2012-05-18

その後のビデオレンタル店閉店始末

                 在庫セール

 「買い物に行くついでに、例のレンタル店に立ち寄るけど、欲しいものはないか」と、お友達さんから連絡がありました。
 例のレンタル店とは前回、アップした閉店セールを実施中のビデオレンタル店のことでおます。レンタルのほうは既に業務がストップしているそうでおますが、在庫品のたたき売りはなお続いているらしく、それで連絡をくれたようでおます。

 そこで、しばし、またもやのメールのやり取り。しかし、セールを始めて時間が経っているせいか、めぼしいソフトの多くは商品棚から消えているそうで、それもまた、しかりでおますな。依然、綺羅星のごとく、映画ファン垂涎のソフトが今なお並んでいては、在庫品セールの意味がおません。

 それでも、お友達はボクにふさわしいソフトを選んで、いくつかメールで知らせてくれ、ギャングたちが忠臣蔵もどきの仇討ちをおっぱじめる、その名も「ギャング忠臣蔵」(1963年、監督・小沢茂弘)や意外にも売れ残っていた加藤泰監督の「宮本武蔵」(1973年)、わがご贔屓の藤純子が哀しいくの一を演じている「隠密剣士」(1964年、監督・船床定男)、木下恵介監督の大河映画「香華」(1964年)などをオーダーしたのでおます。

 ほかにも東宝、松竹作品が多く残っているとか、小津・木下作品もそっくりあるとか、知らせてくれたのでおますが、東宝、松竹といってもどこからなのか分からないし、小津映画のソフトは既に持っているので用はなし。高田浩吉物もあるとメールしてくれたのですが、この歌う時代劇スターに思い入れがあるわけではなし、でおます。

 昔から、こういうセールでは売れ残りの中にこそ、皆の気付かない掘り出し物が潜んでいるものでおます。とはいえ、東海道を遠く離れている身の悲しさで、実際に駆け付け、この目で売れ残り商品群を見ることなどできしまへん。
 自分で確かめて掘り出し物&珍品発見を実施したのは、お友達さんのほうでおます。
 見つけるシロモノは趣味の相違で、お互い違っていて当然でおますが、お友達さんが画像付きで知らせて寄越したのは、こんな作品でおます。

                 怪塔傳

 これ、1951年の丸根賛太郎監督の松竹時代劇でおます。というよりも、あの鶴田浩二の時代劇初作品だとか。どんな内容かは知りまへんが、知らないからこそ、ちょっと面白そうでおます。
 こういう今や忘れ去られている作品を見つけるのは、やはり、実際にセールの売り場に行かないことにはわからしません。そんなことをしていると、どんどん購入金額がアップしていきそうで、恐いのも事実でおますけれどね。
 もう1本、お友達が見つけたという珍品は、これでおました。

                テーマ・変身

 いやはや、マニアック^^




                 

                
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2012-05-14

ビデオレンタル店閉店始末

                  わが戦利品

 お友達さんが侘び住まい? する近所のビデオレンタル店が閉店することになり、連絡がありました。

 「在庫一斉セールをしているんで、ほしいビデオないか?」

 ビデオレンタル業界の大手に所属しているわけでもなく、今時、珍しく生き残っていた店やそうでおますが、この手の情報にも鋭いお友達さんも、つい最近まで近所に、そのビデオレンタル店があることを知らなかったそうでおます。知ったのは閉店情報が流れてからで、「迂闊…」だったとか。
 現在のように大手のビデオレンタル店が網の目のように全国津々浦々に張り巡らされる以前、よく見かけた町の小さなビデオレンタル店の一軒のようでおます。閉店間近、在庫品のたたき売りを覗いたお友達さんによれば、アニメとホラーに強い店で、周辺地域ばかりでなく、遠方からも好事家が来店していたとか。

