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2016-12-27

私家版加藤泰論への道 太鼓ドンドコ 三味に荒波ザブーン

                       鬼太鼓座161217

 今年2016年は、加藤泰監督の生誕100年に当たる年でおました。
 夏ごろから名画座の興行街では記念の特集上映が開かれ、「この際、まとめてみ~んな加藤泰映画やで~」みたいなお祭り騒ぎのラインナップで、しかし、そこどこの上映会にも観客として参加することはなかった僕…なのでおます。
 そんな中、映画が完成して以来35年、長く国内では一般公開されてこなかった加藤泰監督のドキュメンタリー映画『ざ・鬼太鼓座』が海外の映画祭(ヴェネチア国際映画祭)でプレミアア上映されるなんて椿事? もあり、それがきっかけで国内で凱旋上映され、ついには来年1月から国内一般公開されるそうでおます。
 それも35年を経たネガフィルムを元に4Kで解像度をアップし、2Kでデジタルリマスター版にするという化粧直しをしてお披露目でおます。技術は進んどりますなぁ。加藤泰監督が生きていたころには考えも及ばなかった画像・音響の復元作業で過去の映像作品をよみがえらせるという技術でおます。
 さぞや、泉下の加藤泰監督も面映ゆい思いではないかと、お察し申し上げます。

 長く一般公開されてこなかったとはいうものの、これまで加藤泰監督の映画にまつわるイベントでは上映されてきたこともある作品でおます。僕も友人の手引きで神戸まで駆け付け、ようやく目にすることができましたが、もうあれから幾霜星の時間が流れたことか!
 冬の佐渡の海にくねる荒波に太鼓ドンドコ響き渡る巻頭のシーンは予想できていたものの、途中、土地の古老にインタビューする場面では加藤泰監督のインタビュー音声が聞こえたり、『ざ・鬼太鼓座』以後に完成・公開された遺作『炎のごとく』のタイトルバックで見かけた観音像? 遊女像?の女性もチラリと挟み込まれたりして、そりゃ~食いいるように観ましたでぇ~。

 全国の先陣を切って上映する東京・渋谷のユーロスペース、ここも加藤泰因縁の映画小屋でおますな。
 加藤泰監督が消えて、およそ10年後、「加藤泰 女と男、情感の美学」と題する回顧上映があったのもココ。もちろん、当時のユーロスペースと現在のユーロスペースは場所替わりしています。
 上映の情報をかぎつけ、どんな作品が上映されるのかも分からないまま、上映初日に東海道を五十三次し、JR渋谷駅からスタコラ映画小屋に辿り着いて観た作品が『車夫遊侠伝 喧嘩辰』でおました。加藤泰の映画の中で最も面白く、加藤泰らしさに満ち満ち、そして僕の大好きな作品を花のお江戸で邂逅したことは何たる幸運!!
 この作品1本を観たきり、再度、東海道を西下のでおますが、この上映会では一日の上映回すべてを『ざ・鬼太鼓座」に当てるという突飛もない企画もあったそうで、残念ながらこの時は『ざ・鬼太鼓座』は観られずじまいでおました。

 改めて『ざ・鬼太鼓座』に出会えること、楽しみやねぇ~。


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2016-10-23

私家版加藤泰論への道 これでラストかもしれない生誕記念上映

                         加藤泰パンフ101011

 来月4日から東京・池袋の名画座で、「生誕100年 加藤泰」という上映会がおますな。
 さすがに今年は加藤泰監督の生誕100年を記念した映画会がモテモテでおます。確認できただけでも国立近代美術館フィルムセンターでの特集を皮切りに京都(京都府文化博物館)、神戸(神戸映画資料館)、大阪(シネ・ヌーヴォ)と、あちらの世界に旅立った映画監督が遺した映画群が花咲き、今度の池袋での上映会が生誕記念のラストを飾る催しになるかもしれまへん。

