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2014-07-20

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ27

                        チラシ雷蔵 140715

 日々の蒸し暑さに咲く市川雷蔵の涼やかな表情……。
 いつもお江戸の名画座で上映される映画群のチラシを送ってくれているお友達さんが、まだ江戸に移住する前、何を思い立ったか、彼と京都で活躍した映画の先人たちの足跡を求めて「映画紀行」を敢行したことがおました。
 ひっそりとした公園の木立の中に建つ尾上松之助の胸像、等持院境内にそそり立つようなマキノ省三の銅像、その墓地に眠る息子のマキノ雅弘の墓碑、今は息子(田村高広)も眠っている阪東妻三郎の墓碑、亡くなってなお火宅の人だった片岡千恵蔵の墓碑、仁和寺近くの今は空き地となり、まさに『兵どもの夢の跡』のようだった伊藤大輔の住居跡などを掛け足で巡ってきたのでおます。
 「雷蔵の住んでいた家を見に行こう」
 お友達が急に言い出たのも、この時のことでおます。、「へぇ、そんなのが残っているの?」と思いながら、『京都映画人案内地図』に詳しいらしいお友達に連れられ、ノコノコ探索? してきたこともおます。
  かつて一世を風靡した時代劇の大スターが住んでいた住宅だから、どんなに瀟洒な住宅なんだろうと勝手に想像していたら、着いた先は古くからの住宅が密集した一角でおました。栄光の大スターが住んでいたという住宅は車一台がやっと通れるような、まだ町が人間仕様で造られていたころの道路沿いに建ち、もちろん、今は雷蔵とは無関係の人が住んでいるので外観を見るだけでおましたが、大スターが住んでいた40数年前はまだまだ現在の車社会でなかったことを彷彿させたものでおます。

 東京では、またもやの雷蔵映画の上映会でおます。しかし、先の大戦中に誕生した大映の膨大な映画の権利が大映の完全消滅後、角川さんちに移譲されて初の本格的な雷蔵映画祭りではないのかな?
 かつて大映所属の雷蔵は東映所属の大川橋蔵、中村錦之助(のちの萬屋錦之介)、東千代之介と並び、「二スケ二ゾウ」と並び称されたことがあり、それだけでこの4人が当時の若手時代劇スターとして人気があったことがしのばれます(のちに名画座特集で謳われることになる雷蔵と勝新太郎を合わせた『カツライス』という惹句はまだこの当時はなく、勝新太郎も大映時代劇の主演スターでおましたが、人気は今イチで彼ら4人より出遅れています)。
 雷蔵の強みは一部の例外があるにしろ、ほかの3人が時代劇オンリーに生きたのに比べ、単に時代劇スターとしてだけでなく、現代劇にも活路を見出していたことでおます。「破戒」や「ほんち」といった雷蔵特集では必ず入っている作品はもちろん、今回はシリーズ第1作の「若親分」や「陸軍中野学校」「ある殺し屋」も今回は入っており、欲をいえばデビュー作の「花の白虎隊」が入っているなら不況にあえぐ大映が東映のやくざ映画全盛の影響を受け、既に病を得ていた雷蔵の最後の作品となった「博徒一代 血祭り不動」もほしかったところ。

 大映つながりで神保町で既に終わってしまった「にっぽん男優列伝 大映篇」も面白そうな特集でおました。
 雷蔵ばかりが大映映画じゃないよとばかり、時代劇の変化球でブレイクした勝新太郎、その勝新と時代劇でも共演している田宮二郎、新東宝の熱血漢のイメージまんまだった宇津井健、ねじ曲がった若者像を体現した川口浩、映画よりもテレビで人気が出た川崎敬三、後年は劇団新派のおじさんいなった菅原謙二、いろんな役を演じつつ、今ひとつブレイクせず、知的な中年男性のままだった根上淳、好人物のイメージながら暗い役柄も得意とした船越英二、歌舞伎を捨てた時代の軽妙洒脱な中村鴈治郎などの映画が並び、面白いのはこれらの男優陣の映画で若いころの京マチ子、若尾文子、江波杏子らから今は忘れ去られた長谷川待子、中田康子、万里昌代、近藤恵美子などの名花も見られたことでおます。
 

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