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2008-07-24

今年こそ京都で「祇園祭」

 先週の京都市では、観光都市・京都の年間を通じて最大のパフォーマンスである祇園祭にわいていましたが、ブログつながりのヤノさんから「1度観に行っておけ」と2年越しに勧められていた「祇園祭」を、ようやく観ることができました。

 文字通りの祇園祭ではおまへん。
 1968年に製作、公開された日本映画復興協会の、いわく因縁付きの映画「祇園祭」でおます。

 京都の烏丸通が御池通と交差する少し手前を右に入ってしばらく(アメリカ風にいえば2ブロック)歩いて左に曲がると府立京都文化博物館という、昔の銀行だったかのレンガ造りの建物を利用した文化施設がおます。
 映画に関していえば、東京のフルムライブラリーに相当する施設でしょうか。そこが毎年、祇園祭が開かれる7月、恒例の催しとして映画「祇園祭」を上映しとります。
 
 ということをヤノさんから教えられて、今年で足掛け3年。一昨年も、昨年も上映日に駆けつけること叶わず、今年こそ・・・と、ちょうど上映日と仕事の休みが重なったこともあり、昼前の乗客も少ない時間帯の電車に揺られて京都へ行ってきました。
 
 京都といえば、ボクが住む土地からすれば、隣の家の庭のようなもので、隣の家の庭なんて、じっくり眺めるようなことはありません。従って、観光目的で京都へ行くのは遠方から来た人の付き合いばかり。自分から観光で京都へ行くことはおまへん。

 この前、京都に行ったのは4年前のことで、その時も文化博物館の上映会で、伊藤大輔監督の1920年代のサイレント映画「忠次旅日記」総集篇と発見された「斬人斬馬剣」でおました。

 そして、今回の「祇園祭」、いやはや、ヤノさんに聞いていたとはいえ、いやはや、大変な大作映画でおました^^

 
 この映画は撮影開始に入る前に、プロデューサーや脚本家、監督、製作資金出資者、撮影協力の京都府が入り乱れて、テンヤワンヤの騒動があり、遂には監督に決まってきた時代劇の大御所、伊藤大輔が監督を降りる騒ぎに発展し、ピンチヒッターの監督が立って、ようやく撮影がスタートし、公開されました。

 どういう騒ぎであったのか、詳しくは当時のキネマ旬報に詳しく掲載されています。ようやく、映画が完成し、クレジットタイトルには企画者として登場している伊藤大輔が、てん末を記した総括を投稿しています(それを読むと、初期には伊藤大輔の弟子でもあった加藤泰監督も一丁噛みしていたことがわかります)。

 そんな大騒ぎをした、この「祇園祭」を公開から40年を経て観てみると、この映画製作を牽引していた中村錦之助(襲名した2代目のほうと違いまっせ)、錦ちゃんは、やっぱり侍役者であったのぉ~ということが実感されます。

 錦ちゃんの役柄は、この映画製作を引っ張ったご本人同様、絶えて久しい祇園祭を再開させようと心血を注ぐ紺屋の染物職人で、侍にあらず、町人(町衆)ですが、映画を観ているうちに次第に錦ちゃんのセリフ回しが「こりゃ、侍かい?」っていうおかしなことになってきます。

 極めつけはラストで、祇園祭の行列を先導する山車に乗った錦ちゃんが役人の放った矢を受け、それでも息絶え絶えになりながらも戸板に乗って権力に立ち向かうように進んでいきます。
 髪はざんばらになり、今にも息絶えんばかりの表情で一点を見つめたままの錦ちゃんは、そこが錦之助にとっても見せ場だったのでしょうが、もはや侍そのものの見得切りなのであります。

 そんな町人にすぎない錦之助が、京都を管轄する侍の命令で同じ町人仲間と自衛軍を組織し、侍たちに一揆で対抗する農民討伐にでかけ、初めて人を斬るという戦闘を経験します。
 でもね、初めて戦闘を味わった錦之助を見ていると、ボクには内田吐夢監督の「宮本武藏」(1961年)のタケゾウを思い出させれくれます。

 ついでに言えば、農民側の味方として登場する馬借(ばしゃく=運搬業者)の親玉・三船敏郎の馬にまたがったはしゃぎぶりは、黒澤明監督の「七人の侍」(1954年)で三船が演じた菊千代そのもので、こりゃ、パロディー映画なん? ってなってしまいます。

 それにしても、この映画の盛り上がりのなさは、どう表現していいのか・・・。
 ピンチヒッターの監督は山内鉄也。東映時代劇で数は少ないながら、面白い作品に仕上げている人ですね。脚本は錦之助作品を多く書いている鈴木尚之と、新劇から参加の清水邦夫です。

 応仁の乱で戦火に痛めつけられた京都の町衆が、希望を見い出すため、被差別階級の人たちをも巻き込んで祇園祭の再開を通じて権力階級に立ち向かっていくという、本来、壮快感たっぷりの映画になるはずなのに、これは伊藤大輔好みのテーマでもありますが、観客は延々と2時間半もの時間につき合わされ、カタルシスを覚えるどころか、グッタリなんでおます。

 製作言い出しっぺであり、主役でもある錦之助の付き合いの広さを示すように三船敏郎、高倉健、美空ひばり、渥美清、北大路欣也、岩下志麻、中村賀津雄(現・嘉葎雄)など、友情出演、あるいは特別出演格で顔を見せ、嫌味なく映画の中に散らばっているにもかかわらず、しんどさだけしか残らなかったというのは何なんでおますねんやろ。

 東映時代劇でスターとなった中村錦之助は、1966年、加藤泰監督の「沓掛時次郎 遊侠一匹」を最後に東映を退社し、1978年の深作欣二監督の「柳生一族の陰謀」で、再び東映映画に登場しました。
 この「祇園祭」は、錦之助がフリーになって3年目の映画ですが、主なスタッフといい、脇役の俳優、あるいはその他大勢の俳優さんたちに目を転ずれば、「柳生一族の陰謀」に先立つこと10年、東映色の濃い映画でもおました。
 一点の陰もなく、シーンに、人物にライトを当てる照明方法(照明担当=中山治雄)なんて、東映時代劇そのものではおまへんか^^
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No title

でしょう。
観る価値はあるけど……という作品でしたでしょう。
まさに、それだけの作品。
まあ、当時、かなりのヒットをしたにもかかわらず、後世の映画本にこの映画のことが一切触れられていないから、観ないと判らない不思議な作品です。
ちなみに、この後、伊藤大輔、錦之助コンビでは『幕末』がありますが、これは最近、観直しましたが、吉永小百合(『祇園祭』の岩下志麻といい、何なんでしょう)以外は、かなり良かったのではないでしょうか。

件の友人さんへ

 はるか彼方の若いころ、ボクも新世界公楽で「幕末」を観ましたが、なにかが空回りしているような印象しかなくて。今、テレビ放映でもいいから観直したいですね。
 結局、これが伊藤大輔の最後の監督作品になっていますが、この波が激しい作家の戦後の傑作は「反逆児」ですよね。それに次ぐのが「王将」、「素浪人罷通る」ですか。いずれも血の熱さを感じますよね。
 「祇園祭」、ホンマ何だったんでしょうね。
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