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2016-12-18

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ37

                       チラシ田中絹代 161217  チラシ浪花千栄子 171217

 お江戸在住のお友達から、今年最後となる名画座のチラシが送られてきました。
 その中にあった日本映画の象徴的な催しが来年1月4日から神保町で始まる「没後40年特別企画 女優・田中絹代」と1月14日からの渋谷での「名脇役列伝1 浪花千栄子でございます」の特集でおます。
 片や、戦前戦後を通じて主演女優を貫いた田中絹代、片や、脇役ながら映画ファンの記憶に長く名前を残すことになった浪花千栄子のおばさまたち(僕の年代からみればね)。
 多くの人と同様、どちらも私生活では毀誉褒貶の多かったおばさまでござります。

 田中絹代特集では、日本映画初の女性監督として自身の監督作品『恋文』(1953年、新東宝)と『乳房と永遠なれ』(1955年、日活)を含む全19作品が予定されとります。
 ◎恋の花咲く 伊豆の踊子(1933年、松竹蒲田、監督・五所平之助)
 ◎非常線の女(1933年、松竹蒲田、監督・小津安二郎)
 ◎マダムと女房(1931年、松竹蒲田、監督・五所平之助)
 ◎愛染かつら前後編(1938・39年、松竹大船、監督・野村浩将)
 ◎簪(1941年、松竹大船、監督・清水宏)
 ◎風の中の牝鶏(1948年、松竹大船、監督・小津安二郎)
 ◎夜の女たち(1948年、松竹京都、監督・溝口健二)
 ◎花籠の歌(1937年、松竹大船、監督・五所平之助)
 ◎宗方姉妹(1950年、新東宝、監督・小津安二郎)
 ◎銀座化粧(1951年、新東宝、監督・成瀬巳喜男)
 ◎煙突の見える場所(1953年、スタジオ8プロ、監督・五所平之助)
 ◎流れる(1956年、東宝、監督・成瀬巳喜男)
 ◎黄色いからす(1957年、歌舞伎座映画、松竹、監督・五所平之助)
 ◎太夫(こったい)さんより 女体は哀しく(1957年、宝塚映画、東宝、監督・稲垣浩)
 ◎彼岸花(1958年、松竹大船、監督・小津安二郎)
 ◎楢山節考(1958年、松竹大船、監督・木下恵介)
 ◎サンダカン八番娼館 望郷(1974年、東宝、俳優座、監督・熊井啓)
 ◎恋文(1953年、新東宝、監督・田中絹代)
 ◎乳房よ永遠なれ(1955年、日活、監督・田中絹代)

 上映予定作品を一覧すると、よくも悪しくも(役柄がニンに合っていたかどうかの意味で)女優・田中絹代の足跡がよく分かるオンパレードで、トドメを刺すのは1974年の『サンダカン八番娼館 望郷』でおますやろか。それまで実年齢より若い役を演じることが多かった田中絹代が初めて実年齢に近い、それもきれいに化粧した役ではなく、よれよれのおばあさん役で登場してきたことに女優魂を感じたものでおます。
 その一方で、1958年の『彼岸花』あたりの田中絹代を見ていると、久しぶりの小津映画への出演だったためか、中流家庭のサラリーマンの妻という品のいい役ながら「天下の小津映画に出ているんだ」という気負いを感じてしまうのでおます。


