2006-03-08

11)女優列伝3 京都弁とホウキ

 浪花千栄子さん、といえば、戦後の日本映画界で確固たる地位を築いた名脇役の女優さんですよね。1973年、75歳であちらの世界に引っ越しされています。
 出演した映画は数知れず、いちいち挙げていればキリがないっていうより、一本洩らさず網羅しようとすれば、調査に時間がかかります^^ ちょっとアクの強いキャラクターで、上品なおばさんから生活に疲れきったような貧しいおばちゃんまで、きれいな大阪弁はもとより関西以外の人が聞いたら腰を抜かしてしまいかねない大阪言葉で、硬軟使い分けることができた女優さんです。
 そんな浪花千栄子さんが出演する映画を観て、あらためて「すごいなぁー」と感心させられた映画が二本あります。
 一本は1953年度の溝口健二監督による「祇園囃子」です。
 ここでの浪花千栄子さんは京都の色街のボス的存在のお茶屋の女将を演じ、色街の掟に反抗する主人公の芸妓(木暮実千代)をやんわり、しかし、じりじりと苛めるおばちゃんです。
 従って、浪花千栄子さんは京都弁を使います。大阪の南河内生まれの浪花さんにとって大阪弁とはニュアンスは異なるものの、同じ関西言葉だから京都弁もお手のものだったでしょう。
 その浪花千栄子さんが喋る京都弁が実にいいのです。
 たとえば「行ったのではないんですか」というような言葉を京都弁に直すと「お行きやしたんどすか」というような感じになり、これだけだと、いくらアクセントやイントネーションが京都弁になっていても普通に京都弁を喋っているとしか聞こえません。
 浪花千栄子さんの場合、ここで言葉の前や後ろに付録がつくのです。当然、話し相手を前にしたセリフのやり取りになるわけですから、相手に問い掛けるような言葉づかいになります。
 「なぁーぇ、あんた、お行きやしたんと違うんかいな。えぇ、どぅーぇ」
 言葉の前についている「なぁーぇ」と最後の「えぇ、どぅーぇ」が浪花さんの場合、付録なんですね。果たしてシナリオにそう書かれてあったのか、それとも彼女の独創だったのかは分かりません。
 「なぁーぇ」で相手に呼びかけ、「えぇ、どぅーぇ」で相手の返答を促がしているわけですが、浪花千栄子さんは、この呼びかけと催促の短い言葉を本来のセリフの前後に実にさりげなく、くっつてけ喋るのです。
 呼びかけと催促を強調する言葉でありながら、その短い言葉に力を入れてしまっては面白くなくなる言葉づかいなのです。「お行きやしたんと違うんかいな」だけでもいい、なくてもいいような付録でありながら、その実、それがついていると言葉に生活感が匂い立つような言葉づかいを浪花千栄子さんは見せて(聞かせて)くれています。
 「祇園囃子」はストーリー展開よりも、浪花千栄子さんのたくみな京都弁の使い方に聞きほれた映画でした。
 もう一本は1958年度の小津安二郎監督の「彼岸花」です。
 この映画でも浪花千栄子さんは京都のおばちゃんを演じています。娘役の山本富士子さんとともに旅館を経営しているという設定です。
 この京都のおばちゃんが無類のおしゃべり好きで、主人公の夫婦(佐分利信、田中絹代)も、このおばちゃんのおしゃべりに掴まると長っ尻になることを心得ています。おばちゃんが訪ねてくると、おしゃべりになる前に田中絹代の奥さんなどは先に断ってトイレを済ませてしまうような具合です。
 ある時、訪ねてきたおばちゃんがおしゃべりを中断してトイレに立つと、廊下の突き当たりにホウキがさかさまに立てられています。通りかかったおばちゃんはさかさまに立てられたホウキを見て、さりげなく逆にたてかえてトイレに向かいます。
 ホウキがさかさまになっていたのには実はわけがあるのですが、カメラを画面手前のほうに据えてロングショットの廊下で見せる浪花千栄子さんの動きが実に自然なんですね。
 コトコトと廊下を歩いていき、ホウキを見て「なんやねん、さかさまに立てたりして・・・」というような心持ちでホウキを立て直し、何も知らぬげに浪花さんは画面の左手に消えていきます。
 しかも、なぜホウキがさかさまになっていたのか、気づかないような浪花さんの体全体の表情に観客は笑いを誘われてしまいます。ホウキがさかさまになっているのは客に早く帰ってほしいというおまじないなんですが、それに気がつかない浪花さんの動きと表情が秀逸で、そのノーテンキな感じが笑いを誘ってしまうんですね。
 この映画では浪花千栄子さん、山本富士子さんの親子はコメディーリリーフのような役柄ですが、娘役のお富士さんもよかったですよね。東京でいうところの「おきゃんな」関西のおねーちゃんという感じの役で、そんなお富士さんが喋る、ちょっとはすっぱな、しかし、下品にはなっていない言葉づかいが印象的です。
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戦後、浪花千栄子は、実際に嵐山(だったと思う)で料亭を経営していたそうですね。そして、その向かいのうどん屋の二階に、帝キネ時代に相手役をつとめたいて大スター、市川百々之助が間借りをしていたそうだ。栄枯盛衰。当時、東映の大部屋俳優だった百々之助は、どんな気持ちだったのだろうか。
それはさておき、私としては、浪速千栄子は『猫と庄造と二人のをんな 』(1957年豊田四郎)の香川京子の母親役が印象的だけど、最も「浪速」的ともいえるのは、内田吐夢の『宮本武蔵』のお杉婆かなぁ。でも、こういうと青山さんから、しかられそうだ。それから『蜘蛛巣城』の物の怪なんてのもありましたね。
しかし、私にとって、浪速はテレビの人というイメージが強い。幼少の頃、何を見たのかはわからないけれども、不思議に浪速がテレビでやり手婆的な演技をしているのが記憶に残っている。でも、彼女は1973年に死んでいる。私が小一の時だ。私は何を見たのだろう。同様の記憶が進藤英太郎にもある。東映の映画をテレビで見たのだろうか?今となっては、どうもわからない。ちなみに、記憶に残る最も古い映画は、母に抱かれて見た、テレビの『南太平洋』(だと思う)。頭の上で、赤ちゃんをあやすぼんぼりが動いていた。
追伸:ブログって難しい。どうもうまく立ち上がらない。

