2007-10-07

チャンバラのない右太衛門映画は「千両囃子」

 内田吐夢監督の時代劇「千両囃子」をようやく観ることができました。といっても、以前、テレビで放映された時、ビデオに録画したもので、映画館で観たのではないのが何とも哀しい現実ですな。
 この映画、数ある内田監督の映画の中でも全く注目されていません。いや、無視されているといったほうがいいのかも。何分にも内田吐夢自身、生前、自作が語られる時、触れたくなかった作品だと聞いています。よほど苦い思い出として残っているのでしょうか。
 1958年度の東映京都作品。わがブログは今回もまた、東映時代劇を取り上げております。肩の凝らない、一昔前の表現を借りるなら読み切りの時代小説を得意とした山手樹一郎の原作を東映映画の何でも屋的シナリオライターだった結束信二が脚本を担当しております。
 主演は当時、片岡千恵蔵とともに東映時代劇の王様であった市川右太衛門です。山手樹一郎の時代小説を原作とした右太衛門映画は当時、たくさん作られました。主にむしりの鬘をつけた右太衛門の浪人が美女を助け、最後には悪人ばらをバッタバッタと斬り伏せる豪快な立ち回りを見せて完結するというのが映画一編の定石でありました。
 この「千両囃子」も山手樹一郎&市川右太衛門の映画のひとつなのですが、驚いたことにラストではいつもの大チャンバラのない、不思議な時代劇なのでした。
 時は幕末に近い江戸後期。南町奉行として徳川幕政史に悪名を残す鳥居甲斐守(山形勲)が登場しているので、時代はそのころでしょう。
 江戸の町に前将軍のご落胤と称する侍を頭目とする御用党が出没し、金持ちの商人宅を荒らし回っております。そこで疑われたのが本当のご落胤で、幕府から捨て扶持を支給されて、のんびり暮らしている侍です。頭目と侍は瓜二つという設定で、実は母親(松浦築枝)を同じくする種違いの兄弟であることが映画の後半、種明かしされますが、この瓜二つの頭目と侍とを右太衛門が二役で頑張っております。

 さて、ここに万両もの大金を自在にできる豪商の札差(進藤英太郎)がおります。彼はある大名家に2万を貸し付け、その大名の姫君(大川恵子)をわが妻に迎えようとします。そんな豪商のスケベエ心を助けるのが豪商と結託している大名家の用人(三島雅夫)です。
 実は、ご落胤の侍と姫君は婚約者同士ですが、侍が母親のもとを飛び出して気ままな暮らしをしているため、結婚の話は進んでいません。そんな矢先に豪商の寮に曲芸見物に招かれた姫は豪商の毒牙にかかろうとしますが、曲芸の女芸人(千原しのぶ)の機転で姫は危うく難を逃れ、侍に助けられて侍の母親が住む屋敷に匿われます。
 一方の頭目のほうはというと、彼は配下の侍たちを引き連れ、御浜御殿の花火見物に臨席した将軍(片岡栄二郎)に豪商が5万両を献上した場から、その5万両を奪い、おまけに屋敷から姫君を拉致し、配下の侍たちと船で南の島を目指そうとします。
 
 長々とストーリーを記しているだけではつまらないですが、ここまでのストーリーといい、それぞれの役の俳優といい、いかにも東映時代劇らしい展開、配役ですね。
 ところが、東映時代劇らしくないのは、ここから先なんですね。結論から言うと、この娯楽時代劇は無血終了します。悪役として死ぬのは豪商だけで、それも御用党の配下が放った拳銃によって命を落としてしまいます。だから、右太衛門の舞踊を見るような、きらびやかなチャンバラを期待していた向きにはいささか肩透かしのラストになっています。
 
 主役は右太衛門です。しかも、二役をやっております。単純に、ご落胤の侍を善、御用党の頭目を悪と色分けしたとしても、最後に頭目やその一味が斬られて死んでしまうというわけにはいきません。第一、右太衛門自身が、二役のうちの一方の自分が斬られてしまうという設定は承知するはずもありません。もちろん、この頭目は単純に悪役とはいえませんが、映画の冒頭、商人宅を襲う侍の一団が現れ、その頭目を右太衛門が演じているのですから、「これ、いったいどうなるの?」という興味を抱かせるのは確かですが・・・。

 思うに、内田吐夢さん、この右太衛門主演の時代劇で意識的に定石のチャンバラを避けたのでしょうね。戦後、中国から日本に戻ってきて復帰第一作の「血槍富士」(1955年、東映京都)のラストで槍持ちの男(片岡千恵蔵)を通して殺人のすさまじさを表現した人です。あるいは「大菩薩峠」三部作の一作目(1957年、東映京都)で机竜之助(片岡千恵蔵)や島田虎之助(大河内傳次郎)に肉を裂き、骨を断ち切るような立ち回りをさせた人
です。
 そんな人だから、吊るした大根をバッタバッタとなで切るような無茶な立ち回り、東映時代劇流の舞踊を見るような派手なチャンバラは「ウソだよ。そんなアホらしいこと、できるかい」だったのでしょう。

 ところが、それで収まらなかったのは右太衛門だったでしょう。どんな大監督であれ、この映画も右太衛門にとって「自分が主役の映画」なんですね。自分の主演映画で、それも時代劇となると侍役者の右太衛門にとってはチャンバラがない時代劇というのは衝撃だったのかもしれません。ラスト、頭目のほうの右太衛門は南の島に向かう船上で旗本退屈男張りに「うっははは、うっははは・・・」とお馴染みの快哉を叫ぶような笑いを披露し、わずかに溜飲を下げています。

 多分、この映画で内田吐夢と市川右太衛門との間に確執が生まれたのでしょう。内田吐夢の監督作品に片岡千恵蔵は何度も出演していますが、この「千両囃子」以降、吐夢と右太衛門とのコンビ作品はありません。後年、吐夢は、この映画で当時、主流だったおとぎ話としての東映時代劇の難しさを実感したと、どこかで語っています。 

 

 
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