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2016-11-05

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ36・メイカ篇

                       チラシ 芹明香161031

 お江戸のお友達から例によって東京の名画座を中心とする映画のチラシが送られてきて、渋谷では先月末から『祝・生誕45周年!芹明香は芹明香である!』と題する特集が上映されているそうでおます。
 日活ロマンポルノ映画が誕生して今年で45年を迎えたそうで、しかし、生誕45周年とはいえ、現実には日活ロマンポルノ映画が消えたのは遥か昔のことになりますな。日本に映画が渡来し、動く写真、つまり活動写真と呼ばれ、映画が商品化された初期のころに誕生した名門・日本活動写真株式会社、つまり日活が1971年、事実上の一般映画製作から撤退し、その後、18R専門の映画会社として再出発、そのころはまだ18Rの裸映画を指す言葉として「ピンク映画」なる語句が生きていた時代で、そのピンク映画の市場を席巻していた幾多の弱小ピンク映画製作の専門プロダクションとは一線を画するため、ロマンポルノなる、ちょっとお洒落な感覚の横文字言葉を考案し、日活の裸映画は出発したわけでおますな。
 弱小プロダクションとは一線を画するとは、さすが名門・日活。腐っても鯛でおましたんやな。

 片桐夕子、山科ゆり、絵沢萌子、白川和子など日活ロマンポルノスタート時からの女優たちに遅れること数年、登場したのが芹明香でおます。遅れること数年といっても、それはわずか1、2年の差程度で、ロマンポルノ初期の女優群のひとりといってもいいのでは? 受け口気味の唇がいつも半開き状態で、投げやりな目つきの気だるそうな表情をした女の子でおました。気だるそうな表情はラリってるの? と思わせるような危なげな感じで、あれは芹明香の本来のキャラクターだったのか、それとも作られた個性だったのか、まだほんのガキだったボクにはよう分かりまへん。

 その後、芹明香は数回の刑事事件に関係し、次第に表舞台から姿を消したのでおますが、芹明香が登場したころ、彼女と同じ出身地である大学の同級生が自分と同じ高校の出身で、下級生だった彼女はそのころから目立つ女子高生だったとよく話をしていたものでおます。
 その芹明香が今回の特集上映のトークショーにゲスト出演するということで、初日だったかに行われたトークショーに駆け付けたお友達が客席から捉えたアングルの現在の芹明香の写真をメールで送ってくれました。
 ボク個人としては、こういうのってあまり好きではないんでおますな。つまり、何年も表舞台から消えていた女優が表舞台に現れるということでおます。時は残酷なもので、どんなに美女であっても、どんなにそうじゃなかった女優であっても、人間には等しく時の残酷さは訪れるものでおます。それは十分分かっていながら、かつては若々しかった女優の「今」を垣間見るなんて、受け取る自分側にとっても残酷なことで、改めて人間は必ず老けていくもので、その法則から逃れた者はひとりもいないということを痛感させられるのでおます。
 で、写真を送ってくれたお友達へのボクの返信は……

 「おちついた、ええ感じのおばはんやね」でおました。

 そのころ、ボクはもう一人の「メイカ」と対面していたのでおます。




 

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2016-09-25

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ35

                        チラシ女流文学映画

 お江戸のお友達からチラシが送られてきて、今回は名画座のチラシは少なかったのでおますが、数少ないうちから、ちょっと取り上げてみました。夏の間、ブログ更新を怠けていたためのウオーミングアップでおます。

▽「吉屋信子と林芙美子 女流作家の時代」
 来月1日から一カ月、神保町の小屋で予定されている特集でおます。吉屋信子、林芙美子、宇野千代、壷井栄、円地文子、平林たい子、原田康子、向田邦子、有吉佐和子、平岩弓枝などなど、昭和の文壇を彩った華麗な? おばさまたちが名を連ねとりますな。
 そのおばさまたちが心血を注いだ小説をもとにした映画群をざっと羅列してみると……

 吉屋信子=「花つみ日記」(1939年、東宝京都、監督・石田民三)
        「安宅家の人々」(1952年、大映東京、監督・久松静児)
        「鬼火」(1956年、東宝、監督・千葉泰樹)
        「花の慕情」(1958年、東宝、監督・鈴木英夫)
        「花の恋人たち」(1968年、日活、監督・斎藤武市)
 林芙美子=「稲妻」(1952年、大映東京、監督・成瀬巳喜男)
        「下町(ダウンタウン)(1957年、東宝、監督・千葉泰樹)
        「泣蟲小僧」(1938年、東京発声、監督・豊田四郎)
        「放浪記」(1962年、宝塚映画、監督・成瀬巳喜男)
 