 特筆すべきは、かつて加藤泰監督の映画が上映されると知ったら、どんなこともさておき駆け付けていたボクが、今年の一連の催しには一度も参加していないことでおます。エンジン切れを起こしたんでっしゃろか?
 冒頭に掲げた写真は、およそ30年以前、加藤泰監督がこの世から消えて数カ月後に行われた追悼上映会で、日替わりでトークショーに参加した加藤泰映画ゆかりのゲストメンバーのサインの寄せ書きでおます。
 場所は、同じく池袋の名画座。もっとも今ある名画座はその後、建て替えられたものでおますが、当時のその名画座は昔ながらの映画小屋の趣きを残した劇場でおました。当時、この名画座に関係していた友達が気を利かせてゲストにサインを依頼し、後日、ボクに手渡してくれた、ボクには期待もしていなかった記念品でおます。
 ♪時世時節は変わろとままよ~の歌詞の文句にある通り、自署のサインを遺してくれたこれらの人たちの名前を見ると、既に加藤監督のもとに参集している人も多く、あちらの世界で皆で加藤監督の「よ~い、アイッ!」の掛け声を楽しんでいるのかな?

 今回の来月4日から始まる特集上映に予定されている映画は20本でおます。

文芸坐加藤泰161026


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2016-09-30

私家版加藤泰論への道 まだまだ続く生誕100年記念

                       加東泰の仕事シネヌーヴォー版160924

 来月8日から浪花の街でも、加藤泰監督の生誕100年を記念する上映会が始まります。 
 題して『生誕100年 映画監督加藤泰の仕事』。
 花のお江戸でも、この夏、大規模な回顧上映会があったんだから、西の大都でもやらにゃー嘘ですよね。当然、東京の時より上映映画の本数は少なく、現在、上映に耐えうる映画が選ばれ、その数26作品でおます。
 ▽『忍術児雷也』
 ▽『逆襲大蛇丸』
 ▽『源氏九郎颯爽記 白狐二刀流』
 ▽『浪人八景』
 ▽炎の城』
 ▽『怪談お岩の亡霊』
 ▽『瞼の母』
 ▽『真田風雲録』
 ▽『風の武士』
 ▽『車夫遊侠伝 喧嘩辰』
 ▽『幕末残酷物語』
 ▽『明治侠客伝 三代目襲名』
 ▽『沓掛時次郎 遊侠一匹』
 ▽『骨までしゃぶる』
 ▽『男の顔は履歴書』
 ▽『阿片台地 地獄部隊突撃せよ』
 ▽『みな殺しの霊歌』
 ▽『緋牡丹博徒 花札勝負』
 ▽『緋牡丹博徒 お竜参上』
 ▽『緋牡丹博徒 お命戴きます』
 ▽『昭和おんな博徒』
 ▽『花と龍』
 ▽『宮本武蔵』
 ▽『日本侠花伝』
 ▽『江戸川乱歩の陰獣』
 ▽『炎のごとく』

 現在、上映可能な作品って、結構おますな。『懲役十八年』や『人生劇場』が漏れているのはちょっとさみしい気もするのでおますが、映画監督ご本人があの世に旅立ってからでも今年で31年、その間、ニュープリントで再生された作品も数多くおますが、でも、
まだこれだけの作品にお目にかかれるというものでおます。
 『人生劇場』といえば、この夏、WOWOWでも加藤泰映画が特集放送された折、千葉に住まいする友達が全作品観たそうでおますが、『人生劇場』を「すごい映画やね」と感激し、DVDに録画しておいたそうでおます。
 ボクとしては「『車夫遊侠伝 喧嘩辰』は絶対ええから」と推していて「『喧嘩辰』も採っておいてほしかったわ~」の気持ちでおますけど、これは個人個人の見方、考え方の違いでおますからどうしようもおまへん。
 そして、彼が指摘したもうひとつのポイントがおました。
 「加藤泰の映画って、橋が重要なファクトリーなんやね」
 おぬし、鋭いぞ!
 確かに、確かに、その通りでおます。あっち側とこっち側を結ぶ橋、そして「あっち側には何があるんだろう。興味は尽きない」とかつて加藤泰監督が何かに書いていたか、話していたか、そんなこともおましたが、加藤泰映画をほとんど観たことがなかった友達が一発で特徴を見抜いた鋭い指摘に、ボクは驚き、その慧眼に感激してしまったというのがオチでおます。