 ボクは大手、中小に限らず、この手の店にとっては最も儲けにつながらない層の人間でおます。なぜなら、レンタルビデオを観ることがないから。たまに行くことがあっても、中古のビデオ、DVDで掘り出し物がないかを探るためで、先日も、このお友達さんと大手の店を覗いた時、彼の思いも寄らぬDVDを嬉々として買い、彼をびっくりさせるやら、あきれさせるやら。
 ははははは、人の趣味は刻々と変化するもんだよ、ワトスン君…。

 さて、在庫一斉セールに駆け付けたお友達さん、親切にも遥か離れたボクにもメールで知らせてくれ、しばらくはメールの応酬で、あれこれ、ボクが所持していてもいいような作品をいくつか買ってもらいました。
 その成果が、冒頭に掲げた画像に映っている作品群でおます。ブレーレイ、DVD真っ盛りの昨今、昔ながらのVHSのビデオテープのソフトはコレクションするには場所を取るだけでおますが、この際、んなこと言うてられしまへん。主に東映時代劇が中心で、お友達さんは「右太さんでは?」とか「全日空の社長の親父のもあるで」とか逐一知らせてくれ、ほかに「雷蔵、長谷川一夫では?」とか溝口映画のレア物を画像で送ってくれたりとか、まことに持つべきものは「友達」でおます。

 本当なら、ボクも駆け付ければええのでおますが、東海道を遥か離れて五十三次、急に言われたって行かれしません。それに実際に行ってたら、多分、これくらいの本数では済まなかったかも…。いくら一本あたりの単価がタバコ代の半値程度であっても、ボクのことでおますから「あれも、これも、それも…」と際限がなかったことでおますやろうね。

 ちなみに、お友達さんが手に入れたソフトは下の通りでおます。

                  矢野戦利品



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2012-05-08

「骨までしゃぶる」に現れたひと

骨までしゃぶる120508
(左から)宮園純子、久保菜穂子、桜町弘子、桑原幸子、小島
恵子。沢淑子(任田順好)、石井富子(石井トミコ)

 里帰りしていた東京在住のお友達さんが、観たい映画があるから…と、その観たい映画の上映最終日に間に合うかどうかをしきりに気にしながら再度、東京へ向かいました。
 どうやら上映最終日の前日に東京へ無事たどり着き、着いたのはいいけれど、今度は観たい映画の上映時間が朝10時半からで、今度はそれに間に合うように起きられるかなどとぬかしておりましたが、その起床もこれまた無事にクリアしたようで、まぁ、ご同慶の至りでおますな。

 さて、その観たい映画というのが、さきごろ、このブログでも紹介した阿佐ヶ谷の名画座で開催中の「昭和の銀幕に輝くヒロイン 第64弾 桜町弘子」で、きょうまで上映されていた「骨までしゃぶる」でおます。東映京都で1966年に製作された加藤泰監督の、おかしくも、しかし、怒りに燃えた娼婦を主人公にした作品でおますな。
 彼は、これまでこの映画を観ていなかったのか、ニュープリント上映だったようでおます。既に観ているボクでさえ、古いフィルムでしか観ていないのに、何と運のええやつでおますことか!

 それはともかく、彼はそこで意外な人物を見かけたのでおます。
 上映開始の10時半ちょい寸前、彼はメールを僕に送って寄越したのでおます。



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2012-04-27

チラシを見ても映画を観たことにはならねぇ9

                チラシ1 120427

 昨年、東京へ移住したお友達さん、何の因果か、東京へ向かったその日が大地震のあった日で、東京へ着いた直後、大きくグラッと来たとか。「その日」を選んで出京したわけやおまへんけどね。
 そんな出来事にもめげず、花のお江戸で暮らすこと1年余り。このほど一時帰阪して、東京土産に映画のチラシを届けてくれました。

