2015-03-22

春の東映城がお江戸に咲く

東映時代劇 150322


 東日本大震災から4年目を迎えた日の数日後、江戸に住まいするお友達から、東京国立近代美術館フィルムセンターで東映時代劇特集の第2弾が開かれるとメールでお知らせがおました。このお友達、江戸に移住することを決めたのはいいけれど、江戸に着いたその日が東日本に震災が起こった日で、新しい住まいに向かうこともできず、江戸に着くなり帰宅困難者になったという稀有な体験を味わった人でおます。
 映画の特集を知らせてくれても、おいそれと東海道を気軽に東下りできるような場所に住んでいない身にとっては、いつも名画座のチラシを送ってくれた時と同様、映画特集のお祭りを見送るしかないのでおますが、日を経て同センター発行の「NFC」なる告知チラシを送ってきてくれました。
 今回の特集に取り上げられた42本の時代劇映画でおます。かつて田舎のお寒い映画小屋の中で時代劇映画に親しんだ者にとっては、今や滅多にコトコト、カラカラ廻る映写機の機械音とともにスクリーンに対峙することはおませんが、映画が産業として成立していた時代、吐いてられるように産み出されていた映画群が国の管理によって保全されるようになったのかと感慨もひとしおでおます。
 その作品群をかけ足で眺めてみると・・・・・・。

 ○旗本退屈男捕物控 前篇 七人の花嫁 後篇 毒殺魔殿(1950年、監督・松田定次)
 市川右太衛門の名物シリーズでおます。戦後初の本所長割下水にお住まいの退屈のお殿さまの映画だそうで、東映の前身、東横映画の作品で、数年前、テレビのCSで放映された時、ビデオに録画したのでおますが、まだ観ていないのが現状。あの録画ボデオ、どこに潜んでいるのやら。

 ○新選組鬼隊長(1954年、監督・河野寿一)
 幕末の御用暴力集団・新選組の池田屋襲撃から戊辰戦争で敗走するまでを描いた叙事詩で、脚本に参加している結束信二や監督の河野寿一といえば、僕ら世代にはテレビ映画「新選組血風録」を彷彿し、あのしまりきった作風を期待したのでおますが、この時代、まだ作者たちは熟成していなかったのか、いささか退屈気味でおます。「新選組血風録」には、大政奉還や鳥羽伏見の戦いのシーンに、この映画のショットが流用されてますな。

 ○血槍富士(1955年、監督・内田吐夢)
 東海道を旅する主従のバックに、いかにもな富士山が描かれ、槍持ちの主人公と旅芸人母子とのからみなどがあって、のんびりムードの旅日記がラストで一転、壮絶な立ち回りが展開するという、とんでもないオマケがついた映画でおます。戦争中、満映に参加し、中国に行ったきりの内田吐夢の帰国第1作で、 製作協力で名前を連ねる吐夢昔なじみの小津安二郎や清水宏が東映映画にタイトルされるのも滅多になかったことですな。

 ○侍ニッポン 新納鶴千代(1955年、監督・佐々木康)
 自分の出生ゆえに恋人を失った若侍が、実父が大老、井伊直弼と知り、桜田門外の変事で実父とともに倒れるまでを描いたホームドラマ風時代劇でおます。だって、しゃべり口調が極めて現代調だもん。東千代之介扮する主人公の母親を演じる高杉早苗は香川照之のおばあさんで、戦前の松竹都会派ドラマのヒロイン女優だったひと。

 ○黒田騒動(1956年、監督・内田吐夢)
 家老が主君を幕府に訴え出るという、とんでもないお家騒動物。昨年のNHK大河ドラマの主人公だった黒田官兵衛の孫にあたる世代の話で、その折、松坂桃李が演じた官兵衛の息子長政が、ここでは後継者問題に悩む病身の大殿になって登場、演じたのは老優の高堂国典。一度は廃嫡と決まったものの、世継ぎとなった新藩主の奇矯な性格を案じた家老が幕府の大名取りつぶし策を回避しようと、あえて幕府に主君の暴挙を訴え出て幕府の裁可を仰ぐ。家老に扮するのは片岡千恵蔵で、彼の実際の子ども4人も家老の子ども役で出ており、その中のひとりが今は航空会社の社長さん。