 この夏の国立近代美術館フィルムセンターの特集時にも上映されず、今回の浪花での特集にも含まれていない作品がひとつおます。
 それは長く幻の映画となっている『ざ・鬼太鼓座』でおます。
 「やはり、今回も幻なのか……」と思っていたら……。











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2016-08-06

その後の「生誕100年 映画監督加藤泰」

お竜参上・今戸橋2 160806

 現在、東京国立近代美術館フィルムセンターで、加藤泰監督の映画を回顧上映する催し『生誕100年 映画監督加藤泰』が開催中でおますが、地理的にも遠いこともあり、指をくわえて遠いお江戸のお祭りを見えぬ空から「江戸はあちらのほうか」と眺め暮しとります。

 そんな中、今夜、CSの映画チャンネルで『緋牡丹博徒・お竜参上』が放送され、観ちゃいました。
 やっぱり、エエわぁ~~~。
 泰美学のエッセンスが凝縮された映像世界にしばし現実を忘れ、酔いしれました。
 映画って、観客を酔わせてなんぼの世界ですからね、酔わせなきゃソンソン、酔わなきゃソンソンてなもんです。

 ところで、お江戸在住のお友達は、しばしばフィルムセンターに通っているらしく、何分にも彼は都区内に住まいしているので、ボクより簡単にフィルムセンターに行けるので、ホンマうらやましゅうおます。
 昨日も加藤監督の戦前の文化映画(加藤監督の表現による)『虱は怖い』を観たらしく、こんなメールを寄越しました。

 『記録映画なのにローポジ、長回しで、女の情熱を描いていた。加藤泰恐るべし。』

 そう言われたって、ボクは観てへんからわからへんがな。
 この作品は人間に取りつくシラミの恐怖を伝えた啓蒙映画と聞いとりますが、『女の情熱を描いていた」とは?
 この映画の製作当時、加藤監督は確か30代の初めごろで、満州(現・中国東北部)で映画に携わっていた時代でおます。文化映画も2本か3本のころで、のちに加藤泰を語る代名詞となるローポジションのカメラアングル、カメラ据えっぱなしの長回し撮影は、既に意識していたのでおますやろうか。

 『お竜参上』の菅原文太のセリフに
 「あなたはやさしい人だ……」
という一言がおますが、お友達にあてはめて言うと
 「あんたはおトクな人だ……」
になりますな。
 加藤泰初期の稀有な作品に出会うことができたのだから!

 映画小屋でまだ観ぬ加藤泰映画の数本……追っかけ甲斐があるというものでおます。
 追いつくのが早いか、命数が尽きるのが早いか……生きているうちが花なのさ。



 
2016-08-01

私家版加藤泰論への道 生誕100年を記念した加藤ワールド最終章

朝霧街道 160718  
                「朝霧街道」の高田浩吉

 先日、フィルムセンターでの『朝霧街道』の上映中、客席の携帯電話が鳴り、映画の上映中にもかかわらず電話で会話を始めた観客がいたそうな。
 それがどれくらい続き、声の大きさがどんなものだったのかは居合わせていないので分かりませんが、上映終了直後、誰がそんな非常識なことをしたのか分からないまま、怒りの抗議を上げた人がいたというので迷惑だったのは明らか。
 最近、いますよね。携帯電話に限らず、上映中、私語を延々とやっている人たち。もはや劇場と自宅の茶の間の判別もできない人が増えているということでしょうか。
 私語を交わす人がいれば以前はよく注意を促していたのですが、いちいち注意するのもアホらしく、かといって、そんな環境下で映画を観たくないといのも、ボクが映画小屋から遠ざかった一因なのかな?

