるのは致し方ない。
 まして、十数年も隔ててしまうと、細かな記憶は彼方に消え去っているのも、これまた致し方ないことだった。(つづく)
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