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2019-07-02

女と男の『約束』

                         約束190702

 岸恵子と歌手から俳優に転進したばかりの萩原健一が主演の映画で、ショーケンも脚本の石森史郎も監督の斎藤耕一もすでにあちらの世界に引っ越した人ばかりだが、映画自体は全然古くない1972年の作品。
 中年女性の南美江と2人連れのワケあり気味の岸恵子とロングコートを着たチャラい感じのショーケンが、どこかの田舎のローカル電車の中で袖振り合うような感じで知り合う。実は、この映画を観るのは今回が初めてだった。
 冒頭、人気のない公園で人待ち顔の岸恵子のショットで始まるが、それからグイグイ映画に引き込まれていき、やがてラストに、なぜ岸恵子が映画の始まりに人待ち顔でいるのかが分かる。
 固く心を閉ざしているような岸恵子に対し、チャラそうだが、どこか憎めない人なつっこいショーケンが女の心を徐々に氷解させていく短日のロードムービーで、当時映像派作家と謳われていた斎藤耕一が北陸らしい海景色を織り込んでいき、47年前の作品だが、21世紀の現在でも古くはなっていないことを確認した。






 
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2019-06-05

若様も90歳か・・・・・・

                        190603新吾

 今年は大川橋蔵の生誕90年に当たるそうでおます。
 先日もテレビのCS放送で、久しぶりに『新吾十番勝負 第三部』を観ました。
 いやぁ、相変わらず、美貌のまま元気で「麿さま」に扮し、大川恵子、青山京子、佐久間良子の美女連を相手に母恋いの貴種流離譚のヒーローを演じてはりました。

 大川橋蔵・・・・・・

 昭和の戦後のスクリーンを大いに沸かせた時代劇スターでおます。
 もしくは昭和のテレビで岡っ引きの銭形平次で高視聴率を誇った時代劇スターでおます。

 テレビ映画の『銭形平次』終了の後、あちらの世界に引っ越されたのが1984(昭和59)年、55歳の時でおますから、もうずいぶん昔のことになりますな。
 死に時、というたら失礼に当たりますが、生涯、美貌の時代劇スターでおましたから、55歳で永遠の別れをしたことは、今生きていたら90歳、おそらく、もう現役の俳優ではおませんから美しい人の老後を見なくてよかったというのも、ある意味、幸せなことやないかと思います。

 

 
 


 


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2019-05-31

夕顔じょ

   さとみ丘


 この4月から5月にかけて、東京のラピュタ阿佐ヶ谷で中村錦之助特集がおました。
 マキノ雅弘監督の男が女に惚れてしまう映画『清水港の名物男 遠州森の石松』(1958年)も上映され、その折、この映画のヒロインで四国の女郎夕顔を演じた丘さとみが映画の合間のトークショーにゲストとして登場したそうでおます。
 彼女、開口一番、映画のセリフまんまに「夕顔じょ」と挨拶したそうな。

 「夕顔じょ」……
とは、丘さとみ扮する女郎が言うセリフでおます。
 親分次郎長(加賀邦男)の代参で四国の金比羅宮に参った錦之助扮する森の石松が金比羅門前の女郎町に立ち寄り、売れ残っていた一人の女郎を見かけます。名前を問うと、その女郎は「夕顔じょ」と答え、「おまはんを待っとりましたんじょ」と、客待ちをしていたことを言います。
 いったんはその女郎屋を出た石松、どうも夕顔のことが気にかかり、女郎屋へ戻ると酔客(中村時之介)が夕顔を買おうとしており、その酔客と喧嘩してまで獲得した夕顔と一夜をともにすることになるのでおますが、いろいろ話をするうちに無垢な夕顔から「惚れるってどういうことじょ?」と尋ねられ、惚れるということも知らないで女になったのかと思った石松は、とうとう夕顔に手を出すこともできず、朝を迎えてしまうという、マキノ雅弘のやさしさにあふれた石松と夕顔のやり取りがおます。
 丘さとみはマキノ雅弘特有の演技指導で、マキノ好みの「かわいい女」を演じとります。それまでの丘さとみには見られなかった演技で石松憧れの「濡れているような瞳」の可憐で無垢な売れ残り女郎を体現しとります。
 「夕顔じょ」
 映画のヒロインから生で、じかにそう言葉をかけられては観客は感激でおますな( ^ω^)