 さて…………


32)みな殺しの霊歌(1968年、松竹大船)
 『男の顔は履歴書』に続き、再度、加藤泰監督が松竹大船撮影所に乗り込み、野村芳太郎、山田洋次の両監督の協力で実現した加藤泰フィルモグラフィーの中でも異色作。自分の許せない悪いやつらを次々と殺していく男性版「五弁の椿」で、本家の山本周五郎の「五弁の椿」で殺されるのは男たちだが、この作品で殺されていくのは暇を持て余した有閑マダムのおばさまたち。
 殺人犯として逃げていく男が男性版「おしの=「五弁の椿」のヒロイン」だが、おばさまたちはまだあどけなさを残すクリーニング店の少年店員をむりやり溜まり場に引き込み、強姦してしまう。その結果、ショックを受けた少年は自殺してしまうが、少年の死の原因を知った男が残虐な手口でおばさまたちを襲っていく。
 男と少年とを結ぶ接点は何もない。ただ、日常見かける少年の清らかな笑顔が、かつての自分にもあったものとして忘れられず、その清らかさが汚されたことへの怒りが男を突きあげる。一歩間違えば変な誤解を生みそうな殺害の動機だが、全編をモノクロのやるせないほどの暗いトーンに終始し、やりきれないほどの哀しみが全編を覆う。
 かつて1975年の一昼夜まるごと加藤泰映画上映の催しで初めて接した時は、上映時間が悪かった。真夜中の上映で、それまで昼から夜へと加藤泰映画を観続けてきた身には疲労感ドップリ、睡魔が遠慮なく押し寄せ、鑑賞状態としては極めて最悪だった。、その語、再度観る機会を得て、加藤泰映画の中でも最も好きな作品のひとつとなっている。


花札
33)緋牡丹博徒 花札勝負(1969年、東映京都) 
 『みな殺しの霊歌』の翌年、加藤泰監督が本拠地・東映京都に戻り、全盛を誇っていたやくざ映画という会社の路線の中での仕事がしばらく続く。本格的なやくざ映画は『明治侠客伝 三代目襲名」以来で、既にスターの座を確立していた藤純子を映画の主役として得たことで、東映京都の中では常に傍流の観があった加藤監督が本流入りし、同時に当時活発化していた学生運動の学生たちの支援を受け、評価の表舞台に出るようになる。
 加藤監督が少年期を過ごした名古屋を舞台に「ロミオとジュリエット」的なやくざ間の抗争が展開するが、既にシリーズとしてスタートしていた『緋牡丹博徒』3作目の監督として話があった時、山下耕作監督や鈴木則文監督による前2作を観て「なんじゃ、こりゃ~」とびっくりしたという。「お龍さんは幼稚園の先生かい?」と驚き、やくざ世界でまだ実力もない若い女が「教訓を垂れるようなことは片鱗もあってはならん」とし、お龍の造型を一から洗い直したとか。「なんか人にもの教え顔なんだよなぁ」とインタビュー時に語っていた加藤監督の口調を今でも思い出す。でも結局、この作品でも若き女やくざは恋と父親の仇討ちのジレンマに悩む若者を諭してはいるんだけどね。