 阿佐ヶ谷の名画座の「昭和の銀幕に輝くヒロイン」シリーズの第64弾に取り上げられているのが、桜町弘子映画でおます。このゴールデンウイークから7月にかけて上映されるようですが、上映されるのはいいけれど、朝10時30分からの1日1回上映で、観るほうにとってはハードスケジュールでおますな。
 代表作の「車夫遊侠伝 喧嘩辰」や「博奕打ち 総長賭博」、初主演作の「骨までしゃぶる」や伊藤大輔監督の戦後最高作「反逆兒」があるのは当然として、工藤栄一監督の「胡蝶かげろう剣」なんてレア物も交ってます。同じ工藤映画なら「お姫さまと髭大名」なら、もっといいのでおますが、上映プリントがないなら仕方おまへん。東映版原節子も出ている「美男城」もおまっせ。

 かつて加藤泰監督にインタビューした時、安藤昇の映画初主演作「男の顔は履歴書」(1966年、松竹大船)で元やくざの安藤昇の相手役に指名した女優数人がみんな尻ごみをした中、桜町弘子がOKを出したものの、所属会社の東映の反対で実現しなかったといういきさつを聞いたことがおます。この映画は加藤泰の戦後三部作といわれている最初の作品で、のちに東映で第3作の「懲役十八年」が製作された時、主演の安藤昇の相手役を務めたのが桜町弘子でおました。

 桜町弘子が映画、テレビ、舞台から遠ざかって早くも20年。今、かつて活躍した女優たちが何かの上映会のゲストに招かれ、いろいろと昔を振り返ってはりますが、彼女はいっさい出てきません。噂では病気がちとも聞いてますが、姿を見せないこと、いいことではないですか!


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2012-04-26

マキノの恋と喧嘩は「江戸っ子肌」

                江戸っ子肌2 120419

 錦ちゃんが出たのなら、次はトミイの出番でおます。
 トミイ、つまり、大川橋蔵でおまんな。あちらの世界に引っ越して既に29年。今や、その遺児がテレビや舞台に出ている時代でおます。
 先日、かつて萬屋錦之介(以前の中村錦之助)の奥さんだった淡路恵子の過去を振り返るテレビ番組があり、そこで2人の間にできた子ども2人がともにこちらの世界を去っていたことを知り、さらに、それで錦之介直系の血統が絶えていることを知ったのでおますが、同じく2人の息子をもうけた橋蔵のほうは子役で出ていた長男は芸能界を去り、二男が細々と芸能人の命脈を保ってはります。細々とというのは、決して父親のような主役を張る存在ではないという意味でおます。

 錦ちゃんもトミイも、ともに歌舞伎出身でおます。しかし、片や名女形と謳われ、子だくさんだった三世中村時蔵の四男、もう一方は六代目尾上菊五郎の奥さんの姓を継いだ芸養子。相前後して歌舞伎界から映画界に転身した事情は似ているものの、出自の相違からか、陽と陰のイメージは同じころ、大映でも起こっていた伝統芸能から映画への転身組の市川雷蔵と勝新太郎のイメージと匹敵してはります。やはり、こちらも雷蔵は関西歌舞伎の市川寿海の養子、勝新は長唄の杵屋勝東治の二男で、実子と養子という出自から来る当人たちのキャラクターの相違は似通っています。

 錦之介、雷蔵、勝新は今に至っても語られることが多い俳優でおますが、不思議なことに橋蔵が語られることはめったにおません。何かの折に彼を語っている書籍を目にしても、錦之介は絶賛されていることはあっても、橋蔵の場合、ボロクソでおますな。同じ時期、主役を張った東千代之介、脇役としてよく共演していた加賀邦男、1965年の時代劇「御金蔵破り」で初めて組んだ石井輝男監督などの証言を読んでも、橋蔵の評判は芳しくおません。いずれも橋蔵がこの世から消えた後の話なので、欠席裁判という意味合いで差し引かねばならない部分もおますのやろうけどね。