 そういえば……
 今から11年以前、京都国際映画祭でマキノ雅弘特集があった時も丘さとみがゲストに出場しました。
 丘さとみが舞台に現れた時、客席から女性の声で
 「丘チーン!」
 と声がかかったことがおました。

 丘チンとは、東映京都撮影所時代の彼女の愛称でおます。
 それは、もう60年近い昔のことでおます。
 おそらく丘さとみの古い女性ファンか、もしくは撮影所の結髪のおばちゃんあたりから声がかかったものとおもわれますが、「丘チーン!」と声がかかった時、東映時代劇をガキのころから観ている僕はゾクゾクっとしたことを今でも憶えとります。




                       

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2019-05-30

M君から小包が届いて

                         190530池部良

 いつものように「かヒマか!?」とM君から温泉に行こうと連絡があり、いつものように半日、温泉に付き合った数日後、小包を受け取ったのでおます。

 滅多に通販で買い物はしないし、かといって世間から忘れられたような独り暮らしの男に贈り物をしようという奇特な御仁も知り合いにおませんから「誰から??」と小包を受け取ると、送り主はM君からでおました。
 早速、開封すると中から出てきたのは数冊の書籍と2枚のDVD。

 書籍は桐野夏生の『光源』と池部良の随筆4冊、DVDはちあきなおみの歌と東映映画の『山麓』(1962年)でおます。
 それで、すぐに分かった。
 いずれも先日の温泉行で話題に上ったものばかりだったのでおます。

 桐野夏生の『光源』は女性映画プロデュサーが新人の若手映画監督とベテランのカメラマンと組んで映画製作をもくろむ話でおます。
 桐野夏生、といえば10数年前、作家の林芙美子が戦時中、特派員として南方に派遣されていた時代のことを書いた『ナニカアル』を読んだきり。そうそう熱心な読者ではおません。『ナニカアル』を読んだ時は林芙美子の戦後の長編小説『浮雲』を彷彿させるような内容でその手腕にびっくりしたものでおますが、『光源』は温泉に入りながら聞いたM君の熱い読後感に圧倒され、いつか読んでみようと思っていたのでおます。

 池部良の随筆はぶ厚い『そして夢にはじまった』全4冊でおます。
 池部良、といって通りが悪ければ、われわれには風間重吉さん、のほうが通りはいいかもしれまへん。。
 風間重吉!? 風間重吉……?

 いまや、そうかもしれまへん。
 東映任侠映画が活況を呈していたころ、高倉健主演の『昭和残侠伝』シリーズで、ある時は胸を患った孤独なやくざ者、ある時は健坊と敵対する組織の幹部として、また、ある時は旧主に恩義を感じてやまない板前として登場し、映画のラスト、憤怒の形相で死地に赴こうとする健坊の前に「ご一緒させていただきます」と言って肩を並べて敵陣に乗り込んだおっちゃん(おにいさん?)でおます。

 その風間の重吉さんが俳優になったころからを書き起こした自伝的随筆が『そして夢にはじまった』でおます。
 功なり名を遂げた風間重吉さん、いや、池部良さんは晩年、しゃれた書き手の随想家として知られておりましたが、この『そして夢にはじまった』も無類の面白さで、池部良が絶妙な空気を持った書き手だったことが知れます。
 一言でいえば、昭和30年代の小林桂樹あたりが主演した東宝サラリーマン喜劇を彷彿させるよう……。

 ちあきなおみと『山麓』はまだ目を通してませんので、のちほど!








