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2007-10-06

彼岸花が手向けの「関の彌太ッぺ」

関の弥太ッぺ101107


 彼岸花の季節ですね。
 今、車道のわきの叢や畦道に真紅の花が咲き乱れ、真っすぐに伸びた茎の鮮やかな緑と絶妙な色合いを見せ、秋を感じさせてくれます。

 彼岸花で思い出す映画といえば・・・そう、中村錦之助主演の「関の彌太ッぺ」ですね。1963年製作の東映京都作品で、劇作家・長谷川伸の高名な戯曲を成沢昌成が脚色し(まさに『脚色』でした)、当時、新進の監督だった山下耕作が、この人の特色でもあったストーリーテラーらしく、堂々として、かつ、静かな雰囲気のうちに話を進めています。

 この当時、50年代半ばから、わが世の春を謳い始めた東映時代劇も凋落の一途をたどり、63年といえば次に来る任侠映画にとって替わられた時で東映京都が時代劇から仁侠映画に移行していく、ちょうど端境期でもありました。
 併映作品は、かつて錦之助とはライバル視されていた大川橋蔵主演の「右京之介巡察記」(監督・長谷川安人)でした。どちらの映画が主で、従であったのかは知りませんが、さしもの東映時代劇もライバル同士の主演映画のカップリングという苦肉の策を打ち出していたのですね。

 果たして、錦ちゃんファンとトミイ(橋蔵の愛称)ファンが映画館でガチンコするほど、この組み合わせはヒットしたのかどうか・・・。内容的にも、70年代初期、映画雑誌「キネマ旬報」誌上でようやく仁侠映画の見直しが図られた時、この作品も股旅時代劇の名作として再発掘されるまで、ほとんど評価を受けていなかったと言っても過言ではありません。
 

 山下耕作監督といえば、後年、花を映画の随所にあしらう監督として任侠映画ファンの間では有名でしたが、この「関の彌太ッぺ」では彼岸花はラストシーンに登場します。
 ゆきずりで助けた女の子が美しい娘・お小夜(十朱幸代)に成長し、その娘に言い寄って難癖をつけていた弟分の男・箱田の森介(木村功)を処置して娘に別れを告げた主人公が、やくざ同士の喧嘩のもつれから果し合いを申し込まれていた相手の飯岡助五郎(安部徹)一家との果し合いの場に向かいます。
 
 子どものころ、祭りの夜に妹とはぐれ、生き別れになったままの主人公がその妹を探して旅をしていることは映画の前半で描かれていますが、その妹がすでに亡くなっていると知った時からの主人公には、もう将来を生きていく夢も希望も持っていません。それまでは噂をあちこちで聞いて、生き別れの妹を探し出すことだけが生きがいであった主人公は、もう生きることに行きはぐれてしまっているのですね。

 だから、このラストシーンの主人公には、これから刃物三昧に及ぶといっても、ぜひとも相手を切り伏せて勝ち抜くという意気込みはありません。妹が亡くなっていると知って、その墓前で「おいと・・・、おめえに死なれてしまって兄ちゃん、これからどうして生きていったらいいのかわからねえよ」と主人公が泣き崩れてしまってからタイトルに「十年後」と出るように10年の歳月が流れています。
 
 その10年、主人公がどのように生きてきたのか、多くを語らなくても「十年後」のタイトルのすぐ後に登場する錦之助を見れば、たちまち観客は悟ってしまいます。前半、若く、ピチピチとして気のいい旅のやくざとして登場した錦之助は10年後、その10年間を語るにふさわしい見事な変貌ぶりで観客の前に再び現れます。
 やくざ同士の喧嘩の助っ人として10年を過ごしてきた主人公は、多分、早く妹のもとに行ってやりたいと念じているのでしょう。喧嘩沙汰で死んでもいいと思っているのでしょう。たまたま死なずに生きて残っても、主人公にとって、それは運のよかったことでもないのでしょう。
 
 だから、ラストシーンで決闘の場に向かう主人公には、すべてを捨て去った虚無感しかありません。まるで死に向かって突き進んでいくような主人公を弔うようにローアングルでカメラが捉えた主人公が歩いていく道端に彼岸花が登場します。その長回しのラストカットに、どこかの寺から鐘の音が響いてきます。まさに弔鐘ですね。
 そのすぐ後に、静かにテーマ音楽の一節が画面に重なり、映画は終わりますが、このラストシーンのいいところは主人公がこれから向かう修羅場の闘いを見せていないことです。果たして主人公は喧嘩でまた生き残るのか、それとも希望通りに命を落としてしまうのか、主人公のすぐ間近に迫っている将来を見せることなく、余韻を残したままフェイドアウトしています。
 そんな主人公を彼岸花は香華のように咲いて見送っているのですね。

 この山下耕作版の「関の彌太ッぺ」には彼岸花のほかに、もうひとつ、むくげも出てきます。こちらは主人公が行きがかり上、女の子のお小夜を送り届けた、お小夜の母親の実家である旅籠・澤井屋の中庭に咲き乱れています。主人公は澤井屋と約束した大金50両(森介に1両渡したので49両ですが)を届けた際、ムクゲの花を一枝、金に添えて旅立っていきます。

 そして10年後、再び映画に登場したむくげのむくげの花は、今度はやくざである主人公と堅気の娘であるお小夜とを分け隔てる結界の役目を担っています。お小夜は無邪気に「これから、ずっとこの家にいてください」と親切な旅人と映る主人公に言いますが、主人公にはこの結界は決して越えてはならない線引きであることが分かっています。
 むくげは、主人公と娘とが相容れない世界の人であることを観客にも思い知らせる花なのでした。
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