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2008-01-26

女を堕として堕として「山椒大夫」

 溝口健二監督の1954年の大映京都作品「山椒大夫」を初めて観た時、厨子王(花柳喜章)を逃した後、自殺する安寿(香川京子)の入水シーンの神々しさに、思わず身が震えたことを憶えています。
 撮影は、日本映画界が誇る名カメラマン、宮川一夫。そのカメラが捉えたショットの中間に木立があり、その木立の奥に湖が広がっています。カメラは据えっぱなしのワンショットで、静かな水面をたたえた湖に向かって安寿が進み、やがて、安寿の体は水中に消えていきます。
 たった、それだけの短いシーンですが、その時、ボクは息を詰めて目は画面に釘付けになっていたのでしょうね。
 神々しいという形容詞は普段、そう使われることはありませんが、このシーンが終わった後、フーッと息を継いだ時、「神々しい」という言葉がボクの頭の中にインプットされていました。

 溝口健二は映画の中で男社会なるがゆえに女が暴力を振るわれたり、不幸に泣いたり、いじめられたりする姿を繰り返し描いていますが、一般に、そうした女のさまざまな不幸を通して溝口健二は女性への贖罪を描いたといわれています。
 この「山椒大夫」もそうですね。だから、奴隷の身分から抜け出し、行方不明の両親を探すために兄の逃亡を可能にした妹のけなげさを讃えるため、その妹の最期を観る者に「神々しい」と感じさせるようなシーンが用意されたのだと思います。

 この作品を2度目に観た時、次にボクが注目したのは田中絹代が演じた母親の変貌でした。これは1回目では気がつかなかったことです。

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