 
 ○父子鷹(1956年、監督・松田定次)
 幕末、維新の回天を幕府側から推進した勝海舟の少年時代、貧乏な中、苦学の末、次期将軍の近習に取り立てられるまでのお話で、主役は海舟の父親の小吉。市川右太衛門が、演じられるのはお気楽な侍ばかりじゃないぞとばかり、無知な無役の旗本ながら貧乏な中で息子に教育を授ける教育パパを演じている。海舟に扮したのは実際の息子でもある北大路欣也で、彼の映画デビュー作。

 ○暴れん坊街道(1957年、監督・内田吐夢)
 近松門左衛門の浄瑠璃「丹波与作待夜の小室節」の映画化で、子どもまでなした恋人との仲を引き裂かれ、子どもも手放した女が数年後、奥御殿勤めの女として街道で馬子暮らしをしている我が子に会い、再びの別れを強いられるお話。子を捨てた女に山田五十鈴が扮し、捨てられた子を演じたのは当時、東映時代劇の名子役だった植木基晴で、千恵蔵の長男。

 ○阿波おどり 鳴門の海賊(1957年、監督・マキノ雅弘)
 戦前の東宝映画「阿波の踊子」をマキノ自身がリメイクした作品。阿波の十郎兵衛伝説にからめ、兄を無念のうちに獄死させた男が阿波の港町に帰ってきてから起こるグランドホテル的なワキのストーリーもからめつつ、兄の仇を討つ男が囚われの身となった愛する女も救い出す。ラストの阿波踊りのモブシーンでは「阿波の踊子」のような緊張感はないが、モブシーンが観られる映画というのも今は昔ですなぁ。

 ○任侠東海道(1958年、監督・松田定次)
 「時代劇の東映」の標榜通り、当時の所属俳優が一堂に会したオールスター映画。清水の次郎長一家が、縁続き(渡世上の)に当たる吉良の仁吉と対立する安濃徳との荒神山騒動に駆け付けるまでのお話で、脚本は天皇と呼ばれていた比佐芳武。この種の映画を観る時、監督よりも脚本家の方が交通整理が大変だといつも思わせられる。おおまかな役者と役柄は決まっており、あちら立てれば、こちらが立たずなんて、よくあることやからね。

 ○丹下左膳(1958年、監督・松田定次)
 [明るく楽しい東映時代劇」を地でいったようなセミオールスター、総天然色、ワイドスコープのチャンバラ。明朗なキャラクターが生かされた主演の大友柳太朗以下、大川橋蔵、美空ひばり、東千代之介が並び、悪役筆頭だった月形龍之介、かつての左膳役者、大河内傳次郎まで加わったこけ猿の壺騒動でおます。色付き、ワイド画面となった東映時代劇は、このころから売れっ子スターを押し出し、ますますショー化され、モノクロ時代の内容重視の作品は影をひそめることになりやす。

 ○大江戸七人衆(1958年、監督・松田定次)
 御大右太衛門を中心に大友、橋蔵、千代之介、伏見扇太郎に加え、尾上鯉之助、南郷京之助と次代を担う若手スターをそろえた江戸の悪者退治をするお気楽なチャンバラ映画。このころの東映カラー映画は撮影所中のライトを全部集めてきたような明るさで、そのライトに照らされて演技する役者さんもさぞや暑かろうと同情してしまう。ライト映えするよう、男も女もこってり化粧してますもんなぁ。ところで次代を担うはずの若手スターは健闘むなしく・・・・・。

○殿さま弥次喜多 捕物道中(1959年、監督・沢島忠)
 「怪談道中」(1958年)に始まる錦之助・沢忠コンビのシリーズ第2作。徳川御三家のうち、紀州と尾張の若殿2人が退屈なお城生活から抜け出し、珍道中を繰り広げるドタバタ騒動は1作目と変わらず、沢島のスピーディーで軽快な演出は絶好調のノリを見せている。今回は桜町弘子扮する文学好きの尾張の妹姫が絡み、ギャーギャーやかましい。

 ○忠臣蔵(1959年、監督・松田定次)
 江戸城の刃傷を中心とした桜花の巻、討ち入りがメーンの菊花の巻の前後篇一挙上映の3時間に及ぶ東映発展記念のオールスター映画で、このころの東映時代劇の独走ぶりがうかがえる1作。藤純子の引退記念映画のキャッチコピーではないが、「何も言いません、ただ黙って見てください、チャンバラスターと女優たちのあで姿」です。