 さて、今回取り上げた作品は1961年のマキノ雅弘監督の「江戸っ子肌」でおます。
 恋と喧嘩は江戸の華と言われ、歌舞伎や映画によく取り上げられている火消し同士の喧嘩と恋のさや当てのお話で、まことに当時の橋蔵にはぴったりの映画でおます。「お洒落狂女」などの邦枝完二の原作を映画化したもので、戦前、石田民三監督で長谷川一夫、山田五十鈴、花井蘭子、黒川弥太郎が共演した「喧嘩鳶」の再映画化作品でおます。


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2012-04-19

原節子が出ていたからこその「美男城」

美男城1 120407

 東映の時代劇村がもっとも栄えていたころの、中村錦之助主演の時代劇(1959年)でおます。
 柴田錬三郎の小説を成沢昌成が脚色、大御所的存在だった監督・松田定次とは違った意味で、片岡千恵蔵であれ、市川右太衛門であれ、大友柳太朗、錦之助、大川橋蔵、美空ひばりであれ、何でもござれの重宝されていた佐々木康が監督した、関ヶ原の戦い以後の苦悩する? 青年武士のお話でおます。

 画像にある通り、悩める表情の武士を演じるのは、もちろん、錦之助さん。翌60年の田坂具隆監督の「親鸞」、内田吐夢監督の「宮本武蔵」あたりから、めきめき? 芸術づいてしまう直前の錦之助の、いわば助走期間ともいうべき時代の作品でおますな。
 なんて話はずっとのちのなってから東映時代劇史を総覧してから分かったことで、当時、子どもだったボクにはそんなことは知るわけもなく、近所の映画館にスタコラ、この映画を観に行ったのには、ほかに理由がおました。
 その理由とは……?



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2012-04-10

チラシを見ても映画を観たことにはならねぇ8

                  チラシ1 120409

 東京在住のお友達さんから、またまた映画チラシが送られてきました。
 相変わらず、かの地の名画座はお盛んでおますなぁ。今回の表題のように、チラシばかり眺めて映画を全然観ていない者にとっては垂涎の掘り出し物もあるようで、まさに「何でもあり」の観でおます。

 その「何でもあり」状態の中で、ボクの目をキラリと射止めたのは阿佐ヶ谷で上映中の「東映異常性愛路線のミューズ 橘ますみ伝説」でおました。
 橘ますみ――いえ、グラドルのあの「橘ますみ」ではおません。
 画像お隣の淡島千景さん、さきごろ、多くの先輩、同輩、後輩たちの後を追って、あっちの世界に移住されはりましたが、淡島千景が今後も忘れられることなく、機会あるごとに出演映画が上映されていくであろうと予想できる映画女優にあるのに比べ、橘ますみはもはや忘れられた映画女優でおます。

 東映が1968年ごろからスタートさせた石井輝男監督、荒井三津雄監督などによるエログロ映画、つまり、サブタイトルにもあるように異常性愛路線の作品群でヒロインを演じた女優でおます。まさに映画の内容さながら、この路線の映画製造過程で誘惑され、脱がされ、縛られ、いじめられ、凌辱されつくした揚げ句、ひっそりと観客の記憶の彼方に消えていった女優でおます。
 清純派イメージであるがゆえに、はかなげで、もうちょっとしっかりしぃな~と言いたくなるくらい頼りなさに満ちあふれて登場し、いつも驚天動地の異な世界に引き込まれてしまうという役柄がパターン。そんなキャラクターが男たちの欲望に汚され、壊されていくところが当時のおっちゃん、にいちゃんたちのスケベ心をくすぐったのでしょうね。絶妙のキャスティングで起用したプロデューサーはあっぱれ(ゼネラルプロデューサーは岡田茂でおました)。

