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2013-09-26

錦之助よ 永遠なれ!

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               「清水港の名物男 遠州森の石松」

 熱狂的な中村錦之助(後の萬屋錦之介)ファンの背寒さんの『錦之助ざんまい』によると、今年、東京・池袋の新文芸坐で11月11日から25日まで開催を予定している錦之助映画の上映会「錦之助よ 永遠なれ!』の上映プログラムがほど決まったようでおます。
 といっても、花のお江戸でおますから、ボクはおいそれとは気軽に東下りはできまへんけど。
 全20作品。錦之助が最も「中村錦之助」として時代劇俳優だったころ(1956~65年)の作品を中心に今や地元の京都で祭りの時期に年一回繰り返し上映されている「祇園祭」や唯一の現代劇で美空ひばりと共演している「海の若人」、やくざ映画全盛に突入する東映と所属俳優として折り合いを付けた「花と龍」なども含まれているようでおます。

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                「弥太郎笠」
     
◎弥太郎笠(1960年、監督・マキノ雅弘)
 先日まで上映されていた『「大衆文芸の父 長谷川伸と股旅映画の世界』でマキノ雅弘監督の「やくざ囃子」(1954年、東宝)を観たらしい、いつもチラシを送ってくれるお友達さんが『マキノはお面、伊藤大輔は御用提灯が好きなんですなぁ』とメールを寄越してきましたが、恋があって祭りがあってのマキノ映画、とりわけ時代劇では「お面」が欠かせない必須アイテムなんでおますな。
 だって、テレやのマキノさん、好きな相手の顔を見て「アイ・ラブ・ユー」なんて告白でけしまへん。かつてマキノ雅弘の自伝をドラマと資料解説でたどったバラエディ番組で森繁久弥が証言していたことでおますが、『次郎長三国志』(東宝版)の撮影中、宝塚出身の越路吹雪(森繁の記憶違いで久慈あさみではなかったか)に自分の恋心を石松役の森繁に打ち明ける演技をさせたところ、ストレートに表現したため、マキノはストップをかけ、「直球で好きな男に近寄っていくのは外国の女、日本の女は好きであればあるほど相手から離れた位置にいる」と演技指導したそうでおます。
 マキノが好んだ「お面」も同じことでおます。目と目が見つめ合い、とてもストレートに愛の告白なんてでけしません。そんな時、照れた気恥かしい気持ちを隠すために登場するのが「お面」でおました。
 やくざの親分だった父親(大河内傳次郎)を非業のうちに死なせ、独りぼっちになった娘(丘さとみ)を救うため、その一家に投宿したことのある旅人(中村錦之助)が親分の仇を討つ話で、好き合った同士の旅人と娘の恋模様は現代からみれば実にまどろっこしい感じでおますが、マキノ雅弘の恋愛学の見本のような映画でおます。

◎清水港の名物男 遠州森の石松(1958年、監督・マキノ雅弘)
 金比羅代参の旅に出た森の石松(中村錦之助)が薄幸の女郎(丘さとみ)と出会い、何にもできずに一夜を過ごすというラブストーリーでおます。ラブストーリーでありながら清水港を船出する石松が船に乗り込むまで清水の宿場の人たちの見送りを受けながらのんきに歌を歌ったり、一夜明けた女郎屋の二階から石松が庭に集まった女たちに猿踊りをしてみせたりと、マキノお得意のオペレッタ映画でもおます。
 それにしても全編語られるのは恋のお話ばかりでおます。主人公の石松がいい女に惚れられることを目指しているためでもおますが、冒頭の清水港の次郎長一家の面々との話題も女の話ばかりでおますし、「お藤ってんだよ。俺が死んだら泣いてくれるさ」と夜の藤棚の下で旅先で知り合った気のいい旅人(東千代之介)との会話も恋人の話、石松が投宿した見受山一家での話題も何もしないまま別れてきた女郎の手紙をめぐる女の想いの話と、まさに石松は女を求めてやまない若者に見たてた青春映画でもおますな。
 マキノの東宝版『次郎長三国志』シリーズの8作目「海道一の暴れん坊」(1954年)を独立させた作品で、マキノの話によれば当時、所属の東映社長(大川博)に「どうしようもない女優」として忌避されていた丘さとみを演技開眼させたことでも知られています。ホンマ、石松がふと立ち寄った女郎屋で障子の蔭から登場する丘さとみのはかなさぶりは凄おます。この映画ではラスト、石松の閉じた片目が開くのでおますが、マキノが開眼させたのは石松ばかりではなかったのでおますな。