 ○鞍馬天狗(1959年、監督・マキノ雅弘)
 初めて観た時、鞍馬天狗活躍の大チャンバラより、マキノお得意の男と女の恋模様が何となくそぐわないような気がし、退屈だったが、長じて観直してみると、実に面白い。東千代之介主演の東映城の鞍馬天狗シリーズの最終作で、退屈だった天狗さんと美空ひばりの京都の芸妓との色模様はもとより、ラストに用意されている鞍馬の火祭のモブシーンは圧巻。何百人と出てくるエキストラが動くシーンはもちろん、実写で、この当時、CG技術なんてなかったもんなぁ。

 ○お染久松 そよ風日傘(1959年、監督・沢島忠)
 美空ひばりが里見浩太郎(現・浩太朗)を相手役に♪野崎参りは~のお染久松のラブストーリーを演じた時代劇ミュージカル。このころ、沢島忠はひばり映画でミュージカルをよくやっていたもんなぁ。歌舞伎の方ではお染と久松の婚約者のお光を別人が演じているが、この映画ではひばりが二役を演じ、どうよ? 大店のお嬢様も田舎に残してきた娘も瓜二つの女なら久松も悩むことはないが、いや、これはひばり映画なのであった。

 ○いろは若衆 花駕籠峠(1959年、監督・河野寿一)
 ♪いわぬが花、いわぬが花、峠三里は花花・・・の旅のやくざに扮した美空ひばりと里見浩太郎のコンビ映画。東映城では、ひばりはもちろん本来の女として出演する映画もあったが、男装したユニセックス風の映画もたくさんあり、かつ、錦・千代・橋はもちろん売り出し中の若手スターの引き立て役としてお姉さんぶりを発揮し、貫録は十分。

 ○恋山彦(1959年、監督・マキノ雅弘)
 戦前、阪東妻三郎主演でマキノ正博が映画化した日活作品(1937年)のリメイク時代劇。平家の末裔の若者と江戸の浪人の二役を大川橋蔵が演じ、若者に絡む姫君を大川恵子が、浪人に絡む女を丘さとみが演じ、東映城の若殿、姫君が一堂に会している。江戸の治世も綱吉の時代、時代錯誤な若者が怒り心頭になるのは、いつ観ても笑える。あんた、世の中の動きを知ら過ぎるでなんですなぁ。

 ○江戸の悪太郎(1959年、監督・マキノ雅弘)
 これまたマキノのリメイク作品。かつて嵐寛寿郎・轟夕起子のコンビで映画化された作品(1939年)を大友柳太朗・大川恵子の顔合わせで繰り広げられるマキノお得意の長屋物、ご近所映画。脚本は比佐芳武で、ここに登場する田舎の長者と占い師に騙され、死んでいく子持ちの女のエピソードは旗本退屈男シリーズや橋蔵の「草間の半次郎」シリーズにも流用されている。

 ○ひばりの森の石松(1960年、監督・沢島忠)
 美空ひばりが森の石松に扮し、おなじみの代参道中の途中、大名家の小さな姫君と道づれになり、お家騒動に巻き込まれる一編。沢忠らしいミュージカル仕立てで作られた歌あり、踊りありのドタバタ映画で、ひばりの男装作品の終末期を飾っている。

 
 ○若殿千両肌(1961年、監督・山下耕作)
 任侠映画時代の東映村のエースだった山下耕作の監督デビュー作。このころ、弟の沢村精四郎(のちに沢村藤十郎)とともに歌舞伎界から東映城に飛び込んできた沢村訥升(のちに沢村宗十郎)主演の時代劇で、主役にメリハリがなかったためか、この後、山下耕作は助監督に逆戻りし、沢村兄弟も東映城の衰退とともに歌舞伎界に戻っていく。めったに上映されることはないので、こういうオタカラ映画の上映こそが今回のような特集のみものかもね。

 ○関の彌太ッぺ(1963年、監督・山下耕作)
 いわずと知れた山下耕作の時代劇代表作。あちこちで上映されているので、もはや珍しくもないが、かつて山下耕作にインタビューした時、思い出深い自作は?と訊いたところ、広く膾炙されている「関の彌太ッぺ」より、この後に登場する「江戸犯罪帳 黒い爪」(1964年)を挙げておりましたなぁ。