 マッパも厭わないような橘ますみの女優としての変貌ぶりは、まだ彼女が任侠映画やテレビ映画の時代劇で軽い役で出ていたころから知っていたボクには、まさしく驚天動地でおました。刺し身のツマのような、映画の内容には深くかかわらない清純派女優の役どころから、裸になることで大きく伸びようとしたのでおますやろね。世はまさに昭和元禄といわれた、何でもありの狂乱の時代でおます。
 清純派から性純派にトーンを換えたものの、その後が続かなかったのは 橘ますみにとっての最大の不幸で、昭和元禄のバカ騒ぎの世の中も過ぎ去り、それからの女優としての方向も見いだせないまま、70年代初期、忽然とスクリーンから消えてしまいます。
 プロデューサーがもはや用済みと決断したのか、それとも彼女自身がカメラの前で裸にひんむかれることに疲れてしまったのか。

 橘ますみが60年代末期のテレビ時代劇「俺は用心棒」シリーズや「銭形平次」(大川橋蔵版)にこちょこちょと出演したり、鶴田浩二や北島三郎主演の任侠映画に出た後、関西テレビ十周年記念番組「大奥」の最初のエピソードである家光編のヒロインに起用されたのは68年4月でおます。のちに四代将軍となる家綱を産むことになる町娘の役で、三益愛子、木暮実千代、桜町弘子、丹阿弥谷津子、北林谷栄などのベテランに囲まれた大抜擢で、この作品のゼネラルプロデューサーも岡田茂でおました。
 このスター女優がケンを競ったテレビ番組は30年を経て製作・放送された「大奥」何部作かの元祖とされているらしいので、その初回(4話完結)のヒロインを飾った女優として、橘ますみはもっと記憶されていてもええんですけどね。

 お友達さんは、以下のようなチラシも送ってくれはりました。


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2012-04-06

忘却の彼方の「極悪坊主 念仏人斬り旅」

                 念仏人斬り旅
                  (右から)若山富三郎、睦五郎

 東映任侠映画村がまだまだ幸せだった1969年の作品でおます。
 若山富三郎主演の「極悪坊主」シリーズの3作目で、封切時から数年後、いつもの大阪・新世界の小屋で観ているはずなのに、内容はボクの記憶からすっかり抜け落ちていました。

 背中に刺青を背負った破戒僧・真海が通りかかった四国の漁村で後家さんの桜町弘子と知り合ったばかりに睦五郎率いるワルたちと闘うお話で、脚本は任侠映画を描き続けた村尾昭と山本英明、監督は、このころ、一本立ちしたばかりだった原田隆司でおます。

 でもね、このころの若富さんのシリーズ物って、全部、同じなんですね。
 有名な「極道」シリーズにしても、前後してスタートした「前科者」シリーズにしても、この「極悪坊主」シリーズにしても、正義感に燃える主人公ではあるけれど、かなりの女好きで、しかも、どこか憎めないユーモラスさのあるキャラクターでおます。
 愛した女を泣かせてばかりいた鶴田浩二、ストイックなまでにワルに立ち上がった高倉健に続き、若富さんは大映から東映村に返り咲き、しばらくワルを演じていましたが、任侠映画第三のエースとして登板したのでおますが、太りじしな体躯から鶴田、高倉のようなキャラクターはとても無理。

 そこで、プロデューサーの俊藤浩滋は知恵を凝らしたのでしょうね。で、出来上がったのが「極道」であり、「前科者」であり、「極悪坊主」であったのでしょう。
 でもね…どこか弟の勝新太郎のキャラクターと似ているような気も…。当時、まだ傾きかかった大映で頑張っていた勝新の「悪名」シリーズ、「兵隊やくざ」シリーズ、「やくざ坊主」シリーズの主人公たちと相通ずるようなキャラクターでおます。

 面白いのは、このシリーズを通して、やがて任侠映画村の新しいエースとなる菅原文太が付き合っていることでおます。主人公を宿敵として狙う盲目の旅の僧で、映画に描かれるもめ事とは関係なく出てきてはってます。いつも主人公と闘うのでおますが、引き分けのような形で立ち去っていくという、おいしい客演クラスでおます。
 菅原文太も、新東宝倒産後、松竹に移り、やがて、東映村に越してきて若富さん同様、しばらくワルを演じとりましたが、「極悪坊主」シリーズのスピン・オフ映画とも言うべき、この盲目の僧を主人公とした1970年の「人斬り観音唄」でエースの一角を占めるようになったのでおますな。

