2017-05-21

地味だけど女優競演が凄い「女囚と共に」

                        女囚と共に 170515-1

 これまた、すんごい女性刑余者の映画でおます。
 田中絹代、原節子、香川京子、久我美子、岡田茉莉子、木暮実千代と主演級の女優が並び、そのほか浪花千栄子、安西郷子、谷洋子、杉葉子、淡路恵子、中北千枝子、千石規子、滝花久子、清川玉枝、本間文子、菅井きんと、脇の女優もそろてます。
 1956年の東京映画、東宝配給の久松静児監督、田中澄江脚本による『女囚と共に』でおます。
 同じ年、東宝は成瀬巳喜男監督の『流れる』を封切っており、こちらも田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子、岡田茉莉子、栗島すみ子などが競演し、『女囚と共に』は『流れる』に比べると監督のせいか、あまり注目はされてまへんが、それにしてもスター女優、実力派女優を並べた映画って、当時の日本映画の底力を感じさせ、それだけで圧倒されますな。

 今、テレビの昼の帯ドラマで浅丘ルリ子や加賀まりこ、八千草薫、有馬稲子などが共演している『やすらぎの郷』がえらく評判になっとりますが、かつての日本映画はそんな比やなかったんでおますな。今はすっかりかつてのお株をテレビ局に取られた格好の日本映画に、
これだけの勢いを望むべくもあらしません。
 映画産業としての形は既になく、既存の映画会社が自社製作の力をなくし、○○委員会製作の映画の配給に奔走する日本映画界、そう呼ぶのも恥ずかしいくらいで、資金源枯渇、役者陣払しょくの今、日本映画は危機に瀕しているのでおます。
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2017-05-15

浪花五郎って……??

 長期の休みをいただいていましたが、ようやく休み明けです。

 この4月に元漫才師で女優の京唄子が亡くならはりました。
 でも、今回はその唄子ねえさんの話題やおません。
 亡くなった時のネットの死亡記事を読んだ時、唄子ねえさんが若いころ、「浪花五郎一座に加わり、座長の浪花五郎と結婚」とおました。現在でもウィキペデアの「京唄子」の項を見てみると、そのことが触れられております。でも、浪花五郎とは何者か、その注釈はおません。

 ボクが知っている「浪花五郎」といえば、東映京都に在籍していた大部屋俳優のおじさんです(多分、年齢的には既に鬼籍に入っているだろうおじさんなので『在籍していた』と過去形にしました)。
 大部屋俳優の例にもれず、東映京都の浪花五郎さんも実にさまざまな映画で、さまざまな役柄に扮して主役たちの後ろを彩っていやはりました。時にクレジットタイトルに名前が載ることもあったけれど、ほとんどの場合、名前が載ることもなく、時代劇なら幕閣の大名に扮した並び大名、あるいは商家の番頭からちょっとした通行人などでセリフもほとんどおません。、やくざ映画ならやくざの親分たちの集まりで顔を揃えている親分や賭場の客など、こちらもセリフのない役で出てはります。
 ここに顔写真をアップできればいいのですが、大部屋俳優なので映画でアップで捉えられることはおません。だから顔写真を載せることはできへんのでおますが、ボクが映画で観ていたころの浪花五郎さんは60際代か70際代で、既におじいちゃん俳優でおましたが、若いころはさぞ二枚目だったろうと、そんな面影を残してはりました。
 多くの大部屋俳優が、かつては映画でスターだった人、旅芝居で一座を率いていた人などがいてはり、そのでんでいうと浪花五郎さんもひょっとして……?と思い、「あの浪花五郎って、京唄子の訃報に出ていた浪花五郎?」と思ったのでおます。
 誰か、ボクより大部屋俳優事情に精通してはる人がおられるのなら、ご教示お願いします。
 
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2017-01-21

五十鈴の背中が逞しい『赤城から来た男』

                        赤城から来た男 170121

 脚本・新藤兼人、監督・木村恵吾による1950年製作の落ち目の三度笠の男の末路を描いた大映時代劇でおます。、
 主人公の名は星越の瀧蔵。扮しているのは、この時54歳の大河内傳次郎で、中年域に達し、いささかくたびれきった観は落ちぶれた逃亡者にはぴったりでおますが、星越の瀧蔵といえば、1951年の山中貞雄の映画をリメイクした大河内傳次郎主演の『上州鴉』(監督・冬島泰三)の主人公と同じ名前でおます。しかし、新藤兼人の脚本、国定忠治を彷彿させる設定も同じながら、これはまた別のお話でおます。