 ○赤穂浪士(1961年、監督・松田定次)
 東映創立10周年記念のオールスター映画で、東映城としては最後の忠臣蔵映画になった一作だが、先の1959年版「忠臣蔵」と比べ、非常にコンパクトな感じのオールスター映画。大仏次郎の原作ながら東映城のスターたちに都合よく改作されており、原作の味わいを求めようとしたって駄目。どんな小説を原作に持ってきても、スター本位になってしまうのが東映時代劇で、いかにスターたちを前面に押し立てていたのがよく分かる。吉良上野介nいやがらせに対し、「犬にエサを食わせてやればいい」と浅野の家臣に忠告した中村錦之助が萬屋錦之介として東映久しぶりの忠臣蔵映画だった「赤穂城断絶」に主演するのは、まだまだ先のことで。

 ○水戸黄門 助さん格さん大暴れ(1961年、監督・沢島忠)
 錦之助、橋蔵に次ぐ次代の時代劇スターとされた北大路欣也、松方弘樹主演の黄門映画で、助さん、格さんの顔ぶれは変われど、水戸のご隠居は月形龍之介。その月形黄門の最終作品。それまでの黄門映画が主従の旅先での出来事だったが、この作品では黄門側近の採用試験が出てくるなど変わり種。

 ○江戸っ子繁昌記(1961年、監督・マキノ雅弘)
 チャンバラ映画全盛期の東映城にあって、珍しくチャンバラのない映画で、番町皿屋敷のお菊騒動と酔っ払った男が寝込み、目覚めると財布を拾ったことは夢だったと女房にいさめられる落語の「芝浜」を合体させたような映画。妹を旗本屋敷に武家奉公に出している職人が仲間の男2人と真昼間から酒盛りをするシーンが長々と見せてくれるなど異色。錦之助が気のいい職人とメランコリックな旗本の二役を魅せる。

 ○若さま捕物帖 黒い椿(1961年、監督・沢島忠)
 本名不詳ながら「若さま」と呼ばれる大川橋蔵の若侍が謎を解くシリーズの9作目。いつもは江戸の街を闊歩する若様が伊豆大島に出張し、殺人事件に絡んで村八分に遭っている島のアンコを救う一編で、アンコを演じている丘さとみがいい。沢島映画の常連の田中春男が島唯一の宿屋の女将、青山京子と事件のカギを握っている。

 ○港まつりに来た男(1961年、監督・マキノ雅弘)
 先の「阿波踊り 鳴門の海賊」に通底している映画で、年に一度の阿波踊りの時期、大道芸人として現れた浪人と無理やり藩主の側室となった女の悲劇に芸人一座の座員たち、地元の民衆や宿屋の面々、浪人を追ってきた流れ女などを絡めたグランドホテル形式のストーリーで、マキノの好みが非常によく出ている映画。脚本は笠原和夫。

 ○瞼の母(1962年、監督・加藤泰)
 世評高い加藤泰の股旅映画だが、いつも思う。主人公の忠太郎の母、お浜は亭主と離婚後、江戸に出てきたわけだが、なぜ江戸だったのかと。お浜は、今の行政区でいえば滋賀と岐阜の県境の出身だが、離婚後の居住地を都会に選ぶのなら江戸に向かうより、はるかに近い京の地や大坂ではなかったのかと。こうなりゃ原作者の長谷川伸に訊いてみないと分からないが、もはや永遠の謎でありますなぁ。

 ○暴れん坊一代(1962年、監督・河野寿一)
 同じ侍役でも硬軟ふたつのタイプを演じ分けたブキッチョ大友柳太朗が、その硬派のほうの侍を演じた一編で、将来を嘱望されていた侍が非運のうちに転変し、東海道を往来する大名行列に割って入るトラブルメーカーの浪人に変身する。大名行列を邪魔してストップをかけるなど、ありえない話だが、うっ屈する心理を描き、愛する女の存在に救われるというお話。

 ○天草四郎時貞(1962年、監督・大島渚)阿
 東映城を代表する若殿、大川橋蔵がライバルの中村錦之助の活躍に刺激され、松竹のヌーベルバーグの旗手、大島渚と組んで製作された意欲作だが、きれい派の橋蔵が汚れ役に挑みながらも見事に完敗を喫した映画。江戸初期の世の中を揺るがすような島原の乱をテーマに大島特有の革命論は、東映城の、しかも甘い非運の天草四郎像を期待した橋蔵ファンには受け入れられなかったようで。