 まだプログラムピクチャーという言葉が生きていた、今は昔のことでおます。

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2012-04-03

戦後だったんだねぇー「若い娘たち」

                   若い娘っち2 120314_212007

 最近、東京の名画座などで再発見されている千葉泰樹監督による1951年の東宝映画でおます。
 戦後はもとより、60年代中期、吉永小百合主演の日活映画でよく小説が映画化されていた石坂洋次郎の原作を東宝の文芸作品の常連、井手俊郎が脚色しとりますが、ヒロインのまぁ、自己主張の強いことと言ったら、まさに「戦後じゃのう」でおます。

 ヒロインを演じているのが杉葉子ときているので、なおさらでおます。この作品より2年前、民主主義社会の旗印のように記憶されている映画「青い山脈」前後編(監督・今井正)で、やはり自己主張がセーラー服を着ているような女子高生を演じたのも杉葉子でおます。
 その相手役が池部良さん。やはり、「青い山脈」で大学生を演じ、杉葉子の相手役をしとります。この作品でも医大生を演じとりますが、確か、池部さんはこの時、既に30代初期だったような…。それを考えれば、風間重吉さん、いや、池部良さん、若おますなぁ~^^

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2012-04-01

近松の世界をまったり「女殺し油地獄」

女殺し油地獄120330

 かつて、まだBSたらCSたらの放送なんて夢想だにしていなかった遠い昔、深夜テレビの映画放送で一度観たことはおましたが、晴れて結ばれた男女2人が笑顔で旅立つラストカットが記憶にあるきり、内容のほうはさっぱり記憶になかった作品でおます。

 「近松門左衛門『女殺油地獄』より」とクレジットタイトルにも表記されている通り、近松さんの有名な作品を野淵昶が脚本・監督を担当した1949年の大映京都作品で、ついでに記しておくと撮影は宮川一夫、助監督は加藤泰でおます。

 そもそも、アホな男が油まみれの中で貞淑な人妻を殺害する凄惨な殺しの場面がウリの作品なのに、なんでラストは笑顔の男女で締めくくられているのか、この際、それを確かめてみたく、たまたま東京在住の友達さんからスタッフの問い合わせがあったのを機に、改めて、この作品を観てみました。

 結果は、あははは…でおます。
 これ、「女殺し油地獄」とは名ばかり、原作から借りてきたのは河内屋与兵衛、お吉の名ばかりで、与兵衛さん(坂東好太郎)は遊びにうつつを抜かしているようなアホな男ではなく、お上を批判したばかりに大坂を闕所(けっしょ=財産没収、商売停止のうえ、所払い)になる商売人で、お吉さん(日高澄子)に至っては人妻ではなく、油問屋の娘で与兵衛の婚約者という設定でおます。
 こんな2人がどうしても添い遂げようと恋愛を成就させようとする話でおますから、油まみれになりようもおません。代わりに油まみれになるのは与兵衛の闕所で結婚に反対するお吉の母親(常盤操子)と、お吉の婿にと見込まれた番頭(加東大介)であり、油まみれにはなっても命までは取られてまへん。

 これのどこが「女殺し油地獄」なん? でおますし、戦後すぐの時代相もあって恋愛至上主義を通したのかとも考えられますが、友達によれば同じ野淵監督の「滝の白糸」(1952年)もめでたし、めでたしで終わるとか。ボクは観ていないので何とも言えまへん。
 そういうことを抜きにしたら、この作品、おもしろおます。まさに近松の町人世界のお話で、心中物でこそおませんが、のちに製作されることになる溝口健二監督の「近松物語」(1954年)や吉村公三郎監督の「大阪物語」(1957年)などの大映京都が得意とした町人映画の系譜の先を行っていたような作品でおました。

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青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

最近はこんなんです^^
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