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2009-01-02

緋牡丹タイム3-夢を撒いて消えた佳人(ひと)1

寺嶋純子101011


 ―マキノ雅弘先生の『日本大侠客』の時に馬賊芸者をやったでしょう。あれがすごい評判になったんですよね。アタシは自分ではいいと思わなかったけれども(笑)。
 最初は鶴田浩二さんの相手役で、馬賊芸者で海千山千の女というのは無理だろうって会社の反対もあったのですが、マキノ先生が「いや、1回やらせてみたい」ということで抜擢してくださったわけなんです。
 で、できたのが評判がよかったのかどうかしらないけれども、この女を主役にしたものを作ろうじゃないかということが始まりらしいんですよね。

 インタビューでは、そのひとに『緋牡丹博徒』誕生のいきさつから語ってもらった。
 ゆったりとした、しかし、一語一語はっきりと語る話しぶり。穏やかでいて、よく通る声。
 いま、まさにそのひとに遭遇しているのだゾと自分に言い聞かせて、そのひとを見つめると、なんだか信じられないような時間(とき)の流れを感じてしまった。
 なにしろ、あの『緋牡丹博徒』で、あの『日本女侠伝』で、あの『女渡世人』で、われわれを魅了し続けてやまなかった藤純子、かつて一世を風靡し、日本映画界に大輪の花を咲かせて実を結ばせた藤純子、あの大スターだったひとに遭うのである。
 とても平静なんかでいられない。
 インタビュアーとしての未熟さより、清く正しく美しく遭えるだろうかの不安ばかりが先に立ち、まさに「その瞬間」まで、わが心も体も震え放しだった。


 かつて、藤純子に会ったことはない。
 だが、スクリーンの夢というのがあるではないか。ファンとして、その夢を大切にするため、会わないことはわが心の鉄則だった。
 だから、いまなお「遭う」ことに不感ではいられない。
 これを意識の過剰と笑わば笑え。
 藤純子とは、そんな女優だったのだョ。

 『日本大侠客』(1966年)は、藤純子が鶴田浩二を相手に堂々とわたり合った映画で、ひとりの男に身も心も尽くしきった末に裏切られ、死んでいく流れ女の寄る辺ない哀しみを好演した作品として、純子映画史上、忘れられない映画である(真実、百倍泣けます)。
 この映画のヒロインお竜が緋牡丹お龍の原型であることは巷間伝えられているが、直接、本人の口から聞けば、納得。
 それでも、このお竜は、のちの藤純子愛の名作『日本侠客伝 昇り龍』のヒロイン蝶々牡丹のお京の前身だとするボクの推測も捨て難い(なぜなら、どちらも脚本は笠原和夫だから)。

 むしろ、ここでは緋牡丹のお龍の生みの親・鈴木則文を語らねば、仁義は通らないような気がするのだけれど・・・。(つづく)
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