 

 
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2019-05-21

友、遠方よりるきたる。また楽しからずや

山水園

 親譲りの出不精で、時間ができたからといって、どこそこへ出かけるという趣味はおません。
 はたまたシネマコンプレックスに出かけるということもおません。なにしろ、数年前、映画の上映方式がほぼすべての劇場でプロジェクターに切り替わったころ、自分ではもう映画館は卒業やと決めてますもんね。
 あり余る時間を無為に過ごして人は「そんな、もったいない!」と言うけれど、時間の過ごし方は人それぞれでおますな。

 「ヒマか!?」
 テレビの『相棒』に出てくる山西惇課長よろしく、そんな問いかけで時折、温泉に誘ってくれる友人がいてはります。
 聞けば彼は近隣の温泉地をめぐるのが好きらしく、あまたいる友人の中から適当な人をみつくろって温泉を楽しんでいるらしい。

 僕が住まう田舎にある温泉も彼の好みの候補地のひとつで、約束を取り終えると、その翌日、電車で一時間もかけて東のほうから西へ温泉のある駅に現れます。僕は、というと最寄りの駅から東へひとつ目の駅で、落ち合う時間を決めて、まるで西と東から電車で来た恋人のごとく(現実はただのオッサン2人)、いそいそと迎えの車に乗り込み、その温泉の湯に浸かること数時間の半日を過ごしています。

 その友人M君とは、かれこれ40年近い付き合いになります。
 先日も温泉に誘われた時、「俺たち、いつから知り合ったんやろう?」と話題が上ったのでおますが、これが2人ともはっきりしません。つかず離れずで、気がついたらともにトシを食い(M君は僕より1コ年上)、ともに温泉に浸かっているという仲でおます。

 ただひとつ、共通点といえば2人とも映画好きで、それも東映時代劇から東映任侠映画という、だだっ広い映画のジャンルの中から極めて限られた映画のジャンルが共通しているといえば共通しているような…( ^ω^)。
 かれこれ40年近い昔、それぞれ知り合うこともない環境の中で若いにーちゃんがそれぞれ好みの映画に熱いまなざしを送っていたのかと思えば、これも人生の妙でもありますな。

 M君のご贔屓は高倉健でおました。
 僕のご贔屓は藤純子。
 ともに、もう映画界から消えた人たちだったことを思うと、隔世の観めいて、湯の中の話題も当時の映画のことばかりで尽きることはおません。ただ思い出話にも「あのころは……」と老人めくことは心に禁じています。





 
 
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2019-05-16

大映の妖姫逝く

                        kym123-img008.jpg

 昨年暮れから長い冬眠時期に入り、目覚めれば世の中は平成から令和という時代に替わってました。
 なんと、なんと!
 令和に入っても、とりたてて感慨はおません。世間では「令和、令和」と大騒ぎしていたようで、皆さん、新時代に熱い期待感を持ってはるんですねぇ。昔、20世紀から21世紀に替わる時、大いに新時代に期待したものの、21世紀は20世紀よりも悪かったのを実感したん身にとっては平成くそくらえ、令和けそくらえでおます。
 4月30日から令和元年になる5月1日、大阪ではお定まりの道頓堀スカイダイビングがあったようで、ことに今回は橋上から制止を振り切って飛び込んだにーちゃん、ちょうど橋下をに差し掛かった遊覧船のへ先にダイビングしちゃうというアクシデントがおました。
 そんなアホな! でおますが、令和早々、やってくれましたね、にーちゃん。

 京マチ子さんが亡くなりました。
 平成の世に替わった時、美空ひばりが亡くなりましたが、令和の故人一番手は君蝶姐さんでおました。
 戦後誕生したあまたの女優の中で、戦後の新時代を象徴したのが君蝶姐さんでおました。
 黒澤明監督の『羅生門』に出演したのを皮切りに溝口健二監督の『雨月物語』や衣笠貞之助監督の『地獄門』名どでグランプリ女優と謳われたのでおますが、僕にとっての京マチ子は吉村公三郎監督の『偽れる盛装』の君蝶姐さんでおます。
 豊満な肉体を誇示するかのように「うちら、肉体派どすよってにな」と古い体制に敢然と立ち向かう君蝶姐さんには敬服。
 吉村監督のシャープな切れ味とともに、あの雄姿は、あれこそ新時代の女性像でおました。

 
 
 
 
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青山彰吾

Author:青山彰吾
 日本映画を中心にしたコーナーです。
 ただし、取り上げる映画は偏っています^^
 
 

最近はこんなんです^^
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