34)緋牡丹博徒 お竜参上(1970年、東映京都)
 加藤泰監督の作品中、ボクが最も多く、繰り返し繰り返し観た映画。それは加藤泰だからということもさることながら、ご贔屓の藤純子の主演映画だったということも起因している。今でこそしばらく映画小屋では観ていないが、ひところは一年に一度は必ず再会していた映画で、当時、人気絶頂だった藤純子の主演映画を観ることにより加藤泰を学習したと言っても過言ではない。
 「やはり川があるんですよ」と菅原文太の自分の故郷を語るつぶやきで始まる、例のみかんコロコロの雪の今戸橋の名場面に何度も何度も魅了され、よく飽きないでいたものだと自分でも驚く。加藤泰映画には、何度観ても飽きない、いや、観れば観るほど思いを深くするシーンがいくらでもある。映画小屋では聞き取れないが、テレビ放映時に聞いた橋の下を流れる川の瀬音も盛り込み、そのあたり、さすがに芸が細かい。
 この雪の今戸橋のシーンにしたって、あの積もった雪ではみかんはコロコロ転げないよとクレームをつけるのは愚の骨頂というものだ。あえかな女(お龍)と男(青山常次郎)の別れのシーンでみかんは転がっていかなければならない。嘘を承知の虚構の世界こそ純粋に楽しむべきで、言葉少なに別れていくシーンに酔うべきである。酔えない人は虚構への読み込みが足りないのでは?
 「純子は何にも言いません  文太も何にも言えません……
 藤純子の女優引退後に公開されたリバイバル上映時のポスターのキャッチコピーこそ、この雪の今戸橋を語って余りある名コピーではなかったか。

35)緋牡丹博徒 お命戴きます(1971年、東映京都)
 藤純子の女優引退を翌年(72年)に控えたシリーズ7作目。当時、学生層に絶大な支持を集めていた加藤泰監督が映画の主役に人気女優を仰ぐことにより、傍流から本流に流れを変え、前作「緋牡丹博徒 お竜参上」に続いて登板。このシリーズは本来、この7作目で打ち止めにすべきだったが、そうはならなかったのは商業映画の宿命とでもいうべきか。
 この作品は、加藤泰が藤純子の女やくざ映画に決別した作品として記憶される。ラスト、修羅のごとき形相の緋牡丹お龍の現実を無垢な子どもに目撃させることにより、お龍は単なる人殺しでしかないことを明らかにしている。シリーズの前2作のように、もはやお龍には殺人の罪を肩代わりしてくれる男たちは登場しない。この後、加藤泰は再び女やくざの映画を撮ることになるが、そのヒロインは男たちを次々に殺していく殺人鬼でしかない。
 藤純子を映画の主役に得ることで気力を吐いた監督はほかにも山下耕作がいるが、彼も加藤泰に続き、この後、『女渡世人 おたの申します』で藤純子の女やくざ映画に決別している。

36)昭和おんな博徒(1972年、東映京都)
 藤純子の女優引退後、女やくざ映画に未練たっぷりな会社の要請を受け、再度、女やくざ映画に立ち向かった加藤泰監督の最後の東映作品となった映画。この種の映画では藤純子の先輩に当たる江波杏子を主役に迎え、やくざ社会で将来有望な夫を殺されt女がその仇を討つため、自らもやくざ社会に飛び込み、次々と仇を討っていくやくざ映画版『五弁の椿』。このころ、既に大映映画はなくなっていたが、江波杏子は大映時代、同じ原作者(藤原審爾)の題材を『昭和おんな仁義』として主演している。
 藤純子とはキャラクターが異なる江波杏子を使って、藤純子のような女やくざの映画をという会社の意向を痛いほど汲んだ加藤監督、悪戦苦闘した痕跡がありありと分かる一作だが、そのかわり、藤純子主演の映画では絶対できなかった女と男の絡みのシーンも取り入れ、エロサービスも欠かさない。上半身だけの、肝心のところは箱火鉢の陰に隠れてはいるけどね。




 