 ○きさらぎ無双剣(1962年、監督・佐々木康)
 旗本退屈男に見られるように絵に描いたような豪放磊落な侍を得意とした市川右太衛門の主演作で、お家騒動の解決に乗り出す。この後、沢島忠の「酔いどれ無双剣」でも江戸の市井にある同じような侍を演じているが、東映城の落城は近く、振り返れば、はや右太衛門の演じるキャラクターを映画観客は求めていなかったようだ。東映城落城を目前に去った、お城を代表した姫君のひとり、大川恵子の引退作品でもある。同じころ、これまた姫君の丘さとみも東映専属を解除している。

 ○忍者秘帖 梟の城(1963年、監督・工藤栄一)
 司馬遼太郎の直木賞受賞作を映画した忍者映画で、ノホホンとした東映城の時代劇も変容を求められ、以後、あまたの忍者映画や集団時代劇に見られるように主人公が単独ではなく、文字通り集団で登場する時代劇が多くなっていく。この作品は秀吉憎しと秀吉暗殺を目指した忍者の話で、のど元に刃をつきつけた相手(秀吉)があまりにもおじいちゃんだったため、暗殺を断念してしまう。東映城初期のお姫さま、高千穂ひづるが謎の女として久々に本家返りをしている。

 ○十七人の忍者(1963年、監督・長谷川安人)
 任務を遂行するため、里見浩太郎以下、17人もの忍者が登場する、まさに集団時代劇。大部屋女優から一変、改名して若手女優として再デビューした三島ゆり子が忍者のひとりとして城の掘割で水びたしになる姿は、東映城のお姫様像も今は昔の観はぬぐえない。忍者たちに指令を出す大友柳太朗と迎え撃つ近衛十四郎の心理戦がみもので、さながら立ち回りで対立する、のちの「十兵衛暗殺剣」の前哨戦か。

 ○右京之介巡察記(1963年、監督・長谷川安人)
 東映城の時代劇も末期のころの橋蔵映画だが、やはり大川橋蔵というサムライ役者は貴種流離譚からは離れがたかったようで、ここでも無念のうちに憤死した父親の仇を討つべく、少年期のころから剣の腕を磨き、青年期に至って父の仇を討つ若者を演じている。公開時、錦之助の「関の彌太ッぺ」との2本立で、お城の若殿映画2本のカップリングは東映城の最盛期には考えられなかったことで、強力打者も興行的に強力ではなくなっていたことか。

 ○十三人の刺客(1963年、監督・工藤栄一)
 長く伝えられている集団抗争時代劇のトップに位置しているチャンバラ映画。はや東映城のトップに君臨していた片岡千恵蔵も集団劇の一員でしかなく、対戦する相手は共演している嵐寛寿郎でも月形龍之介でもなく、フリーの外様、内田良平であることも「お時勢やなぁ」の観が深い。十三人のうち、生き残るのも里見浩太郎だったことも、振り返れば皮肉でしかない。

 ○大殺陣(1964年、監督・工藤栄一)
 その里見浩太郎主演の工藤版集団時代劇の第2弾で、幕府の異分子掃討作戦のとばっちりを受け、新婚間もない妻を惨殺された侍が失意のうちに次期将軍候補打倒の一派に参加、時の流れをニヒリズムで眺めていた貧乏旗本の平幹二朗がラストで燃え上がり、意外なてん末に終わる作品。

 ○集団奉行所破り(1964年、監督・長谷川安人)
 大坂の奉行所を襲撃しようとする男や女の集団時代劇で、侍くずれの大友柳太朗以下、団員は侍ではなく、元海賊だった町人勢が占める。紅一点の桜町弘子が死んだ兄の代わりに参加するが、仲良くなる相手が田中春男で、ふたりが恋人同士になるのは沢島忠の「一心太助 天下の一大事」(1958年)以来か。