 平林たい子=「地底の歌」(1956年、日活、監督・野口博志)

 円地文子=「結婚相談」(1965年、日活、監督=中平康)

 宇野千代=「おはん」(1984年、東宝、監督=市川崑)

 壷井栄=「女の暦」(1954年、日活、監督=久松静児)

 原田康子=「白い悪魔」(1958年、日活、監督=斎藤武市)

 向田邦子=「あ・うん」(1989年、東宝、監督=降旗康男)

 有吉佐和子=「恍惚の人」(1973年、芸苑社、監督=豊田四郎)

 平岩弓枝=「惜春」(1967年、松竹大船、監督=中村登)

 上映が予定されている映画は以上の17作品でおます。
 おなごはんも強ぅなりました。男たちとの関わりにおいても欲得抜きの愛情だけでなく、打算も欲得も男と同じで、かつては夫に、恋人に捨てられて泣くのはおなごはんだけだったのに、今は男も泣く時代になってます。 それだけ男女差がなくなったとも言えるし、均等なのは何も雇用問題だけではおまへんなぁ。


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2016-08-13

チラシを見ても映画を観たことにはならねぇ34

                       チラシ1 原・京子160813

 お盆休みの2日目、お江戸のお友達からまたまた名画座のチラシが送られてきました。
 早速、開封してみると、花のお江戸の名画座はこの暑さにもめげず、頑張ってはりますな。
 お盆は鬼籍に入った仏たちが残った家族のもとに還ってくる時期でもおますが、かつて日本映画の銀幕を飾った鬼籍組のスターたちも、この時期、名画座のスクリーンに還ってきて、昔のままの姿にわれわれは逢えるというものでおます。

 『伝説の女優 原節子』
 『昭和の銀幕に輝くヒロイン第82弾 香川京子』
 原節子のほうは神保町の小屋、香川京子のほうは阿佐ヶ谷の名画座の催しでおます。
 もはや、名画座の日本映画旧作上映の常連といってもいい美女2人の特集でおます。
 原節ちゃんは昨年の9月に鬼籍に入り、もうすぐ一周忌を迎えます。戦前のごく初々しい姿が見られる『河内山宗俊』(1936年、監督・山中貞雄)からスクリーンから姿を消す数年前の『娘・妻・母』(1960年、監督・成瀬巳喜男』までの21作品の上映で、特集の表題は『伝説の女優』とおますが、ボクはここに『妖しの伝説の女優』としたほうがええんちゃうかと思っております。
 『永遠の処女』と謳われ、その神秘的なまでの処女性が原節子を語る上でのウリになっておりますが、昨今のお手軽に誰でも裸になってしまう時代とは異なり、原節子はそのエロスが役柄に、表情に押し込められているからこそ妖しの』なのでおます。

 香川京子のほうは健気な娘を演じた『おかあさん』(1952年、監督・成瀬巳喜男)から東宝のホームドラマ『早乙女家の娘たち』(1962年、監督・久松静児)までの10本の香川京子出演映画の上映でおます。
 かつて香川京子は「監督キラー」の女優と呼ばれ、巨匠、中堅、若手を問わず、出演を要請された女優でおますが、不思議な女優さんでおます。スターであり、多くの映画に出ているにもかかわらず、一本も主演映画を残していないということもさることながら、かつてこれほど色気を感じさせたことのない女優っておったやろか? なのでおます。優等生的な美貌をたたえつつ、あぶない面を見せたことがないというのも優等生的なるがゆえでおますやろか。