 かつては手下3千人といわれ、上州・赤城を根城にしていた瀧蔵親分、やがて役人に追われる身となり、こもった赤城山を捨て絞りに絞った子分40人を連れ、旅に浮き寝をさらす逃亡者になってしまいます。子分40人を引き連れた旅はいかにも目立ちすぎ、やがて子分たちも散り散りとなり、残った数人の子分と逃亡の旅を続けております。
 ここに、男どもの逃亡の旅にくっついてトボトボ、黙々と後を付いてくる女がいてはります。名はユキ。彼女は赤城山に瀧蔵親分ご一行がこもっていた時、飯炊きに雇われた山出しの娘で、演じているのは山田五十鈴でおます。子分たちが追い払っても追い払っても瀧蔵親分のそばを離れず、文字通り、黙々と追ってきます。 何かおますな?と成り行きを見守っているとありますねん。そうやないと黙って付いてくるだけのキャラクターにスター女優を配するはずがおません。

 いかに逃亡の旅でも、瀧蔵親分も男でおます。一夜の宿をかつてなじんだ女に頼もうと女のもとを訪ねることを思いつきます。最後に残った子分3人(東野英治郎、加東大介、加藤嘉)と金魚のフンのように付いてくる山出し娘を連れて、ここからが落ち目の三度笠の瀧蔵親分、女難の旅の始まりとなるのでおます。



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2016-12-27

私家版加藤泰論への道 太鼓ドンドコ 三味に荒波ザブーン

                       鬼太鼓座161217

 今年2016年は、加藤泰監督の生誕100年に当たる年でおました。
 夏ごろから名画座の興行街では記念の特集上映が開かれ、「この際、まとめてみ~んな加藤泰映画やで~」みたいなお祭り騒ぎのラインナップで、しかし、そこどこの上映会にも観客として参加することはなかった僕…なのでおます。
 そんな中、映画が完成して以来35年、長く国内では一般公開されてこなかった加藤泰監督のドキュメンタリー映画『ざ・鬼太鼓座』が海外の映画祭(ヴェネチア国際映画祭)でプレミアア上映されるなんて椿事? もあり、それがきっかけで国内で凱旋上映され、ついには来年1月から国内一般公開されるそうでおます。
 それも35年を経たネガフィルムを元に4Kで解像度をアップし、2Kでデジタルリマスター版にするという化粧直しをしてお披露目でおます。技術は進んどりますなぁ。加藤泰監督が生きていたころには考えも及ばなかった画像・音響の復元作業で過去の映像作品をよみがえらせるという技術でおます。
 さぞや、泉下の加藤泰監督も面映ゆい思いではないかと、お察し申し上げます。

 長く一般公開されてこなかったとはいうものの、これまで加藤泰監督の映画にまつわるイベントでは上映されてきたこともある作品でおます。僕も友人の手引きで神戸まで駆け付け、ようやく目にすることができましたが、もうあれから幾霜星の時間が流れたことか!
 冬の佐渡の海にくねる荒波に太鼓ドンドコ響き渡る巻頭のシーンは予想できていたものの、途中、土地の古老にインタビューする場面では加藤泰監督のインタビュー音声が聞こえたり、『ざ・鬼太鼓座』以後に完成・公開された遺作『炎のごとく』のタイトルバックで見かけた観音像? 遊女像?の女性もチラリと挟み込まれたりして、そりゃ~食いいるように観ましたでぇ~。

 全国の先陣を切って上映する東京・渋谷のユーロスペース、ここも加藤泰因縁の映画小屋でおますな。
 加藤泰監督が消えて、およそ10年後、「加藤泰 女と男、情感の美学」と題する回顧上映があったのもココ。もちろん、当時のユーロスペースと現在のユーロスペースは場所替わりしています。
 上映の情報をかぎつけ、どんな作品が上映されるのかも分からないまま、上映初日に東海道を五十三次し、JR渋谷駅からスタコラ映画小屋に辿り着いて観た作品が『車夫遊侠伝 喧嘩辰』でおました。加藤泰の映画の中で最も面白く、加藤泰らしさに満ち満ち、そして僕の大好きな作品を花のお江戸で邂逅したことは何たる幸運!!
 この作品1本を観たきり、再度、東海道を西下のでおますが、この上映会では一日の上映回すべてを『ざ・鬼太鼓座」に当てるという突飛もない企画もあったそうで、残念ながらこの時は『ざ・鬼太鼓座』は観られずじまいでおました。

