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2014-01-05

如何なる星の下にどえらい奴

日劇東映1111301
                

 あけましておめでとうございます

 年初、花のお江戸に住むお友達さんが早速、映画行(シネマこう)をスタートさせたそうでおます。
 今年最初の映画は「大阪ど根性物語 どえらい奴」(1965年、東映京都)と「如何なる星の下に」(1960年、東京映画=東宝)だったそうな。
 よろしおまんな。さすが花のお江戸。旧作映画満載でおます。

 「大阪ど根性物語 どえらい奴」は後年、「トラック野郎」シリーズで気を吐くことになる鈴木則文の映画監督デビュー作品でおます。大正時代の大阪で、それまでの仰々しいばかりの葬式を株式会社組織の近代的な方法に変えた男の話で、藤田まことがその男に扮しとります。
 監督昇進のお手並み拝見という映画でおますから、添え物の当然、モノクロ作品でおます。当時は2本立て上映が主流でおましたが、添え物といえど、腕のみせどころで会社が提示した製作予算の枠を超えなければ、あとはどう作ろうと自由なもので、会社がリキを入れた看板作品よりは自由奔放。この手で低予算ながら、鈴木則文の師匠筋に当たる加藤泰などは今も語り継がれている傑作を残しとります。

 主役の藤田まことの相手役がデビュー間もないころの藤純子でおます。
 鈴木則文は助監督時代から純子のオヤジ(プロデューサーの俊藤浩滋)つながりで親しい仲であり、その知り合いの助監督の一本立ちの映画にまだ新人女優だった純子が花を飾ったわけでおます。ところが則文さん、その新人女優にこの映画で女の半生を演じさせております。映画冒頭の女学生はともかく、やがて結婚して妻となり、ラージポンポンの姿を披露させるばかりでなく、亭主の葬式事業が軌道に乗らず、夜泣きしてむずかる赤ん坊をあやす所帯やつれした母親姿まで演じさせているのでおますな。
 主演女優となってからの藤純子は会社の営業方針もあり、ほぼ決まった役柄しか見せまへんでしたが、このころの藤純子は「何でもやったるで」の意欲がみなぎっていたころでおます。事実、キスシーンを見せたり、似合わない青春映画に出てみたり、ピカレスクロマンの悪女を演じたり、助演女優の気楽さとでもいうのか、このころの方が役柄の幅も限定されておりませんでした。

 でも、そこは則文さんでおます。当時の東映映画の主流だった映画(やくざ映画)には中島貞夫や深作欣二同様、シラケ世代だったものの、その多くのやくざ映画に提供した脚本に見られるように、この作品でもロマンチストぶりを発揮してはります。
 主人公の藤田まことと相手役の藤純子がまだ結婚する以前、恋を語らせているシーンがおます。
 その背景となっているのがリリアン・ギッシュ主演の「散り行く花」の大きな手描きの看板でおます。
 恋を語る娘が散り行く花??
 これ、皮肉ではおません。やがて、藤純子は日本映画が低調な時代の中で唯一、映画に出演し続ける主演女優として成長していきます。
 彼がそれを予感していたのかどうか、このシーンの背景は鈴木則文の新人女優・藤純子への最高の賛辞になってるやんと、この映画を観た当時、大いに感心したものでおます。





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