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2016-07-16

私家版加藤泰論への道 生誕100年を記念した加藤ワールド3

 のんびり過ごしているうちに始まっちゃったよ、フィルムセンターの特集上映「生誕100年 映画監督加藤泰」。入りはどうなんでしょうかね。
 いつものお江戸のお友達とは違う関東在住のお友達F氏から先日、電話があり、開口一番「行かないの?」と訊かれちゃいました。
 そ、そんな殺生な質問はやめてよの気分です。かつて、東京・渋谷のユ―ロスペースであった加藤泰映画の上映会にスケジュールも分からないまま駆け付けたボクを知るF氏にとっては当然の質問ながら、時代は「流れ、流れて」、かつて以上に今は東海道五十三次、遠くなっています。
 新幹線の速さ以上に関東・関西をつなぐリニアモーターカーも現実となっているこの21世紀、ボクにとってはかつて以上に花のお江戸が遠くなっているのはどうしてなんだろう……??
 スケジュールも分からないまま血気にはやって東下りしたユーロスペースの催し初日に観たのは、加藤泰映画を観る上で、語る上でも絶対に欠かせない『車夫遊侠伝・喧嘩辰』であったことは東下りした甲斐があったというものでした。

喧嘩辰 160715
23)車夫遊侠伝 喧嘩辰(1964年、東映京都)
 人間、何かを必死にシャカリキになってやっていると、本人は大まじめでも周りから見ると何ともおかしくて微笑ましい現象というのがよくある。そんなおかしくて、しかし、本人にとっては大汗を掻くほどの真剣な男と女の騒動を描いた加藤泰フィルモグラフィーからは欠かせない映画の代表作。
 もうほんの数年で20世紀になろうとする19世紀最末期(1898年=明治31年)の大阪で生きていた東京から流れ者の人力車夫・内田良平と大阪と京都の府県境の山崎出身の売れっ子芸者・桜町弘子との「お前ら何やってんの?」と言いたくなるようなおかしくて、そしてちょっぴりホロリとさせる男と女の愛の物語の一編。
 地元・大阪で上映されると、男と女がめでたく結婚式を挙げ、「有馬温泉へ出発や!」と曾我廼家明蝶扮する親分の声が上がると必ず観客席からドッと笑い声が湧き起こる。大阪の人間にとってあまりにも身近な温泉地がハネムーン先に選ばれているからだろうが、この感覚は東京の人にとっては箱根温泉がハネムーン先になることに匹敵しているだろうか。
 騒がしい披露宴後の新郎・新婦の送り出しから一転、アップと超ロングショットを組み合わせたモノクロ画面の黒と白のコントラストが生きる人力車のまさに道行きシーン、目的の旅館に到着し、せっかくの結婚が破たんになってしまうシーンを経て大阪に戻った車夫が芸者を仲人の親分に突き返し、その後の小休止のようなシーンで大阪の古い子守唄「天満の子守唄」が流れるまでのたたみかけるような展開は、結婚以前の男が女に惚れてしまった下りを含め、導入部のシーンは目が離せないほどの巧みな話術が生きている。
 映画の冒頭、梅田ステーション(現在のJR大阪駅)のシーンに「1898年(明治三十一年)」のテロップが出るが、初めてこの作品に接した時から「なんでわざわざ……?」と不思議でならなかった。作品的には時代設定をはっきりさせる意図であることはわかるが、
何度もこの作品を観返しているうちにハタッと思い当たった。特に設定した時代から考えると、これは1915(大正5)年生まれの加藤泰監督の親世代の物語だったのではないかと。むろん、両親の自伝という意味ではない。そんなこは加藤監督は一言も語っていないし、残された文章や記録にもない。想像でしかないが、これは監督の親世代の人たちが若かったころのある男と女との出会いと結びつきを描いたのではないか。しかし、この作品でモデルとなった男と女が結ばれるまでのやり取り、心の動きは加藤監督自身の経験が裏打ちされていると推測している。
 この作品のヒロインを演じている桜町弘子もどこかの書物で語っている。「加藤先生の映画に出てくる女って、先生の奥さまがモデルじゃないかしら」と。