shyさんへ

 相変わらずのご訪問、ありがとうございます。
 「猫と庄造と二人のをんな」の浪花千栄子さんもよかったですよね。でも、ちょっとアクを出しすぎーってな感じで、あれでは庄造にとっては「三人のをんな」になってしまう^^
 余談ながら、この映画で浪花さんチのお手伝いさん役で加藤泰映画の名脇役、任田順好さん(タイトル表記は順子でした)が出てましたよね。加藤さんの奥さんが言っていた女優さんです。
 ブログを始めてまだ1ヶ月もたってないので偉そうなことは言えないけど、コンセプトを自分なりに明確にして気長に続けるしかないですね^^
 開設、楽しみにしてますんで・・・

小早川家の人々

こんばんわ。
たまたま 11)女優列伝3 浪花千栄子のサイトをみました。私もこの人すきです。
「彼岸花」と「猫と庄造」も好きです。
「彼岸花」の台詞のところ非常に興味深く拝読いたしました。同じく小津安二郎の小早川家の人々でも京都弁で、脚本では小津と野田高梧がタイトルされていますが、この二本ともやはり浪花千栄子のせりふには浪花の意見が採り入れられての演出なのでしょうか。小津はせりふにはきびしかったときいたことがありますが、浪花のしゃべる(或いは雁治郎の)せりふにはこの関西人二人の意見を採り入れての演出なのでしょうか。
ご卓見うかがうことができれば幸甚であります。

野上健市さんへ

 初めまして。5年も前のエントリー記事を読んでいただき、ありがとうございます。
シナリオではどうなっていたのか、手元にある「小早川家の秋」をみてみるとシナリオには大阪弁、京都弁でセリフが書かれてありました。
 さぁ、そうなると今度はそれを演じる役者の手腕ですよね。確かに小津さんは演者のちょっとした仕草、言葉づかいに厳しく注文を出したと聞いていますが、全幅の信頼を置く役者に対しては、杉村春子のようにその技量に任せることもあったとか。中村鴈治郎、浪花千栄子も信頼され組ではなかったのでしょうか。
 たびたび京都を訪れていた小津さんは地元の人の言葉づかいも自然と耳にしていたはずで、自分ではしゃべれなくても言葉尻の上げ下げなどに演者が役を理解しておらず、感情が読み取れなかったらクレームを出したのではとボクは想像します。
標準語も難しいけど、方言も難しいですよね。その地方以外の人にも分かるように、それらしい方言でいて、とってつけたような方言ではなく、なおかつ純方言にならないようにしなくてはいけないですから。
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