 ○忍者狩り(1964年、監督・山内鉄也)
 これも評価の高い忍者映画の一作で、お家取りつぶしで浪人になった男たちが、幼君暗殺をもくろむ忍者集団の襲撃に死力を尽くすストーリー。請け負った仕事に非情になる浪人の近衛十四郎となかなか姿を見せない忍者集団の頭、天津敏との攻防戦も面白い。幼君に扮した子役が今では喜劇のトップスターの女優に。

 ○大喧嘩(1964年、監督・山下耕作)
 大川橋蔵が従来の甘さ、独特の立居振舞を消している股旅時代劇で、作品的にライバルの中村錦之助に一歩越されている現状を打開しようと悪戦苦闘していたのがよく分かる。久しぶりに古巣へ帰ってみれば親分は殺され、恋人は人の妻にというのはよくある話で、タイトル通り、ラストはやくざ者たちの大ゲンカが展開する。

 ○十兵衛暗殺剣(1964年、監督・倉田準二)
 近衛十四郎の「柳生武芸帳」シリーズの最終作だが、それまでは『原作・五味康祐』とタイトルに出ていたのが、この作品は五味原作を離れ、『原作・紙屋伍平』とする高田宏治のオリジナル脚本。幕府方の柳生十兵衛の近衛十四郎と、柳生のために将軍家指南役を阻まれた大友柳太朗が琵琶湖で壮絶な死闘を繰り広げるのはチャンバラ映画の語り草になっている。最末期に至って、ようやく東映城もサムライ役者がよっつに組んでぶつかりあうチャンバラを出してきたという感じ。

 ○仇討(1964年、監督・今井正)
 東映時代劇の凋落も目にはっきりしたころ、あくまでも時代劇に固執する中村錦之助が監督に今井正、脚本に橋本忍を得て理不尽な封建体制に倒れる若侍を演じた渾身の時代劇だが、時すでに遅く、東映城はいつの間にか東映村に変わり、撮影所内には明治、大正のやくざに扮した俳優たちが目立ち、勧進元の東映も時代劇より隆盛してきたやくざ映画に色気を示し、時代劇俳優・錦之助と儲かるなら儲かるほうへ鞍替えする(経済的には当然)会社との齟齬が明らかになり、錦之助は東映村の住民にはなる気はなく、やがて古巣を去っていくことになる。封建制批判は今井・橋本コンビの得意とするところだが、モノクロで暗い色調の時代劇って、ウケないんだよねぇ。

 ○幕末残酷物語(1964年、監督・加藤泰)
 錦之助同様、東映城が東映村に変わってきたころ、身の振り方を考えざるを得なかったのが、東映城のもうひとりの若殿、大川橋蔵で、加藤泰の徹底したリアリズム演出で甘さを封印した橋蔵が新選組の徐々に変わっていく隊士を演じた新選組映画。この後、橋蔵は東映村の住民になるべく、やくざ映画にも挑戦するが、大惨敗を喫し、錦之助とは異なり、やがてテレビ映画の「銭形平次」という鉱脈を見つけ、かろうじてテレビ版東映城の主として活路を見いだしていく。

 ○沓掛時次郎 遊侠一匹(1966年、監督・加藤泰)
 フランク永井が歌う主題歌を持つ股旅映画だが、映画の中で主題歌が独立して流れることはなく、フランク永井が歌い始めると、すぐに劇中人物のセリフなどが重なり、おかげでそっくり聞いたことはなく、歌がどんなものか気になって仕方がなかった。しかし、そこはネット時代の恩恵か、ネットで主題歌を探しだし、一番は人妻おきぬを、二番が時次郎とおきぬを、三番は時次郎の、それぞれの想いを歌詞に織り込んでいる主題歌を初めて聞くことができ、積年のモヤモヤを解消することができたという、加藤泰絶品の恋愛学が楽しめる一編。

 ○十一人の侍(1967年、監督・工藤栄一)
 新劇の若手俳優から東映の俳優に迎えられたを夏八木勲主演の、「十三人の侍」のミニチュア版のような集団抗争時代劇の終焉を飾った映画。前年、加藤泰の「骨までしゃぶる」で映画デビューた夏八木勲は、この後も鈴木則文の「忍びの卍」や五社英雄の「牙狼之介」シリーズ2作などで、錦之助・橋蔵とは違う武骨で、野性味のある時代劇スターとして活躍したが、健闘むなしく、時代劇、現代劇を問わず、味のある役者に変貌していく。


 

 
 
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青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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