24)幕末残酷物語(1964年、東映京都)
 恩師・伊藤大輔監督が日本映画がまだサイレントであったころ『「興亡新選組前史・後史』(1930年、日活太秦)で新選組を描いたように、弟子をもって自認する加藤泰監督も幕末の御用暴力集団であった新選組にチャレンジした映画。
 全編、新選組の屯所内に限定した男たちだけの息詰まるような明け暮れが活写されていく。新選組創立に寄与した総長・芹沢鴨の甥という出自を隠して潜入した若侍に扮した大川橋蔵が、それまでの目ばりばっちりなメイクを捨てノーメイクで挑んだ作品だが、その後の映画、テレビの新選組ドラマで常に清廉な若者として登場している沖田総司(河原崎長一郎)が隊士が次々に粛清される中で組織内にあって自己矛盾を抱えながらも表面にけっして出さない姿が印象深い。
 そして、竹光で切腹し、負傷して寝込んだ橋蔵の主観のショットで初めて登場する田舎出の屯所の下働き・藤純子の清らかさも忘れ難い。

25)明治侠客伝 三代目襲名(1965年、東映京都)
 既に時代劇の東映からやくざ映画の東映にウリを変えていた中で、初めて加藤泰監督が本格的なやくざ映画(世にいう任侠映画)に参戦した作品。明治時代の大阪で対立するやくざ組織の抗争を描くとともに。その抗争に巻き込まれていくやくざな男・鶴田浩二と
曾根崎新地の娼婦・藤純子の愛の行く末が情緒てんめんに描かれる。加藤監督は「長谷川伸の世界を目指した」と語っているが、男と女がやくざ世界の絡み(義理)から、お互いに「アホな奴(おなご)」と自嘲しているところがもの哀しい。
 リアルタイムで観たことはないが、始めて大阪・新世界の映画小屋でこの作品に接した時はクレジットタイトルが途中で欠け、赤茶けて褪色もはなはだしいフィルムだった。

遊侠一匹
26)沓掛時次郎 遊侠一匹(1966年、東映京都)
 『瞼の母』に続く長谷川伸の戯曲の映画化で、加藤泰監督がやくざ映画が主流になっていた東映で時代劇の映画製作を熱望していた中村錦之助との最後の作品となった映画。やくざ世界の付き合いで殺してしまった男の妻と子どもを連れて旅に出た男が、その人妻にどうしようもなく魅かれていき、人妻のほうも憎い仇のはずであった男の存在に亡くなった夫に「このごろでは思い出すのも少なくなった」と心で詫びる。篇中、酒に酔った男が述懐する「人の心は勝手に動いてしまう」の言葉通り、意識している自分の心と無意識に発露してしまう本当の自分の思いとの間で苦しみ、のたうち回る姿が股旅時代劇ながら男と女にカセを設けることで恋愛ドラマの秀作に仕上がっている。

骨までしゃぶる
26)骨までしゃぶる(1966年、東映京都)
 幼い弟妹たちの世話に追われていた貧しい、無学の女が東京・洲崎の娼婦になったことで成長していくストーリー。といっても全勢を誇る遊女として成長するのではない。遊廓という世界を通して、社会のからくりを学び、敢然と反旗を翻し、勝利を勝ち取るまでの姿を追っていく。まさに加藤泰監督好みの「強い女」の体現であり、ヒロインが反旗を翻したものの、いったんは破れ、悔し涙に暮れる姿は映画界で常に闘いを挑んできた監督自身の経験を彷彿させる。
 こういう無知な女の成長物語は後年の超大作『日本侠花伝』(1973年、東宝)にも共通している。残念ながら、この作品は超大作ではなく、低予算の添え物、モノクロ映画で、製作予算、撮影日数さえ守れば、あとは自由という条件の映画こそ、加藤監督の真骨頂が発揮され、「オモロイ映画」に仕上がっている。
 この作品で初めて映画の主役を務めた桜町弘子は、かつて東京・阿佐ヶ谷の名画座で上映された時、自宅が近所であったためか毎日のようにこの自分の記念作品を観に来ていたという。