                      チラシ2 戦争映画160813

 『原爆と銀幕』
 『終戦の日特別企画 8・15反戦・反核映画祭』
 渋谷と池袋では毎夏、名画座恒例の企画物で、戦争映画、およびそれに類する映画を通して「戦争と平和」を考える催しでおます。
 殊に渋谷では劇映画、記録映画、アニメ映画20数本が上映され、また池袋では戦後71年の間に営々と作られてきた作品29本が上映されております。
 改憲、原発再稼働の動きなどなにかとキナ臭くなってきている現代、これらの映画群の意義が無駄にならないことを祈るばかりでおます。とりわけ、これまでの戦争関係の映画で「戦争が憎い」「戦争は悪い」と片付けられてきた抽象論をより具体的にしていくためにも。戦争は戦争自体が勝手に始まるわけやおませんものね。そこには必ず人間がいるはずで、その視点をはぐらかしてしまうとね。しかし、今の日本映画にそこを切り込んでいく知力と勇気があるかどうか……。


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2016-06-06

そして10年・・・・・・

江戸の悪太郎 160606

 先日、友達からメールが届き、それで知らされたことですが、このしょぼブログもスタートして10年が経っていました。
 運営しているボクは気づかず、忘れていたことです。

 なんたること!!

 スタートした2006年から、もうそんなに時間が流れていたとは!

 「十年後」

 果たして成長はあったのかどうか。チンタラ、チンタラ、気が向いた時に更新し、気ままにやっているから目を瞠るような変化も成長もないかもね(笑)

 そこで!

 マイブログすたーと10周年を記念し、ご希望の方に豪華賞品を! という考えはさらさらなく、リニューアルを考えています。

 その第一弾がー

 ブログのタイトルをちょこっと変えました。

 そのほかのリニューアルはおいおい、ぼちぼちってことで(笑)

 皆さん!

 今後とも、相変わらずご愛顧のほど、お願い申し上げます。
2015-11-08

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ33

                        チラシ 加藤武151025

 お江戸に暮らすお友達から、例によって東京の名画座のチラシが送られてきました。
 最近は、そのチラシ群に新作映画のチラシや映画関係の催しもののチラシが交じっており、目を通すだけでもタイヘンだぁ~~。

 ではでは、今回は地味めの役者さんの映画特集から。
 日付を見ると、すでに終了しているのでおますが、池袋の名画座では「名優、加藤武さんを偲んで」という、日本映画では常に脇役だった俳優の特集でおました。
  ニガ虫をかみ潰したようなご面相のこの人を、名前は知らなくても顔を見ただけで「知ってる、知ってる」という人も多いとおもいます。今年7月、86歳で黄泉の国に旅立った俳優さんでおますが、もともと新劇の文学座所属の人で、大女優の杉村春子や演出家の戌井市郎がいなくなった後、文学座の代表を務めていたおっちゃんでおます。
 特集でも取り上げられていますが、「仁義なき戦い」シリーズのなりふり構わず、コロコロと自分の欲得で味方になったり、敵になったりするやくざのオッサンや市川崑監督の金田一映画で何かとすぐに犯人にしたがる愛矯いっぱいの田舎の刑事さんを記憶している人もいると思います。

                      チラシ 小杉太一郎151025

 神保町では「作曲家・小杉太一郎の仕事」が始まっております。
 映画音楽、それも伊福部昭や佐藤勝、武満徹のような高名な作曲家をのぞき、日本映画ではよほど興味のある映画ファンでないと、そこまで注目している人は少ないのかも……。
 それだけに小杉太一郎が音楽を担当した映画の特集って、さすがに花のお江戸でおますな。他地域では、とても商売にならへんかも。
 小杉太一郎が、戦前からの俳優、小杉勇と親子であると知ったのは、いつのころだったか。
 その小杉勇と親交があった内田吐夢監督が戦後、中国から帰国し、復帰第一作となった「血槍富士」が小杉太一郎の映画音楽の本格的なスタートだったと、送られてきたチラシの解説で初めて知った。
 意外に古くから映画に携わっていたとは知っていたけれどね。


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青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

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