 改めて『ざ・鬼太鼓座』に出会えること、楽しみやねぇ~。


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2016-12-18

チラシを見ても映画を観たことにはならねえ37

                       チラシ田中絹代 161217  チラシ浪花千栄子 171217

 お江戸在住のお友達から、今年最後となる名画座のチラシが送られてきました。
 その中にあった日本映画の象徴的な催しが来年1月4日から神保町で始まる「没後40年特別企画 女優・田中絹代」と1月14日からの渋谷での「名脇役列伝1 浪花千栄子でございます」の特集でおます。
 片や、戦前戦後を通じて主演女優を貫いた田中絹代、片や、脇役ながら映画ファンの記憶に長く名前を残すことになった浪花千栄子のおばさまたち(僕の年代からみればね)。
 多くの人と同様、どちらも私生活では毀誉褒貶の多かったおばさまでござります。

 田中絹代特集では、日本映画初の女性監督として自身の監督作品『恋文』(1953年、新東宝)と『乳房と永遠なれ』(1955年、日活)を含む全19作品が予定されとります。
 ◎恋の花咲く 伊豆の踊子(1933年、松竹蒲田、監督・五所平之助)
 ◎非常線の女(1933年、松竹蒲田、監督・小津安二郎)
 ◎マダムと女房(1931年、松竹蒲田、監督・五所平之助)
 ◎愛染かつら前後編(1938・39年、松竹大船、監督・野村浩将)
 ◎簪(1941年、松竹大船、監督・清水宏)
 ◎風の中の牝鶏(1948年、松竹大船、監督・小津安二郎)
 ◎夜の女たち(1948年、松竹京都、監督・溝口健二)
 ◎花籠の歌(1937年、松竹大船、監督・五所平之助)
 ◎宗方姉妹(1950年、新東宝、監督・小津安二郎)
 ◎銀座化粧(1951年、新東宝、監督・成瀬巳喜男)
 ◎煙突の見える場所(1953年、スタジオ8プロ、監督・五所平之助)
 ◎流れる(1956年、東宝、監督・成瀬巳喜男)
 ◎黄色いからす(1957年、歌舞伎座映画、松竹、監督・五所平之助)
 ◎太夫(こったい)さんより 女体は哀しく(1957年、宝塚映画、東宝、監督・稲垣浩)
 ◎彼岸花(1958年、松竹大船、監督・小津安二郎)
 ◎楢山節考(1958年、松竹大船、監督・木下恵介)
 ◎サンダカン八番娼館 望郷(1974年、東宝、俳優座、監督・熊井啓)
 ◎恋文(1953年、新東宝、監督・田中絹代)
 ◎乳房よ永遠なれ(1955年、日活、監督・田中絹代)

 上映予定作品を一覧すると、よくも悪しくも(役柄がニンに合っていたかどうかの意味で)女優・田中絹代の足跡がよく分かるオンパレードで、トドメを刺すのは1974年の『サンダカン八番娼館 望郷』でおますやろか。それまで実年齢より若い役を演じることが多かった田中絹代が初めて実年齢に近い、それもきれいに化粧した役ではなく、よれよれのおばあさん役で登場してきたことに女優魂を感じたものでおます。
 その一方で、1958年の『彼岸花』あたりの田中絹代を見ていると、久しぶりの小津映画への出演だったためか、中流家庭のサラリーマンの妻という品のいい役ながら「天下の小津映画に出ているんだ」という気負いを感じてしまうのでおます。


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2016-12-17

山中映画のリメイクは『上州鴉』

                         上州鴉161120

 たまたまCS放送で観た大河内傳次郎主演、冬島泰三監督の股旅時代劇『上州鴉』(1951年、大映京都)は、山中貞雄督のトーキー2作目とされる『国定忠治』(1935年、日活京都)のリメイク作品でおました。
 この『国定忠治』は上映フィルムが失われ、もう観ることはできないのでおますが、シナリオだけは残っとります。シナリオでは『国定忠次』となっており、原作が山中貞雄、脚色が三村伸太郎の鳴滝組のおにいさんたち(当時)で、リメイクの『上州鴉』は原作が三村伸太郎、脚色が新藤兼人で、ほぼ忠実に元ネタのシナリオを再現したグランドホテル形式の映画でおます。主演はどちらも大河内傳次郎。

 大河内傳次郎扮する国定忠治が関所破りをした後、役人に追われながらも上州の田舎町に現れ、その町にある旅籠(はたご)を舞台にしたドラマでおますが、なぜか元ネタのシナリオでは国定忠治となっているのに、リメイクの方の大河内傳次郎の役名が星越の瀧蔵となっており、これは役人に追われる忠治の偽名で、最後には歌舞伎でよくあるように「星越の瀧蔵、実は国定忠治」となるんやないかと待っとりましたが、最後まで国定のくの字も出てこない映画でおました。戦後、時代劇が解禁されてからの映画でおますが、なにか国定忠治を名乗るには映画製作上の差し触りがあったんかいな? でおました。なんでやろうね?


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Author:青山彰吾
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