28)男の顔は履歴書(1966年、松竹大船)
 『恋染め浪人』以来、東映京都を本拠地にしてきた加藤泰監督が初めて他者の松竹で撮った作品。時代劇を作り続けてきた中で野村芳太郎監督、山田洋次監督と交流を結んできたことで実現した映画とも聞く。当時、本物のやくざから俳優に転身した安藤昇を主演に据え、戦後の闇市を舞台にした日本人と戦争に買ったと誇る在日外国人との闘いを描き、のちの『阿片台地 地獄部隊突撃せよ』『懲役十八年』と並ぶ「戦中派三部作」と称される映画群の第一作。
 戦争帰りの町医者で、抗争を傍観している主人公がつぶやく「付いていくっていうのが好きだからな、日本人ってやつは」の言葉が忘れられない。
 その町医者とかつて霊愛関係にあった女を演じる女優が安藤昇の相手役ということで尻ごみが続き、なかなか決まらず、加藤監督によれば桜町弘子を希望したところ、本人も乗り気だったという。しかし、当時まだ厳然とあった五社協定にはばまれ、フリーの中原早苗に決まったいきさつがあったらしい。

29)阿片台地 地獄部隊突撃せよ(1966年、ゴールデンぷろ、配給=松竹)
 これも安藤昇主演の戦争物映画。しかし、これもようやく大阪・新世界の映画小屋で邂逅を果たした時、既に褪色、駒飛びの激しい上映フィルムで、おそらくジャンク寸前ではなかったか。従って、映画を愉しむというより、いつまた駒飛びが起こるか、そちらのほうが気になってハラハラした状態で観たため、印象は薄い。現在は名画座の安藤昇特集をきっかけでニユープリントの上映フィルムがあり、近くDVDも発売されるという。

30)懲役十八年(1967年、東映京都)
 戦後の闇市時代をともに過ごした友の裏切りと、その友に対する怒りが爆発する安藤昇主演の「戦中は三部作」の最後を飾る作品。加藤泰監督が常に映画で描き続けていた「許せぬ」がみなぎっており、その友の代わりに罪を背負って刑務所送りとなり、シャバに戻ってくると友は私腹を肥やして裏社会の顔役になっており、戦争未亡人の女は愛人となり、戦災被害の老女は騙されて自殺し、かつての恋人も悲劇に泣いて逸いる。
 加藤ワールドの映画では常に凛とした強い意思を持つヒロインだった桜町弘子の最後の加藤映画のヒロイン作品で、ここでは珍しく加藤監督が最も嫌っていたメソメソした女性を演じている。彼女は戦災を受け、病気の母親を抱えて戦争で生き残った弟とは生き別れの状態で、最後にようやく「私も強く生きていきます」と主人公に宣言するのだけれど。

31)虱は怖い(1944年、満州映画協会)
  剣 縄張<しま>(1967年、CAL・日本テレビ)

 『虱は怖い』は先の大戦中、かの地の満映で過ごした加藤泰監督の3本目の記録映画で、発疹チフス予防を啓発する映画だったという。当然、未見の作品で、江戸在住で大阪出身の友達によれば、東大阪市の公立図書館にビデオが所蔵されていうらしいが、いまだ確認には至っていない。

 『剣 縄張』は、加藤泰監督が残したたった一本のテレビ映画で、この一本でテレビの仕事は懲りて、以後、テレビとはシナリオだけの付き合いになっている。懲りた理由は予算もさることながら粘り屋の加藤監督には過密すぎるテレビ映画製作のハードスケジュールが体質には合わなかったという。
 剣にまつわるエピソードを描いたシリーズ物の時代劇で、数年前、NHKの衛星放送で流れたが、気がついた時には放送日が過ぎていたという、いまだ「永遠に幻の作品」となっている。
 
 
 
プロフィール

青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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