◎祇園祭(1968年、監督・山内鉄也)
 所属していた東映を離れて3年、錦之助が「日本映画の復興のために」と心血を注ぎ、独立プロを起こして製作した超大作でおますが、企画段階からプロデューサー、監督の降板、撮影段階の暴力団の横やりと何かと物議を醸した映画でおます。で、完成した映画は? 残念ながら壮大なる退屈な作品になっちゃいました。応仁の乱当時の京都を舞台に京都町衆の底力を結集させ、今に続く祇園祭の実施に奔走する若者のお話でおますが、相棒役の三船敏郎、田村高広をはじめ、美空ひばり、高倉健、北大路欣也、渥美清など、それこそ錦之助の人脈の底力を見せたようなスターがご祝儀出演していますが、ラスト、反対派の矢を受けながらも山車に乗って祭りを先導する主人公の雄姿に「錦之助がやりたかったのは、このヒロイズムだったのか」と思わせる作品でおます。

◎若き日の次郎長 東海の顔役(1960年、監督・マキノ雅弘)
 東映時代劇映画の一方の若手スターとして成長していたころの錦之助映画でおます。侍からやくざ、大阪商人、果ては坊主の役まで何でもござれで、もう一方の東映城の若殿、大川橋蔵と人気を二分していたころでおます。3作製作されたシリーズの最初の作品で、米屋の跡取り息子が米騒動を機にやくざになる、いわばサクセスストーリーで、やくざになることがサクセスストーリーというのもおかしな話でおますが、米屋の息子がやくざになる動機もちゃんと語られております。
 恋女房のお蝶には、当時の錦之助の相手役として最も共演が多かった丘さとみがホンワカ演技で扮し、米騒動の犠牲になって父親(原健策)が切腹をして果て、倫落する武家娘(大川恵子)と追われて娼家に逃げ込んだ主人公との再会が泣かせとります。

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              「笛吹童子」

◎笛吹童子3部作(1954年、監督・萩原遼)
 1951年の会社創立以来、経営難にあえぐ東映に彗星のごとく出現した若者2人ー中村錦之助、東千代之介でおます。北村寿夫原作でNHKの連続ラジオドラマを子ども向けに映画化したもので、上映時間1時間に満たない中編3本を連続上映し、子どもたちの足を映画小屋に向けさせ、おかげで東映は経営難を脱却。子どもたち相手の映画では付き添いの保護者の入場料金が期待できます。以後、この商法は東映まんが祭りに踏襲されることに……。
 とはいえ、ボクは残念ながら笛吹世代ではおません。それまで伝説だったこの「新諸国物語」映画を初めて観たのは1970年代中期のことで、東映自身による復刻上映でおました。凛として爽やかな、まだ滑舌に難が残る錦之助、おっとり物静かな千代之介は、これ以降、「新諸国物語」映画にまい進、童子物映画といわれた時代を経て多くの映画で共演し、錦之助はきらびやかな大スターに、千代之介は地味めのキャラが災いしてか地道な時代劇スターとして成長した別れ道の果ては2人の最後の共演映画「沓掛時次郎 遊侠一匹」(1966年、監督・加藤泰)に顕われていたようでおます。

◎青春航路 海の若人(1955年、監督・瑞穂春海)
 錦之助唯一の現代劇ながら観てまへん。従って、どんな映画なのかわからしません。後に錦之助は「森の石松鬼より恐い」(1961年、監督・沢島忠)で次回作に悩む舞台演出家、「武士道残酷物語」(1963年、監督・今井正)で冒頭部とラストにスーツ姿の現代青年を演じ、ズラのない映画には出ているのでおますけどね。

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