--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007-10-15

京おんなが花のお江戸で勝負する「夜の蝶」

 東京・銀座のお水の世界を描いた大映東京作品「夜の蝶」は1957年の製作です。思えば50年前、半世紀前の映画なんですね。
 ガッチリ四つに組んで闘いを展開するのは、この当時、大映映画の看板女優だった京マチ子と山本富士子です。同じく大映の重役でもあった作家・川口松太郎の原作を女流ライターの田中澄江が脚本を担当し、監督は京都出身の吉村公三郎です。
 京マチ子と吉村公三郎といえば、京都の芸者の世界を描いた1951年の「偽れる盛装」で戦後の新しい女性像を見せ、山本富士子と吉村公三郎といえば、同じく京都の染物屋の娘の忍ぶ恋を描いた1956年の「夜の河」でコンビを組んでおり、それまで大根女優といわれていた山本富士子が一躍、その演技が認められた映画としても有名です。
 かつて、吉村監督とタッグを組んだ2人の女優が今度は同じ吉村監督の映画で顔合わせし、どちらも京都のおんなという設定で共演していますが、この「夜の蝶」の舞台は3人には縁の深い京都ではなく、昭和30年代初頭の東京です。


 この映画で山本富士子が演じる「おきく」というヒロインは京都でバーを経営する芸者出身のおんなで、京都だけでは飽き足らず、東京へ進出し、銀座にもバーを開店するというところからドラマは始まります。
 
 銀座の夜の世界は、その噂で持ちきりで、とりわけ、おきくの進出に神経を尖らせているのが銀座で同じくバーを営む「マリ」というおんなです。これが京マチ子ですな。マリが神経を尖らせているのは、単に新たな商売仇の出現のためだけではありません。この2人は浅からぬ因縁があり、そのいきさつが京マチ子の回想としてモノクロシーンで語られます。
 7年前、マリは夫をおきくに寝取られているんですね。そのころ、おきくはまだ舞妓頭のおねえちゃんでしたが、形相をかえて夫のもとに乗り込んできたマリをかわし、いち早く外に逃げ出して走り去るおきくの後ろ姿に、このおんなのしたたかさが感じられます。
 
 そういう過去があるからこそ、マリはどんなことがあっても、おきくには負けられないのですが、このおんな2人の丁々発止とやりあう京マチ子と山本富士子はみものですね。きつい目つきをしながらもサラリと受け流してとぼける京マチ子は回想シーンでは京都弁だったのに、現実のシーンでは標準語をしゃべりますが、京マチ子自身の関西訛りがほの見える標準語が京都出身で銀座でバーを経営しているマリ像にしっくり馴染んでいます。
 
 対する山本富士子は全編、京都弁ですが、前年の「夜の河」の素人娘・きわがしゃべる京都弁とは趣を異にしています。言葉じりが非常に蓮っ葉な語尾になる京都弁なんですね。そんなしゃべりかたが、おきくというおんなの来歴を物語っているようで、京都でバーを開業するにしても並みではない生き方をしてきたという過去を感じさせています。

 そんな魅力的なヒロイン2人を用意していたのに、結末はいささか呆気ないというか、うーん、そうなるんかいなという観は拭えないというのがボクの正直な感想です。
 
 おきくは滝の白糸ばりに若い医者の卵(芥川比呂志)を開業医にさせるために頑張っているという裏の話があるのですが、その医者の卵が研究室の助手の女性(近藤美恵子)と結婚すると知り、このおんなにしては珍しく酔って荒れます。そんな矢先、マリが自分のパトロンである大阪のデパートの社長(山村總)と車で仲良く温泉にでかけたと知るや、自分も車を自ら運転して2人を追跡します。マリに対する競争心、嫉妬が働いたのでしょう。
 ようやく2人が乗った車に追いついたおきくは、自分の車を2人の車の前に回すや、急ハンドルを切って衝突、2台の車は橋上から谷底にまっさかさまに・・・というのが結末です。
 でも、果たして・・・? おきくは、マリ同様、したたかに生きてきたおんなでっせ。怜悧に計算が働くおんなです。そんなおんなが、競争相手にパトロンを寝取られ、一時の嫉妬に燃えたとしても、果たして・・・、このおんな、そんなことするやろか? が感想でした。

 余談ながら、この映画では銀座界隈はセットで組まれていますが、ホステスのスカウトマン(船越英二)のナレーションに重なって当時の銀座の実写フィルムも出てきます。しかし、これがまぁ地方都市の盛り場という感じなんですね。50年前の銀座は、今から見れば、そんな雰囲気だったのでしょうか。半世紀も時代を隔てて往時の風景を見るというのも、現代劇の面白さですね。時代劇では、こうはいきません。

 またまた余談ながらも、京都でバーを営み、そのうえ、東京でも店を持ち、そのため、まだ新幹線が開業していない時代ですから京都と東京を飛行機で往復することが週刊誌ネタにもなる「おきく」という女性にはモデルがいたことは有名な話です。
 
 モデルは祇園の一角に店を構えていた「おそめ」という女性ですね。
 昨年、この「おそめ」という女性の半生を描いたノンフクションが出版されました。もちろん、ボクは「おそめ」に会ったことはありませんが、ボクにとっては「おそめ」という人は「夜の蝶」のモデルになった女性という以外に、亡くなった映画プロデューサー・俊藤浩滋の元・愛人で、のちに夫人となった人という経歴の人でした。
 俊藤浩滋といえば、わがご贔屓の藤純子のお父さんです。もちろん、純子と「おそめ」の間には血のつながりはありません。純子とその兄、姉は俊藤浩滋の前夫人が母親ですが、俊藤浩滋が純子たちの母親と別れて「おそめ」と暮らすようになったいきさつはノンフィクション「おそめ」の中でも少し触れられています。
 
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

最近はこんなんです^^
ゲストのひと言
テーマ紹介
FC2カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

在庫の記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。